ゴーレムマスターズ・ラボ
思考と精神が沈黙している。
別に何も考えていない訳じゃ無い。
ただ、奴の接触は衝撃的だった。
遅れを取るわけには行かないのだ。
現在地は中心街。
邸宅や主要な建物はもう把握済みだ。
まずはシーシャに有事を伝えなければ。
幽霊村の事件が解決したばかり。
やはり完全解決までは休めないな。
「私に合う靴、無かったわねぇ」
「へへん、私のはあったし」
「足のサイズが小さいのかしらぁ」
店からラナ達とダヌアが出てくる。
情報は間違いでは無かった。
「勇者様に会った」
「あらぁ?」
それをダヌアに直接話す。
何か落ち合っている可能性もある。
しかし反撃不可能な拘束状態。
勇者様に戦闘の意欲が無いとわかった以上、こちらから仕掛けられるのは今のうちだ。
なのに疑問符を浮かべるダヌア。
今はお前がこちら側の人質。
つまり武器なのだ。
情報提供したお前が何故ポカンとしてる?
「あれ、嘘だったのにぃ」
「…………は?」
「買い物に出る為の作り話よぉ?」
……クソ。
まんまとハメられた。
* * * * * * * * * *
4人を連れてシーシャの邸宅に来た。
しかしダヌアは憲兵に連れられ別室行き。
ラナ達もアビスが空腹の限界。
三人仲良くランチタイムとなった。
そして俺も普段の広間には通されない。
入り組んだ廊下を抜け、扉をくぐる。
「ようこそ、ボクのラボラトリィへ」
普段より歩いた先にあったもの。
それはマキナのラボだった。
土と古い木材の香りが混ざっている。
すえた甘い香りだ。
ここに来たのは俺も初めてだ。
この一室で、マキナの強さは作られている。
何か少しワクワクするな。
だが、何故ここなのだろう。
数秒おいてシーシャも入ってきた。
彼女にはもう報告済みだ。
「何でラボなんだ?」
「他の子には聞かれたくないのよ」
「だからダヌアを隔離したのか」
「一応は尋問っていう形よ?」
確かにシーシャの対策も理解できる。
検問を勇者様が通過できた理由は不明。
名簿にすら載っていないらしい。
ダヌア自身は嘘と言っていた。
だがそれすら嘘の可能性すらある。
勇者様も言及しなかった。
今はこの対処法が一番だろう。
勇者パーティとダヌアを断絶する為に。
「会談の延期はできないのか?」
「あちら側が許さないでしょうね。犯罪者に屈服するわけにはいかないわ」
国や領主の面子という事か。
バックス領は領主が闘病している。
シーシャはあくまでも代理だ。
病が治るまでバックス領を守る。
それが彼女の使命である。
「シーシャは怖く無いのか」
「何を恐れるというの?」
「暗殺されるかも知れないんだぞ」
「クク……」
不安をよそに、シーシャは不敵に笑う。
「私の命にそれ程の価値が付いたのよ?」
「それはそうかも知れないが」
「バックス家の令嬢に恐怖は無いわ」
何か物悲しい印象だ。
今までは大人びたカリスマを感じられた。
しかし彼女の年相応さを俺は知った。
その上で、彼女は気丈に振る舞う。
ある意味痛々しさすら感じる。
だがシーシャも賢い子だ。
きっと俺の何倍も賢い。
「貴方達が守ってくれるでしょう?」
そして何より、人に恵まれている。
魔術顧問として雇い入れたマキナ。
メイサも給仕兼養子として手中に収めた。
記憶を失ってしまってはいるが。
そして、俺だ。
彼女の語る貴方達には俺も含まれる。
強く信頼されているのだ。
これには俺も答えなければ。
その為にも勇者パーティの襲撃を阻止しなければ。残された時間は少ない。
「話題を変えて良いでしょうか」
「構わないわ」
マキナがわざわざ手を挙げた。
机には見覚えのない機器が乗っている。
おそらく研究用だろう。
「回収した泥の研究結果が出まして」
言いながら俺を机に引き寄せる。
そして一つの機器を指し示す。
ゴツゴツと無骨ながら小さな機器。
彼女が言うに、上の筒を覗き込むと非常に小さなものを観察できるらしい。
まさかと思い筒を覗く。
……まさか。
泥の中で小さな何かの蠢か姿が見える。
こんなの肉眼じゃわからないぞ。
そしてこの蠢く挙動。
まるで小さな生命体のようだ。
「寿命の短い生き物です」
「これがアンデッドの正体なのか?」
「そこまではまだわかりません」
結果が出たのは生物の確認のみ。
だがここから何かを解明できるらしい。
次は隣の機器を覗くよう言われる。
同じく小さい物体を観察するヤツだ。
「ダヌアさんから摂取した体表の一部です」
何でそんな物を。疑問に抱えて筒を覗く。
いかにも普通な艶のある肌色だ。
ところどころ亀裂のようなものがある。
そしてさっきと同じ蠢く謎の生物。
見えないだけで俺の体にもいるのか?
と、そういう訳では無いらしい。
泥とダヌアの体表にのみいるようだ。
「違いがわからんな」
「その通りです」
マキナは何を伝えたいのだろう。
「泥とダヌアさんに違いは無いのです」
一呼吸置き、それを語る。
それは最早ヒントと言うより答えだった。
泥とダヌアの肉体に違いは無い。
そして泥にいる生物は短命。
俺達の肉体とダヌアの肉体は別物。
つまり、こう言う事だ。
「ダヌアさんは、放っておいても近いうちに肉体を維持できず死亡します」





