ゴーレムマスターのドキドキ実験スペシャル!
妙な夢を見せられた次の日。
俺は珍しい仕事の手伝いをしていた。
舞台は辺境村の外れにある草原。
そこに、大勢の研究者が集まっていた。
女性が多いが、それも当然。
彼女達を指揮するのはマキナ。
どうやら魔術万博で知り合ったらしい。
研究仲間である前にファンのようだ。
「記録班、準備は」
「はっ! 完了であります!」
「安全管理はしっかりと」
他の研究者とこまめに会話するマキナ。
これも彼女が信頼される証。
だが、今回はそれだけではない。
周囲に何もない草原に来た理由。
それはこれから行われる実験が、非常に危険である事を示唆していた。
怪我人を出さない配慮だ。
「『浮遊する邪眼よ、観測せよ』」
今回俺達は観測係として協力する。
感覚の鋭いラナには適した仕事。
だが彼女一人では流石に力不足。
そこで他のモンスターにも力を借りる。
中型悪魔系モンスター、イビルアイ。
特徴は巨大な瞳と触手と角。
それだけしかパーツが無い。
不気味だが誠実で優しい奴らだ。
ただ、一つだけ問題はある。
非常に簡単な問題だ。
数匹召喚した彼らに話しかける。
「よろしく」
『ろべと、べらるん』
「お前の観察力には期待してるぞ」
『ばりじょんぬ』
会話をするのが非常に難しいのだ。
カラスと同じ視界の共有能力。
加えて視力の精密性も凄まじい。
だが、特殊な言語を用いる為に会話困難。
俺もやっとある程度の単語を覚えた。
「これより"僧侶ネム・カーラが使用した呪術の再現実験"を開始します。以後は甲実験と呼びます」
のんびりしてもいられない。
全員が自らの配置に着く。
俺も視界を共有し、位置に着かせる。
「第一次甲実験、開始」
1人の研究者が白濁の宝石を投げる。
地面には複雑な幾何学模様と魔術文字。
これはネムが遺していた呪術の研究内容に描かれていたものだという。
マキナは呪術対策を完成させるつもりだ。
しかしネムの研究には問題があった。
彼女が遺した一冊のノート。
それは余りにも穴だらけだった。
再現不可能な程に稚拙とマキナは語った。
「ラナさん、上空からはどうですか?」
「ちょっと待ってください!」
「アンタ太ったんじゃないの!?」
浮遊したリッカにラナは抱っこされている。
今回の実験理由はその穴埋めだ。
幸い白濁の宝石はそこそこ入手できた。
これもネムやイゴウが残していた。
さて、第一次実験の結果。
結論だけ言えば何も生まれなかった。
しかし宝石の魔力は全て失われた。
呪術へと還元されたのだろう。
「アビスは何か分かったか?」
「——ん」
隣で観察していたアビスに聞く。
それにも理由がある。
彼女はリヴァイアサンの記憶を持っている。
リヴァイアサンは超古代のモンスター。
そして古代の遺跡で力を封印されていた。
彼女にはその知識があるのだ。
流石にサレイの相棒・リーヴァ程は無い。
だがそれでも十分な武器になる。
呪術というロスト・テクノロジーを解明し、その脅威を消し去る武器には。
「——こことここ」
「が、どうしたんだ?」
「————流れ、悪いかも」
地面に描かれた図形と同じ図面。
そこの二箇所に指差す。
流れが悪いという事は、そこで力の流れが失われてしまっているという事か?
一応マキナにそれを伝える。
するとすぐさま図面に手を加えた。
「清掃及び調整後に第2次実験を行います」
……早い。
* * * * * * * * * *
第35次甲実験、失敗。
休憩を挟みつつだが遂に1日経過した。
俺はと言えばそこそこ疲労している。
慣れない事はやるものでは無い。
それに比べ、マキナ達はどうだ?
全然疲労を見せない。
研究者とは変人が多いと聞いたが。
マキナも変わり者だしな。
噂に偽りは無かった。
「ちょっと見せなさぁい」
誰かと思えばダヌアが頭を入れてきた。
そうか、コイツは呪術で再生した身。
何ならネムの肉体も使われている。
何かしら知っている可能性はある。
尋問してでも話を聞き……。
「……何一つわからないわねぇ」
「オイ」
俺の期待を返せ。
「そもそも私、研究者体質じゃ無いしぃ」
研究者体質か。
確かにダヌアは既存魔術を使うだけ。
ある意味魔術師の中では珍しい。
それなら俺も研究者体質かもしれない。
モンスターの分布図とか書いてるし。
なんて甘い考えで図面を見る。
幾何学的な文様に魔術文字。
複雑に入り組み、やはり何が何だか……。
「どうしましたアリさん?」
「……ここの回路、召喚陣に似てるな」
「そうですか?」
僅かなひらめきだった。
図面のある箇所を指差す。
召喚陣のような円形では無い。
だが図形や文字の配置が似ている。
呪術は全魔術の祖。召喚術も当てはまる。
ゴーレム術も近代魔術も。
呪術から最も離れた存在、近代魔術。
様々な魔術を簡略化したものだ。
それが古代の時点から始まったなら。
「回路図を大幅に修正します」
「私がまた書けばいいんですね?」
「はい、頼みます」
マキナも意図に気づいたようだ。
彼女はゴーレム術専攻。
だが様々な魔術の基礎を知っている。
召喚術も俺が教えた。
あとは難解なパズルを解くようなもの。
召喚術に似た部分は召喚術のように。
ゴーレム術に似た部分も同様に。
それを地面は転写させる。
これはラナとリッカの仕事だ。
「第36次実験、開始」
力を宿した石も数が少なくなってきた。
再充填には時間がかかる。
ネム式の充填術を使えば楽だが、当然非人道的すぎるから却下。
あれが起きない為の研究だ。
そして、それは現れた。
ネムの使用量に比べれば遥かに微量。
ティースプーン一杯分程度。
それでもイビルアイは見逃さなかった。
あの泥が、発生していた。
「サンプルを回収します」
「俺は何かするか?」
「危ないと思ったら助けてください」
緊張感からか、マキナが息を飲む。
カバンから取り出した空のガラス瓶。
素早い手つきで全ての泥を閉じ込める。
一滴たりとも残骸を残さない。
青ざめた顔に血の気が戻る。
緊張から解き放たれたマキナは、大きなため息を吐き出した。
「……ふぅ、ラボに持ち帰りましょう」
実験、成功だ。





