召喚術師と大復活の少女
「はは、ふひひ……」
ネムが不敵に笑う。
ここまで追い詰めてまだ立ち上がるか。
そこはダヌアそっくりだ。
いや、ネムは用意周到に計画している。
ある意味ダヌアよりタチが悪い。
「まだですよ〜、まだ負けてません」
「お前に逆転の余地はない。観念しろ」
俺が忠告する。
既に八方塞がりだ。
全身を覆うその傷で。
2人と対峙したのこの状況で。
果たしてお前は逃げられるのか。
「何をおっしゃるのですか〜?」
彼女は余裕を崩してはいなかった。
それどころか、瞳に殺意が宿っている。
「目的はダヌアさんの復活ですよ〜」
「その為に大勢の犠牲を伴ったんだろ?」
「あと少し、少しなんです〜」
その殺意の意味を、俺は理解する。
彼女の背後に盛り上がった巨大な影。
泥だ。泥の濁流で俺達を飲むつもりだ。
もし俺を恐怖させた上で殺害していれば。
恐らくそれで終わったのだろう。
ネムの執念が、満身創痍の肉体を操り人形のように無理矢理動かしているのだ。
「まとめて死んでくださぁ〜〜い!」
泥の濁流が押し寄せる。
大きさはゴーレムをゆうに超えている。
その迫力に、俺達は圧倒された。
しかし、彼女は立ち上がった。
俺達が動くより遥かに早く。
「メイサ!!」
意識などとうの昔に失った彼女。
その手に握られた巨大な盾。
泥の攻撃を防げないはずの彼女の守り。
しかし、その盾は泥を防いでいた。
一滴の侵入も許さず、俺達を守る。
「自分が、いながら——」
何故貫通するはずの泥を防げるのか。
理由を察した時、俺は戦慄した。
彼女は防いでいる訳では無かった。
盾に魔術を施していたのだ。
攻撃方向を逸らすだけの術。
基礎中の基礎、俺でも知っている。
だがその泥を何処へ逸らしたか。
俺達に一滴すら命中させずに。
「攻げき……させると思う、かい?」
それはメイサの肉体だった。
全ての泥を自身の体に集めている。
激痛を伴うと知ってなお、彼女は呪術の泥を一身に受け止めたのだ。
最強盾使いの矜持だろう。
守りたいものを守る。
どんな手を使ってでも。
それを体現したのだ。
「おかしいんじゃないですか〜!?」
「自分の、勝ち、だ!」
「ひぃっ!!」
ネムが恐怖の悲鳴を上げた。
メイサの執念がネムの執念を凌駕した。
勝ち誇った表情でメイサは倒れる。
「こんな事になるなんて〜!」
彼女は狼狽した。
防がれると思っていなかったのだろう。
察するに、泥はもう無いようだ。
戦闘も逃走も、今のネムにはできない。
退路は完全に絶たれたのだ。
「……な〜んてね〜」
だが、ネムはタダでは転ばない。
だから呪術の泥を作り上げた。
彼女にはその度胸がある。
驚異の決断力がある。
その矢印が、初めて自らへ向いた。
不意に懐からナイフを取り出す。
「こうするまでですよ〜!」
陽気に叫び、彼女はナイフを突き立てた。
——自らの胸元に。
「ありがとうございますね〜、私を恐怖させてくれて〜!」
鋭利なナイフに突かれた胸。
それは例の宝石ごと刺し貫いていた。
装束が赤く染まっていく。
彼女の底は人智を超えていた。
理想の為に自らの命を捧げるとは。
「あなたに私の肉体捧げます〜!!!」
胸に突き立てたナイフを引き抜く。
おびただしい血液が噴出する。
絶命必至の出血量だ。
血液はやがて真っ黒な液体へと変わる。
呪術の泥より粘り気のあるそれが、ネムの肉体をゆっくりと包み込んでいく。
まるで繭を作るかのように。
泥の繭はゆっくりと形を変えていく。
縮み、唸り、捻じ曲がる。
イゴウが飲まれた時のように。
やがてそれが止むと、繭は解けた。
「馬鹿ねぇ、あの子もぉ」
俺の苦手とする声が響く。
ねっとりとした甘い声。
いかにも男受けしそうな容姿。
現代魔術師らしい先進的な魔術装束。
あの時の服装と全く同じだ。
ダヌア・マヒート。
魔術万博で死亡したはずの少女は、ここに完全なる復活を遂げた。
「最強召喚術師にぃ」
俺を見て、ダヌアがため息を吐く。
「天才ゴーレムマスタぁ」
マキナを見て、首を横に振る。
「何百何千の憲兵さん」
周囲を眺めて、項垂れる。
気づかぬうちに憲兵が集まっていた。
遥か後ろでシーシャが指揮をとっている。
ラナ達も一緒だ。
やはり救出は成功したらしい。
霧のような魔力の塊も晴れていた。
術者が居なくなったからだろうか。
「私が勝てるわけ無いじゃなぁい」
復活したダヌアは両手を挙げた。
降参の白旗代わりに。
長く続いた呪術の事件。
多くの犠牲者を生んだ凄惨な事件。
それは呆気なく終焉を迎えた。
……いや、本当に終わったのだろうか。
本当に、終わらせて良いのだろうか。
弱々しく手を挙げたダヌアを見る。
一抹の疑問をかき消すように。
次回、幽霊村編最終回! 新章に突入します!
明日もしっかり投稿いたします!!





