最弱の射手、命を賭けた大博打
人の気配が感じられない路地を行く。
理由は簡単、逃げたダヌアを捕獲だ。
その為に普段通らない場所を疾走した。
唯一の懸念材料は勇者様だ。
時間が無いせいで彼を探せなかった。
瓦礫の中にいるのかどうかも不明。
脱走に手を貸した可能性もある。
言い様の無い感情が胸にこみ上げる。
「クソっ!」
孤独な叫びが路地裏に響く。
……俺の声では無い。
確かに同じような心境を抱いている。
だが、俺はその言葉を押し殺した。
ならばその声の主はどこにいるのか。
探すまでも無く、意外にも近くにいた。
「あ」
「……えっ?」
肩に背負われた大弓。
病的なまでに細く白い肉体。
短く切り揃えられた髪。
ホノンが俺の真横にいた。
……何故気づかなかった、俺。
「何故貴様がここに!」
お前も気付いて無かったか。
「勇者様を一応倒したからな」
「何だと!?」
あとダヌアが脱走したからな。
これは言わなくても良いか。
ホノンは正直勇者パーティ最弱。
勇者様にすら遅れを取る。
その勇者様の実質的な敗北を知ったのだ。
弓を持つ手が震えている。
その手は以前よりも痩せ細っていた。
「こうなれば私が倒す!」
叫びながら弓に矢をつがえるホノン。
しかしその異変は俺の目にも明らかだった。
そして、ダヌアの言葉を理解した。
「その血は一体どうした」
「血だと?」
外傷の様子は一切無い。
だが、彼女の口の端には鮮血が滲んでいた。
口内や食道の傷でこんな色の血は出ない。
内臓、恐らくは肺からの出血。
それが意思とは関係なく流れ落ちる。
かつてより貧弱だとは思っていた。
まさかこんな状態だったとは。
こうなると嫌でも察してしまう。
自然と言葉が溢れ出た。
「ホノン、お前」
「貴様にだけは同情されたく無い!」
俺の言葉を振り払う。
その闘争本能は健在らしい。
瞳には怒りと憎しみが宿っている。
俺の知る彼女そのものだ。
いつも何かを憎み、怒っている。
怒りに任せ矢を放つ。
しかしまともに矢は飛ばない。
神経を研ぎ澄ませるタイプの射手であるホノンが、怒りに任せて矢を放つなどできるはずがない。
「クソっ……狙いが定まらん!」
二の矢、三の矢と放たれる。
俺はそれを最小限の動作でかわす。
召喚術を使うまでもない。
その姿に哀れみを感じた僅かな隙。
俺の体は固定された。
この感覚には覚えがある。
魔術万博で味わったあの術だ。
「『かげふみ』」
聞き覚えのある声が背後から届く。
「ホノン! 今よぉ!」
「ダヌア……恩に着るぞ!」
ホノンが神経を集中させる。
こうなれば俺も動かぬ的同然だ。
カース・トーテムでは魔術を封じるだけ。
矢の攻撃からは逃れられない。
「『魂食らう絶壁よ、遮断せよ』」
俺は初めてホノンに防壁を張った。
召喚と同時に放たれた矢は、俺に届く事無く最強の防壁型モンスターに阻まれる。
同時に『かげふみ』の効果も切れた。
どうやら長続きする術でも無いようだ。
自由になった体を翻し、ダヌアに向く。
身体の拘束が解除されている。
「お前、どうやって」
「ちょっと無茶してかしらねぇ?」
「勇者様は」
「まだ会ってないわぁ」
勇者様とは会っていない。
つまり1人で脱出したという事か。
あの管理体制でどうやって。
最強のスライムもいるんだぞ。
思考していると、不意に殺気を感じた。
第六感に任せて身体を傾ける。
その真横を鋭い矢が通り過ぎていく。
射手にも関わらず隠す事のない殺気。
残念ながら、やはり弱い。
「私は最強の射手になる」
それでも彼女は語った。
「だが、私にはもう未来が無い」
彼女の肉体は限界の一歩手前だった。
「その為にも私は最短の道を行く!」
それが彼女の夢だった。
彼女の覚悟だった。
ホノンは勢いよく服の胸元を破く。
目を遮るが、異様さを目の当たりにした。
拳大の白濁の宝石。
それが心臓付近に埋め込まれていた。
これまでとは比べ物にならない大きさの石。
それを生命維持装置がわりに使う。
勇者様も考えたものだ。
だがホノンは意図的に拒んでいるようだ。
集中力と筋力増加に魔力を使う。
でなければ彼女にこの芸当は不可能だ。
まさに命を賭けた大勝負。
ホノンらしい愚直な賭けだ。
「ダヌア、お前は知っていたのか」
「当然じゃなぁい?」
その言葉に僅かな敗北感を覚えた。
昔から少し鈍感と自覚はあった。
しかし彼女の身体を見抜けなかったのは、勇者パーティで俺だけなのかもしれない。
射手に不向きな体格の少女がいる。
俺にとってはその程度だった。
だが僅かに疑問が残る。
勇者様は何かを画策している。
だからホノンに協力した。
ならダヌアは一体何故協力する?
その疑問を彼女にぶつけた。
「私は私のしたい事をするだけよぉ」
「それがコイツの手助けが」
「貴方には理解できないでしょうけどねぇ」
「……そうか」
ダヌアの言う通りだった。
ホノンの命を賭ける理由がわからない。
それを手助けするダヌアの真意も。
だが、何かを掴みかけてはいた。
ネムやメイサの時と同じだ。
彼女達の真意には驚かされた。
ホノンからは同じ雰囲気を感じる。
しかしその余韻に浸る事も、彼女達の真実を考察する暇もなく、2人は戦闘態勢に入った。
「アリクは強いわよぉ?」
「承知している」
2対1だが戦力差的に負ける事は無い。
しかし彼女達の真の思惑が知りたくなる。
勇者様と違い大した脅威もない。
だが油断をする訳ではない。
何よりホノンは宝石で強化されている。
元から低い能力値がどこまで引き上げられているのか。
最初に仕掛けたのはダヌア。
不意打ちのように魔力を纏い飛びかかる。
彼女らしくない戦法だ。
それを間一髪で避け召喚陣を展開する。
「アリク、————」
僅かな瞬間、ダヌアは俺の耳元で囁いた。





