対召喚術師用秘密兵器、惨敗!
「はぁぁぁぁっ!!」
大声と共に、ラナも龍人態へ変身する。
龍の手足に2本の角、巨大な黒翼。
敵の使役するワイバーンに似ている。
同じ龍なのだから似ていて当然だ。
ラナとアビス。2人の主力が並ぶ。
本領発揮していないが、初めての状況だ。
果たしてコンビネーションはどうだ。
当然リッカも忘れてはいない。
彼女は俺の隣でサポートだ。
何せ彼女は自分で自分を召喚している。
ダメージを喰らい消滅すると厄介だ。
それに彼女の能力は後衛でこそ生きてくる。
「ワイバーンを蹴散らせ」
「あの召喚術師を倒せ」
俺とシズマが同時に指示する。
彼女の指示には強い敵意が宿っていた。
答えるようにワイバーンも咆哮する。
「がうぅぅっ!!」
共鳴するようにラナも唸った。
人の姿だからまだ少し可愛らしさがある。
だが、それが戦闘の火蓋となった。
ワイバーンが一斉に火球を吐く。
それをアビスは一薙ぎで消し去る。
先制したのは敵のワイバーン達だった。
ここから一気に戦闘は激化した。
「はぁっ!! しゃあっ!!」
「————!!」
6体のワイバーン相手に互角以上に戦う。
アビスは触手で尾を掴み、振り回す。
鋭い爪でラナは翼を切り裂いた。
火球も突進もものともしない。
これがA級とS級の実力差である。
野生ならばそもそも戦闘にすらならない。
捕食者と被捕食者の間柄だ。
だがこの情勢を甘く見るだけでは無い。
俺は異変を察知していた。
「リッカ、防壁を」
「え!? わ、わかった!」
指示と共にドーム状のバリアを張る。
それは瞬時にリッカと俺を包んだ。
僅かにこちらの防御が早かった。
強烈な一撃が防壁に衝突する。
犯人はシズマだった。
その手には短剣が握られている。
普通の召喚術師は持っていない装備だ。
「不意打ちは失敗、か」
召喚術師本人が戦闘に参加するとは。
まあ俺もイゴウと肉弾戦はしたが。
あれは特別な状況での判断だ。
しかし、彼女も中々狡猾である。
モンスターに気を取られた今を狙うか。
「アリク様!? なんて卑怯なっ!」
「気にするな、対処する」
「……わかりました!」
相手がその気なら此方も絡め手だ。
お前の策に乗ってやろう。
バリアの中から手を突き出し、跳び退こうとする彼女の腕を掴んだ。
接近戦がお望みならもっとしようか。
召喚術師同士の近距離戦を教えてやろう。
腕を掴んだまま引き寄せる。
リッカが驚きの表情を浮かべている。
折角張ったバリアの中に敵を入れたのだ。
そんなの驚くに決まっている。
「お前の召喚術は……」
「何するつもり?」
シズマの顔に僅かな恐怖が浮かぶ。
何を恐れる必要がある。
お前は俺を倒す為にいるのだろう。
彼女の手には基本の召喚陣が刻まれている。
手袋でも大丈夫だが、彼女のそれは直接手の甲に彫り込まれていた。
俺はそこに自身の魔力を注ぎ込む。
彼女の召喚術を無理やりこじ開ける。
少々痛いが我慢してくれ。
「ぎぃぃっ……!」
こうする事で、相手がどんなモンスターと契約を結んでいるかが読み取れる。
無理矢理目を通すと言うほうが近いか。
彼女の場合、そこそこ強力だ。
ワイバーン以外にも多く契約をしている。
まだまだ切り札級も多い。
確かに足止めにはなるモンスター達だ。
行動阻害用の秘密兵器なら上々だ。
「こいつは厄介だな」
「それで? 私をどうするの?」
「今のうちに潰す」
これだけならただの情報開示だ。
ここからが対策の本番である。
召喚術は、召喚陣と詠唱で成り立つ。
一つ一つが複雑な情報の集合だ。
例えばそれ等の情報を、外部からぐちゃぐちゃに変質されられでもしたら。
「『変換開始』」
相手の契約情報をテキトーに改編する。
召喚陣ならば魔術文字や記号。
詠唱ならば詠唱文そのもの。
それを意味もない文字列へと変える。
記憶の書き換えにも近い。
俺のように暗記しているタイプは珍しい。
暗記していれば書き換えられてもすぐに修正できるものを。
「やめ、やめて!」
「本気を出されて何かあったら困るしな」
召喚術が衰退した理由の1つ。
この程度で対策できるなら誰も使わない。
便利で阻害されにくい術があるからだ。
「これで終わりです!!」
「——とど、めっ!!」
最後の1体にラナ達は飛び蹴りを見舞う。
あちらも全て蹴散らしたようだ。
こちらも変換が完了した。
「次は何を出すつもりです!」
「いや、もうコイツは何もできない」
地面にへたり込むシズマ。
召喚陣を展開し、詠唱を読み上げる。
しかし何も起こらない。
俺用の秘密兵器。
その割には拍子抜けする弱さだった。
敗因は明らかに騙し討ちである。
あれさえ無ければもう少し戦えた。
いつの間にか俺達は大きな扉の前にいた。
シーシャ達が逃げ込んだ大広間の前だ。
マキナが駆け込んだ部屋でもある。
丁度良い。
大広間には護衛をしている憲兵さんがいる。
このまま憲兵さんに突き出そう。
偶然持っていた紐で後ろ手に拘束する。
彼女を立ち上がらせ大扉をくぐる。
シーシャ達要人とマキナ達護衛が見えた。
その時だった。
「勇者様! 今しかない!」
追い詰められたシズマが絶叫する。
周囲を要人とその警備隊が囲む中で。
騒然とした室内は更にざわつく。
……ある1人を除いては。
量産された鎧に身を包んだ1人の男。
兜の中の口元が僅かに引きつる。
シーシャ側にいた彼は豹変し飛びかかる。
完全な絶体絶命。
しかし彼等は諦めていなかったのだ。
ホノンを英雄にする計画ではなかったか?
と、僅かな疑問を生み出しながら。
彼は俺の前に再び姿を現した。
咄嗟に俺は手を伸ばす。
飛び込むように駆け、シーシャを抱いて床に転がった。
「チッ、外したか!」
先程までシーシャのいた場所。
そこには勇者様の持つ大剣があった。
虫の知らせが走る。
この戦い、まだまだ波乱がある。と。





