召喚術師、たそがれる。
「ここにいたか、スライム」
『……親父』
ダヌアが監禁されていた場所。
イビルアイに監視されていたはずの牢。
当然ながらそこはもぬけの殻だった。
1匹のスライムだけがそこにいる。
感情と意思を持つ最強のスライム。
ダヌアを倒した因縁を持つ彼。
それ以外には誰もいない。
「裏切りやがったな?」
『すいやせん、独断でさぁ』
スライムの隣に座りボーっとする。
当然だ、ダヌア1人で抜け出せる訳がない。
イビルアイにすら勝てないだろうな。
別に怒ってはいない。
それどころか良い采配だと思う。
まあ偶発的ではあるのだが。
だから俺はここに来た訳だし。
湿気が多く、薄暗い牢。
ここにあのダヌアが入っていた訳だ。
彼女なら数時間でも苦痛だろう。
自由の権化みたいな奴だ。
恐らくこの脱走劇、ほんの僅かでもダヌアの意図は絡んでいただろう。
何を考えているのか不明よりはいい。
……いや、脱走自体はダメだが。
「それに俺も逃したし」
『逃したって、親父がですか』
「勇者様にダヌアにホノン、全員だな」
勇者様が逃げたかはわからない。
でも勇者様の事だ。あれで負ける訳がない。
何でも根に持つし、執念は人一倍だ。
彼の捜索も早急に始めなければ。
だが先決ではない。
もう一つ、俺にはやるべき事がある。
ちょっと負担はかかるが一度にやるか。
怠けながらも意識と魔力を集中する。
そしてその意識を、散り散りになった全てのカラスに分配した。
『親父、何を』
「お前と違ってタダでは逃さない」
そうして見つけた1匹のカラス。
彼の視点へと移行する。
そこには、2人の少女が写っていた。
* * * * * * * * * *
戦った場所より更に薄暗く細い路地。
2人は全力で走っていた。
この先にはシーシャの邸宅がある。
来賓共々、ラナ達もそこへ避難している。
「ハッ、アリクも愚かよ!」
余裕の笑みを浮かべてホノンが語る。
俺が見ているとも知らずに。
「私達の意識を確認しないとはな」
「……そうねぇ」
イキるホノンと呆れ気味のダヌア。
こうなるのも当然だろう。
何故ならこの逃走劇そのものが、ダヌアが俺に持ち掛けた作戦なのだから。
ダヌアが飛びかかった僅かな一瞬だった。
彼女は俺の耳元でこう囁いた。
"アリク、私に任せて"と。
いつもの甘い声では無い。
だからと言って違った口調でも無い。
その声色を、俺は初めて聞いた。
それに俺は応じたのだ。
「ちょっと休まなぁい?」
「そのような暇があると思うか?」
俺ではホノンとの間に溝がある。
それにホノン自身が敵対心を向けている。
これでは彼女の意図を掴めても、改心や思考の変化までは持っていけない。
だから俺はダヌアに託した。
非常に不本意ではあるのだが。
それでも彼女を一度信じる事にした。
全面的には信用しない。
このカラスは俺の意思の表れだ。
「体調が把握できんのは面倒だ」
予想通りの接触だ。
やはりダヌアは信頼されている。
ホノンの表情は解けている。
「あと何発くらい撃てるかしらぁ」
「さぁ? 限界が来る時を待つだけだ」
ダヌアも自ら会話を弾ませる。
飽くまで味方であるような会話内容。
正直ヒヤヒヤするが、仕方ない。
俺は彼女を信じたわけだ。
もしダメだったら。
失敗、もしくは勇者様側に着いたら。
その時は2人とも俺が倒す。
「私達がいないパーティはどうだったぁ?」
「待遇など変わらん。勇者様の趣味に付き合わされるのは骨が折れるが」
「ホント気に入られてるわねぇ」
「逆らうなど出来ないさ」
……あまり聞きたく無い内容だ。
パーティメンバーなら誰もが知る通り、ホノンは勇者様から非常に好かれていた。
だが勇者様は全てを見下している。
いくら気に入られようと変わらない。
ホノンはお気に入りの『道具』なのだ。
彼女は多くを語らない。
だがその『仕打ち』は公然の秘密。
イゴウはその様を笑っていた。
ネムは目を背けていた。
「逆らえないから今回もぉ?」
「それは……」
ダヌアだけはわからなかった。
だがこの口ぶりだ。
ホノンも信頼の置ける彼女にだけは打ち明けたのかもしれない。
俺からすれば信じられない事だ。
「私がパーティに入った理由、知ってるぅ?」
ひょんな事をダヌアは聞いた。
当然ホノンは頷く。
彼女の目的は欲望を満たすため。
これも誰もが知っている。
それと何の関係がある?
「貴方はどうしてなのぉ?」
「そんなの、拾われたからだ」
「本当はぁ?」
返答してすぐに問いかける。
それが本音でないと見抜いたのだろう。
一瞬の出来事だった。
今となっては嘘だと俺も理解できる。
戦闘時に散々語っていたのだ。
「最強になりたかった」
「…………」
その答えに沈黙が走る。
ダヌアの瞳は鋭いままだ。
それですら嘘だと勘付いている。
最強になるのは理由ではない。
もう一つ奥にある人の有り様。
彼女はそれを引き摺り出そうとしていた。
そんな小さな光におびき出されたのか、ホノンはポツリと口を開いた。
「認められたかった。私のような者でも最強になれると」
私のような者。
その言葉に、彼女の全てが詰まっていた。
理想は高くとも才能がついて来ない。
その細い腕では絶対に届かない場所。
これが、俺の理解できない理由か。
……俺だって少しはわかる。
あまり舐めないでくれよ。
時間も無く、理想も遠く。
だからこそ及んだ今回の凶行。
誰もそれを許す事は無い。
それでも同情はしてしまう。
「こんな事で英雄になれるかしらぁ」
「…………」
一言、ダヌアはそう言った。
まるで閉ざされた道を開くように。
対してホノンは沈黙してしまう。
先程のダヌアとは違う萎縮の沈黙。
今更戻れるのかという葛藤。
ここに来て、ホノンは立ち止まった。
「さぁ休憩も終わったわぁ」
「ま、待て!」
「休む暇なんて無いんでしょう?」
しかしダヌアは待ってくれない。
答えは歩きながら見つけ出す。
2人は再び走り出した。
今度はダヌアを先頭にして。
これを見届け、俺も立ち上がる。
計画の通り彼女達を倒す為。
だが、それ以上に——
——その背後で虎視眈々と彼女達を監視していた、秘密兵器と呼ばれる謎多き少女。
彼女と、勇者様を対処する為だ。





