二転三転! 召喚術師達VS勇者!!
「貴方は後悔しないかしらぁ?」
「後悔などするものか」
「相変わらず言葉だけは頼もしいわねぇ」
咄嗟の判断が操作を狂わせた。
そのせいで、1羽のカラスと思考が繋がる。
向かいの建物の屋上。
大広間を覗ける最高の位置。
そこに2人はいた。
「今なら少しは戻れるかもねぇ」
「これが、最期の矢だ」
「それで貴方は何を射るかしらぁ」
「考えるのが私の時間なのだろう?」
「……その通りねぇ」
ホノンの口から、鼻から、瞳から。
とめどなく流れ出る鮮血。
彼女の終わりは近い。
嫌でもそうわかる光景だった。
* * * * * * * * * *
間一髪でシーシャを救出できた。
鍛え直して本当に良かった。
ネム戦を経験する前の俺だったら間に合わなかったかも知れない。
不満そうに俺達を見る勇者様。
無骨な剣を床に刺し、舌打ちをする。
よくもまあ隠していられたものだ。
しかも暗殺には失敗と来た。
「熱い抱擁は構わないけど、少しキツイわ」
暗殺されかけたのに軽口を叩くシーシャ。
お前はお前で肝が座りすぎだ。
「アリク、この男は?」
「ブライ・シン。勇者様だ」
鎧を脱ぎ捨て変装を解く勇者様。
その表情には未だ余裕がある。
不気味な程に楽観的だ。
この状況でまだ余裕を崩さないとは。
「で、どうするつもりかしら?」
指摘するようにシーシャが語る。
側から見れば良い襲撃かもしれない。
だがこの状況をよく考えろ。
周囲には屈強な憲兵達。
モンスターもちらほら混ざっている。
「貴方はもう逃げられないわ」
「フッフフ、アッハハハハハ!!」
勇者様は笑った。
不敵に高らかに笑ってみせた。
笑い終えると、懐から何かを取り出す。
小さくも見るだけで強い力を感じるそれ。
もはや懐かしさすら感じられた。
呪術の爆弾だ。
港に仕掛けられていたものである。
「時限式じゃない。俺の意思で爆破できる」
しかもそれは一つだけでは無かった。
勇者様が辺りを見るよう促す。
いつの間に。
そんな声が漏れそうになる。
壁や床、終いには憲兵の背中にまで。
大量の爆弾が仕掛けられていた。
「逆に聞こう。どうするつもりだ?」
そもそも起爆する気は無いはずだ。
今の勇者様は逃走しか考えていない。
それも安全かつ自分を優位に置く逃走。
こんな状況でも上に立とうとするか。
しかし不幸にも勇者様の作戦は上手い。
これで俺達は攻撃が封じられたのだ。
「何がお望み?」
「まずは服従の印だ、靴にキスしろ」
「——っ!?」
シーシャの問いに下劣に回答する、
この場で最も上位に立つシーシャ。
彼女を屈服させる事で、憲兵達の指揮を落とそうという算段だろう。
この場には他所の要人もいる。
彼らの前で羞恥させるのも目的か。
「ハァ……ハァ……!」
シーシャが一歩前に出る。
呼吸は荒く、顔も赤い。
こんな彼女は初めてだ。
恥じらいと怒りに満ちたその表情。
鬼気迫るものがある。
このままでは勇者様の思う壺だ。
何とか主導権を奪取せねば。
一歩進む度、思考が加速する。
しかし、その場は一瞬で逆転した。
『うおらぁぁぁぁっっ!!』
「ぐべぼっっっ!?!?」
思考など一切していない。
鬼の鉄拳によって。
『はっ! つい体が勝手に!』
「いいや、よくやった」
護衛として召喚ていたシルバゴ。
彼女の拳が勇者様にめり込む。
勇者様は完全に主導権を得ていた。
それにより彼は余裕を浮かべた。
完全に隙を作っていたのだ。
そこに何の考えもない怒りの鉄拳。
この僅かな時間が再び形成をひっくり返す。
殴られて思考を失ったのだろうか。
それとも自棄になったか。
勇者様は爆弾を起動させた。
白濁の宝石が強い光を放ち始める。
……しかし、それ以上は何も起こらない。
「何でだ! 何で起動しねぇ!」
「ボクが阻害してるからですよ」
床に跪く勇者様。
彼が振り向くと同時に、マキナは彼の顔面を勢いよく蹴飛ばした。その表情は冷め切っている。
……ブチ切れている。
俺が手を出すまでもなさそうだ。
「顔を上げなさい、醜男」
「お前、俺を何だと!」
「その言葉お返ししましょう」
「何ィ!?」
「お嬢様を何だと心得ますか……!」
地面から砂の塊が盛り上がる。
それは簡単に勇者様を拘束した。
巨大な腕のみのゴーレム。
恩人に対する最大限の侮辱。
これがマキナの逆鱗に触れたらしい。
だが、勇者様もまだまだ一筋縄ではない。
「うらぁッッ!!」
これ以上何があると思わせる抵抗。
彼は再び、あの剣を握っていた。
「俺がこの手でぶっ壊す!」
あの時逃走した方法と全く同じだ。
それはお前の力ではない。
そのよくわからない剣の性能だ。
しかしそうとも知らず彼は剣を振り上げる。
「壊れろぉぉぉぉッッ!!」
その時だった。
窓を破り、1本の矢が突入する。
それは——勇者様の腕を貫いた。
その衝撃と苦痛に彼は顔を歪める。
窓の外に目を移す。
彼女達がどこにいるのかは見えない。
だが、ホノンは抜け出したのだ。
「あの雑魚外しやがった!」
「いや、違うな」
「何ィ……!?」
「アイツはお前を狙ったんだ」
大剣は力無く床に転がる。
勇者様は満身創痍。
これで本当に……完全に追い詰めた。
「おしまいだ、ブライ」
俺は彼を名前で呼ぶ。
過去味わった苦痛を振り払うように。
彼に利用された人々を代弁するように。
……何故だ。
虫の知らせが消えてくれない。
まだ何かあると言うのか。
俺は急いで周囲を確認する。
そこには、奇妙な光景があった。
「——ラナ?」
ラナが頭を抱えている。
不安そうに体を震わせている。
変身を解き、既に人の姿である。
彼女はアビスとリッカに支えられていた。
変身の副作用は無い。
「そ、その剣!」
「剣? あれの事?」
地面に転がる剣を指差す。
彼女は暗黒龍の中では感情豊かだ。
しかし剣に怯えるなんてあり得ない。
暗黒龍を傷つける武器など存在しない。
……いや、違う。
確かに暗黒龍を傷つける武器はない。
しかし、ラナは例外なのだ。
「その剣は、私の背中の——!!」
ブライはニタリと笑った。
「俺はツイてる」
ブライは呟く。
悪運に恵まれている。
戦闘力では脅威など無い。
しかしまるで、神に愛されているかのような異常な幸運。
何というしぶとさだ。
まだ立ち上がるか。
「シズマ、やれ」
「……あの子に?」
「俺の言葉が聞けないか?」
もうシズマは何もできないはず。
一体、何をするつもりだ。
「やれ」
「——わかったよ」





