全て欲するは悪女の些細な嗜み
「良かったら何日かここに居なさいな」
机に座ったシーシャに提案される。
令嬢なのに机に座っていいのか。
はしたない気がするのだが。
いつの間にか外は真っ暗。
話し込んでいたらもうこんな時間か。
買い物もあったし、感覚が狂っていたか。
これでは村に帰るのも一苦労だ。
数日は金銀姉妹が畑の管理をしてくれる。
シーシャの意見に乗ろう。
何より勇者様達への対策も必要だ。
「ゲストルームの場所はわかるわね」
「ああ、大丈夫だ」
三人纏めてラボを出る。
てっきりマキナは残ると思っていた。
しかしどうやら彼女は休むらしい。
何でも実験の日から寝なかったとか。
ご飯は軽食ばかり。
風呂も取っていないらしい。
普段はミステリアスな美人なのに、研究者モードになると完璧に女性を捨てるな。
「後でお部屋に行って良いですか?」
「ラナ達が良ければな」
「……扱いだいぶ小慣れましたね」
「これだけ仲良くしてればな」
「フフ、そうですね」
その前にお風呂とご飯をしっかりな。
そう言ってマキナ達と別れる。
「また明日ね」
「おやすみ」
シーシャはだいぶ眠そうな表情だ。
疲れがたまっているのかもしれない。
必然的に俺1人になる。
となると浮かんで来るのはあの話だ。
ダヌアは放っておいても死ぬ。
かなり衝撃的な内容である。
ネムの蘇生は失敗だったのか?
いや、でも現にダヌアは復活した。
発覚した事実をどう利用するか迷う。
「どうすっかな……」
「困ったわねぇ……」
俺の言葉を聞いているかのようだった。
ダヌアの声が聞こえたのだ。
とっさに周囲を警戒する。
しかし、近くに彼女はいなかった。
森の見える出窓が空いている。
ダヌアはそこで佇んでいた。
後ろ姿の為に、表情は伺えない。
だが、いつもの雰囲気が無い。
復活してすぐの彼女に似ていた。
「ここで何してる」
「何って、黄昏てるのよぉ」
「こんな人のいない場所でか」
「逆に大勢いる場所で黄昏られるぅ?」
……確かに、それもそうだな。
一応尋問は受けていたようだし。
彼女とて精神的な疲労もあるのか。
近くに寄ると、彼女は何かを持っていた。
小さなノート状のメモだ。
買ったのか?
どこに隠し持っていた?
「そのメモは何だ」
「ただの覚え書きよぉ」
そう言うと、彼女は再び脱力した。
覚え書きなんて生前利用してただろうか。
少なくとも俺は見た事が無い。
そもそもコイツは記憶力が良いほうだった。
「これは諦めるしかなさそうねぇ」
「やっと観念したか」
「何か勘違いしてなぁい?」
諦める。
俺はその言葉にのみ反応してしまった。
やはり何かを企んでいたのかと。
しかし彼女の言う通り思い違いだった。
だとしたら、一体どんな要件だ?
「月、欲しかったのよねぇ」
「は?」
「あと一国の主にもなりたかったわぁ」
「……は?」
正直意味不明だった。
月ってあれか? 空に浮いてるやつか?
一国の主って王様にでもなりたいのか?
それはもう夢とか願望では無い。
妄言に近い言葉の羅列だ。
欲深いと思っていたがここまでとは。
一体どうやって叶えるつもりだったんだ。
そしてそれを今まで諦めなかったのか。
逆に何で今諦める決心がついた?
「願望を諦めるなんて初めてよぉ?」
それまでは諦めなかったのか。
普通、人は夢や理想をいくつも諦める。
俺だって諦めた夢は星の数あった。
一つを追い求めて、召喚術師の俺がいる。
彼女はそれを経験していないのか。
逆に珍しいな。
これまではどうして来たんだ?
「これであと3つ、ね」
「叶える気か?」
「叶えてみせるわぁ」
あと3つ。
その内容を俺は聞かないし聞く気も無い。
そして、俺もあの話を言う気は無い。
今のコイツに寿命を告げればどうなる。
暴走の果てに何かをやらかすかも知れない。
確かに今は拘束されている。
彼女は何をやってもおかしく無い。
警戒を知らずか、ダヌアは声高に語る。
「だって私、強欲だものぉ」
……存じている。
お前の強欲に振り回されて来た俺だ。
名誉を取ろうとして一度死んだお前だ。
そんな事、こんなに繰り返さなくてもわかりきった情報だ。
「あなたも精々頑張りなさいなぁ」
「言われなくてもわかっている」
労いの言葉をかけて来る。
一番欲しくない相手だ。
だが、今は一応受け取っておこう。
そこまで叶えて来たなら何かあるだろう。
願掛け的なものが。
今の目的は勇者パーティの悪行阻止。
その為にもこの強運、利用させてもらう。





