最悪な奴と過ぎ去る夜
夜、俺は1人召喚陣を展開した。
そこには魔術文字を刻んでいない。
何も召喚できない陣だ。
白紙状態、と表現するべきか。
イゴウ、ネムとの決戦。
あの時の俺は油断を重ねていた。
二度とあんな戦いはできない。
マキナが呪術を調べるように。
俺も自分自身の術を改めて研ぎ澄ます。
「トーストにぃバターを塗ってぇ」
研ぎ澄ましたいのだが。
「お野菜挟んでぇ、塩コショー」
「夜食くらい黙って食えないか?」
そんな俺をダヌアが全力で邪魔してくる。
夜は憲兵かマキナが見張ってるはず。
十中八九隙をついて逃げたな。
全く、作業くらいのんびりさせてくれ。
腕を拘束され魔術も使えない。
しかし手首程度なら少し動かせる。
それを駆使し、器用に夜食を作っている。
人の家にある食材で。
人の畑で収穫した野菜で。
「夜食は目的の半分でしか無いものぉ」
「残り半分は何だ」
「貴方の妨害かなぁ?」
「出てけ三流魔術師」
当然のように妨害を公言して来る。
何の為にと聞いても意味は無い。
ほぼ突発的な発想である。
したい事をしたい時にする。
自らの欲望に忠実すぎる存在。
それがダヌアの根源だ。
「騒ぐのだけはやめろよ」
「大丈夫よぉ」
「やけに素直だな」
「だってぇ、貴方の事は大嫌いだけどあの子達は結構好きなタイプだものぉ」
何か悪寒のようなものが走った。
ラナ達を守らなければ。
絶対手出しさせないからな。
お前の毒牙が近い事すら嫌なんだ。
今日の実験俺が学んだ事。
やはり呪術と召喚術の共通点だ。
おかげで俺も個人的に対策できる。
呪術は金銀姉妹から逆流してきた。
流入先は今もギプスで固定された右腕。
召喚陣を展開したほうの腕だ。
しっかり道を辿って流れたのがわかる。
召喚陣にフィルターを作ればいい。
そうすれば泥も呪術も入ってこれない。
魔力をモンスターへ送るのは召喚陣の幾何学的な模様部分、召喚難度が高い程この図形も複雑になる。
「何でそんな事できるのぉ?」
「いつの間にか出来るようになった」
「才能自慢うっぜー……」
才能なんかでは無い。
ある程度鍛えれば誰でも出来る。
基礎技術の発展だ。
「そう言えば今、久々に本性見たな」
「本性ぅ? 何の事ぉ?」
猫被るなよ自覚無いわけないだろ。
自分から修正する事も滅多に無いが。
普段の媚びに媚びた口調との差よ。
高低差が激しすぎて初見は頭が痛くなる。
コイツが苦手な理由の一つだ。
「別にあれ猫被りじゃないわよぉ?」
「じゃあ何で切り替える」
「ただの二面性、両方とも本心だからぁ」
イマイチ分かりづらい回答だ。
「ほらぁ、私って強欲でしょぉ?」
「そこは自覚あるんだな」
「なりたい自分も両方取っちゃったのぉ」
「そ、そうか」
それは本心というより本性。
俺は少し勘違いをしていたらしい。
確かに彼女の言う通りだ。
いくら口調が変わっても、その活動理由には一切目的のズレは無かった。
いやでも理解しきれない。
欲の底が全く見えないからか。
ただネムのソレとは違うのがわかる。
ネムは冷静になった時に口調も変わる。
ダヌアに関しては気分次第だろう。
自制が効いているし。
嫌いな奴と雑談をして数時間。
夜もかなり更けてきた。
召喚陣の調整は全て完了だ。
これで対呪術相手にも優勢に戦える。
あとはコイツを追い出そう。
「明日ぁ、街に出ようと思うのぉ」
「許すと思うか」
ダヌアがまた我が儘を抜かした。
確かに抵抗も反抗もできない。
それでも逃走する可能性はある。
大体罪人が街を歩けると思うのか。
「買い物するだけよぉ?」
尚更ダメだ。その金はどこから出る。
お前は一度死亡したんだぞ。
しかも何度も繰り返すが罪人だ。
銀行から金を引き出す事も不可能。
それとも俺が払うのか?
冗談じゃない、無駄遣いする金は無い。
あったとしてもお前にだけは貸さん。
「貴方も街に行く事になるしぃ」
「監視役だからな」
「違うわよぉ」
「じゃあ何なんだ?」
まだ駄々を捏ねるか。
大体監視以外で明日街に行く理由は無い。
物資もあるしシーシャに呼ばれてない。
なのに何を根拠に街へ行くと決めつける。
その理由を、彼女の口は語った。
「勇者様達が動くからよぉ」





