表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/184

召喚術師、たそがれる。

 

「ここにいたか、スライム」

『……親父』


 ダヌアが監禁されていた場所。

 イビルアイに監視されていたはずの牢。

 当然ながらそこはもぬけの殻だった。

 1匹のスライムだけがそこにいる。


 感情と意思を持つ最強のスライム。

 ダヌアを倒した因縁を持つ彼。

 それ以外には誰もいない。


「裏切りやがったな?」

『すいやせん、独断でさぁ』


 スライムの隣に座りボーっとする。

 当然だ、ダヌア1人で抜け出せる訳がない。

 イビルアイにすら勝てないだろうな。


 別に怒ってはいない。

 それどころか良い采配だと思う。

 まあ偶発的ではあるのだが。

 だから俺はここに来た訳だし。


 湿気が多く、薄暗い牢。

 ここにあのダヌアが入っていた訳だ。

 彼女なら数時間でも苦痛だろう。

 自由の権化みたいな奴だ。

 恐らくこの脱走劇、ほんの僅かでもダヌアの意図は絡んでいただろう。


 何を考えているのか不明よりはいい。

 ……いや、脱走自体はダメだが。


「それに俺も逃したし」

『逃したって、親父がですか』

「勇者様にダヌアにホノン、全員だな」


 勇者様が逃げたかはわからない。

 でも勇者様の事だ。あれで負ける訳がない。

 何でも根に持つし、執念は人一倍だ。

 彼の捜索も早急に始めなければ。


 だが先決ではない。

 もう一つ、俺にはやるべき事がある。


 ちょっと負担はかかるが一度にやるか。

 怠けながらも意識と魔力を集中する。

 そしてその意識を、散り散りになった全てのカラスに分配した。


『親父、何を』

「お前と違ってタダでは逃さない」


 そうして見つけた1匹のカラス。

 彼の視点へと移行する。

 そこには、2人の少女が写っていた。



 * * * * * * * * * *



 戦った場所より更に薄暗く細い路地。

 2人は全力で走っていた。

 この先にはシーシャの邸宅がある。

 来賓共々、ラナ達もそこへ避難している。


「ハッ、アリクも愚かよ!」


 余裕の笑みを浮かべてホノンが語る。

 俺が見ているとも知らずに。


「私達の意識を確認しないとはな」

「……そうねぇ」


 イキるホノンと呆れ気味のダヌア。

 こうなるのも当然だろう。

 何故ならこの逃走劇そのものが、ダヌアが俺に持ち掛けた作戦なのだから。



 ダヌアが飛びかかった僅かな一瞬だった。

 彼女は俺の耳元でこう囁いた。


 "アリク、私に任せて"と。


 いつもの甘い声では無い。

 だからと言って違った口調でも無い。

 その声色を、俺は初めて聞いた。

 それに俺は応じたのだ。


「ちょっと休まなぁい?」

「そのような暇があると思うか?」


 俺ではホノンとの間に溝がある。

 それにホノン自身が敵対心を向けている。

 これでは彼女の意図を掴めても、改心や思考の変化までは持っていけない。


 だから俺はダヌアに託した。

 非常に不本意ではあるのだが。

 それでも彼女を一度信じる事にした。


 全面的には信用しない。

 このカラスは俺の意思の表れだ。


「体調が把握できんのは面倒だ」


 予想通りの接触だ。

 やはりダヌアは信頼されている。

 ホノンの表情は解けている。


「あと何発くらい撃てるかしらぁ」

「さぁ? 限界が来る時を待つだけだ」


 ダヌアも自ら会話を弾ませる。

 飽くまで味方であるような会話内容。

 正直ヒヤヒヤするが、仕方ない。

 俺は彼女を信じたわけだ。


 もしダメだったら。

 失敗、もしくは勇者様側に着いたら。

 その時は2人とも俺が倒す。


「私達がいないパーティはどうだったぁ?」

「待遇など変わらん。勇者様の趣味に付き合わされるのは骨が折れるが」

「ホント気に入られてるわねぇ」

「逆らうなど出来ないさ」


 ……あまり聞きたく無い内容だ。

 パーティメンバーなら誰もが知る通り、ホノンは勇者様から非常に好かれていた。


 だが勇者様は全てを見下している。

 いくら気に入られようと変わらない。

 ホノンはお気に入りの『道具』なのだ。


 彼女は多くを語らない。

 だがその『仕打ち』は公然の秘密。

 イゴウはその様を笑っていた。

 ネムは目を背けていた。


「逆らえないから今回もぉ?」

「それは……」


 ダヌアだけはわからなかった。

 だがこの口ぶりだ。

 ホノンも信頼の置ける彼女にだけは打ち明けたのかもしれない。


 俺からすれば信じられない事だ。


「私がパーティに入った理由、知ってるぅ?」


 ひょんな事をダヌアは聞いた。

 当然ホノンは頷く。

 彼女の目的は欲望を満たすため。

 これも誰もが知っている。

 それと何の関係がある?


「貴方はどうしてなのぉ?」

「そんなの、拾われたからだ」

「本当はぁ?」


 返答してすぐに問いかける。

 それが本音でないと見抜いたのだろう。

 一瞬の出来事だった。


 今となっては嘘だと俺も理解できる。

 戦闘時に散々語っていたのだ。


「最強になりたかった」

「…………」


 その答えに沈黙が走る。

 ダヌアの瞳は鋭いままだ。


 それですら嘘だと勘付いている。

 最強になるのは理由ではない。

 もう一つ奥にある人の有り様。

 彼女はそれを引き摺り出そうとしていた。


 そんな小さな光におびき出されたのか、ホノンはポツリと口を開いた。


「認められたかった。私のような者でも最強になれると」


 私のような者。

 その言葉に、彼女の全てが詰まっていた。

 理想は高くとも才能がついて来ない。


 その細い腕では絶対に届かない場所。

 これが、俺の理解できない理由か。

 ……俺だって少しはわかる。

 あまり舐めないでくれよ。


 時間も無く、理想も遠く。

 だからこそ及んだ今回の凶行。

 誰もそれを許す事は無い。

 それでも同情はしてしまう。


「こんな事で英雄になれるかしらぁ」

「…………」


 一言、ダヌアはそう言った。

 まるで閉ざされた道を開くように。


 対してホノンは沈黙してしまう。

 先程のダヌアとは違う萎縮の沈黙。

 今更戻れるのかという葛藤。

 ここに来て、ホノンは立ち止まった。


「さぁ休憩も終わったわぁ」

「ま、待て!」

「休む暇なんて無いんでしょう?」


 しかしダヌアは待ってくれない。

 答えは歩きながら見つけ出す。


 2人は再び走り出した。

 今度はダヌアを先頭にして。

 これを見届け、俺も立ち上がる。

 計画の通り彼女達を倒す為。

 だが、それ以上に——


 ——その背後で虎視眈々と彼女達を監視していた、秘密兵器と呼ばれる謎多き少女。

 彼女と、勇者様を対処する為だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
書籍版が2019年3月9日に発売します!
さらに濃厚になったバトルシーン! 可愛いモンスターたちの大活躍をお楽しみください!!

書影
書籍版の公式ページはこちら



― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ