敗北者達はその最期に何を望むか?
力の入らぬまま皆の元へ帰る。
巨大火炎弾の破壊には成功した。
しかし、俺は喜べない。
胸にこみ上げるのは言いようのない感情。
怒りでも悲しみでも不安でも無い。
これまでに感じた事の無い意思。
立ち止まるわけにはいかない。
今は進み続けるしか無い。
決戦の火蓋は切って落とされた。
確実に大規模な戦闘が始まる。
もう誰にも止められない。
ラナは天蓋付きのベッドに移されていた。
皆に囲まれ安らかに眠っている。
小さく呼吸し、今にも目覚めそうだ。
だが、それは叶わぬ現実。
触れずとも理解できる。
「呼吸は取り戻しましたが、意識が」
マキナが親切に教えてくれた。
そう、今のラナは生きている『だけ』。
意識も思考も、謎の魔術で刈り取られた。
召喚術以外の知識が薄い。
そこを見事に突かれてしまった。
シズマは見事に"対アリク・エル用秘密兵器"としての役目を成し遂げたのだ。
噛み締めた唇から血の味がする。
その時、シーシャが口を開く。
「黙っていた事を許すつもりは無いわ」
「ああ、わかっている」
「……でもね」
言いながら、シーシャは下を指差した。
土下座しろという事だろうか。
一応その場に跪く。
すると、彼女は俺の頭を抱いた。
暖かな感覚が肌に伝わる。
「あなたの判断に救われたわ」
優しく告げられる感謝の言葉。
もうかなり聞き馴染んだ言葉だ。
なのに、今日は重く感じる。
目頭が少し熱くなる。
……これではいけない。
俺はシーシャを振り払った。
彼女は寂しそうな、少し呆れた表情をする。
助けようとしたのだから当然なのだ。
切り捨てた存在は大きかった。
俺はそれを受け入れなければならない。
受け入れた上で、どうするか。
もうそこまで思考は回転していた。
「止まれ! 裏切り者が!」
「最初から味方じゃ無いですぅ!」
そんな思考を遮るように怒声が響く。
……今一番聞きたく無い声だ。
本当に何で帰ってきた。
折角、自由になったのに。
蹴破るようにドアを開く。
そのままズカズカ俺に迫る。
勢いに乗って手を振りかぶり……。
ビンタされかけたので、彼女の腕を掴んだ。
「しゃんとなさい!」
「言われなくても分かってる」
「……あらぁ?」
服越しに掴んだダヌアの腕。
皮膚の下で何がが蠢いている。
既に彼女が人でない事がわかる。
落ち込んでいると読み説教に来たか。
残念だが、その時間はさっき終わった。
「ブライ達にケジメを着けさせる予定はもう考えてある」
「……えぇ〜」
「お前は何を期待していた?」
「少し優位に立ちたかっただけよぉ」
本当に素直なヤツだ。
今の状況をよく考えて行動しろ。
切迫し、最終決戦の覚悟を決めた。
そんな冗談ができる状況か?
そういうところが大嫌いだ。
どうせホノンの最期を看取ったのだろう。
そういえば、あの矢は何だったんだ?
疑問を抱いたと同時に、ダヌアはあるものを手渡して来た。
「これは?」
「あの子に埋め込まれてた石よぉ」
拳ほどの大きのある白濁の宝石。
ホノンの血で少し薄桃ががっている。
冷ややかだが少し暖かい。
矛盾しているが、これ以外表現できない。
多量の魔力が一定方向に流れる。
何を指し示しているのだろう。
「流れる魔力の方向に勇者様がいるわぁ」
その説明に驚いた。
彼らへの策は考えている。
だが潜伏先は不明のままだった。
それを、まさかの相手に手渡された。
最後に放たれた1つの矢。
それはこの魔術を発動させる鍵。
ダヌアはそう説明し、続ける。
「あの子は英雄になりたかった」
「誰かに認められたくて、だろ?」
「やっぱり見てたのねぇ」
ホノンは選択したのだ。
勇者に従い、汚れた英雄になるか。
俺に協力し、英雄の道を断つか。
悩んだ挙句に俺を選んだらしい。
正直に言えば理由がわからない。
俺とホノンの仲は最悪の部類だった。
それでも俺を選んだ理由。
ダヌア曰く、それは正義感らしい。
別に俺に協力したわけではない。
単に『悪』となったブライからの決別。
それがあの矢の真相だ。
「今の貴方でも勇者様には勝てる」
「当然だ」
「でも絶対に何か後悔をする」
ダヌアは、その意思を俺に手渡す。
彼女も立つ属性は悪である。
同じ悪のブライを倒す事はできない。
身近にいる、ブライを倒せる存在。
つまり俺に意思を繋いだ。
「ありがとう、ダヌア」
何もかもが気に食わない相手。
なのに俺は、自然とそう言っていた。
「ぷっ……あっははははは!!」
「何がおかしい?」
直後、ダヌアは狂ったように笑い出した。
「私の夢、叶っちゃったわぁ!」
夢。
その単語に俺は思い出す。
彼女のスカートからそのメモが落ちる。
すかさず拾い、中身を見た。
その中の斜線が入っていない夢の1つ。
"大嫌いな格上の存在に借りを作る"。
まんまと利用されたわけだ。
もう腹が立つ事すら無い。
「良かったわぁ、死ぬ前に叶って」
「お前、知ってたのか」
俺は彼女に教えていない。
マキナもそれを告げないままだ。
なのにダヌアは気づいていたらしい。
蘇生の不完全さを見抜いていた。
だからこそ夢を叶える為に奔走した。
残念ながらタイムリミットだ。
彼女の体から灰色の粒子が溢れ出す。
まだ幾つか夢は残ったまま。
それでも彼女は笑顔を浮かべる。
「穴だらけで、無残な最期も遂げたけど」
その笑顔が、少し腹立たしかった。
「良い人生だったわぁ」
まるで勝ち逃げされたような気分で。
彼女は一瞬で消失した。
もし本当にあの世があるとしたら、ダヌアは確実に地獄行きだろう。
でも向こうにはネム達がいる。
せめてそこで達者に暮らせ。
二度と蘇るな。
勇者パーティは残り2名。
彼等の居場所を探る手がかりもある。
すぐにでも乗り込もう。
思い立ったら吉日。
すぐに一歩目を踏み出す。
しかしシーシャ達に止められた。
「まずはしっかり作戦会議よ」
「アリさん、もう少し頭を冷やしましょう?」
「……そうだな」
あまりのんびりはしていられない。
だが、まずは完璧な攻略作戦だ。
お前らが俺を攻略したようにな。





