ゴーレムマスターVS因縁僧侶
気を失ったメイサの前に立つ。
同じく気絶したイゴウからは離れて。
異様な静けさだ。
憲兵の声一つ聞こえない。
イゴウを引き離す作戦は成功した。
しかし離し過ぎたかもしれない。
これでは雑貨店の様子がわからない。
救出は成功したのだろうか。
ラナ達は無事だろうか。
「あのお三方は無事ですよ〜」
「……来たか、ネム」
果たしてどこに潜んでいたのか。
彼女は再び眼の前へ現れた。
俺はメイサを守るように前へ出る。
「ありがとうございますね〜」
しかし、彼女の興味はそこにない。
彼女は視線は下を向いている。
そこにいるのは気絶したイゴウ。
助けに来た訳ではないようだ。
その笑みは非常に下卑ている。
「お疲れ様ですイゴウさ〜ん」
「お前、一体何を」
「ありがたくいただきますよ〜」
イゴウを飲み込むように、地面が陥没する。
辺りの地面が呪術の泥へ変化したのだ。
メイサを抱えて後ろへ飛び退く。
だが、こちらには目もくれない。
最初からイゴウが目的だったように。
彼女を包んだ泥がゴボゴボと変容する。
人間が動いてはいけない動きだ。
「ぎ、ギャぁぁあああアアっ!!!」
泥でこもった悲鳴が聞こえる。
ダヌアの時に似た声色。
雑巾を固く絞るように。
木の枝をへし折るように。
粘土をこね回すように。
土が自在に動く度、嫌な音が響く。
やがて、泥はネムへ取り込まれていく。
同時に悲鳴は鳴り止んだ。
「良質な生贄ですね〜」
「どこまで腐ってやがる」
今日は覚えた生贄は効率が良い。
イゴウはそう言っていた。
彼女は恐怖していた。
気絶する寸前、俺の攻撃を恐れていた。
条件は揃っていたという事か。
「貴方には最後の生贄になってもらいます」
やはり彼女は真っ当な人間ではない。
罪を罪と思わず、命を道具のように利用する。
人類の天敵とも言えよう。
「その腕、ゴーレムですよね〜」
「確かにそうだが」
今なら彼女を守るものはいない。
人質も恐らくラナ達が解放している。
例の爆弾が無いのは確認済みだ。
つまりは一対一。
あの泥に通常のモンスターは相手が悪い。
ならば最強のスライムを召喚する。
彼と同時に肉弾戦。
これで行こう。
そう思い、召喚陣を展開しようとした。
「召喚、できませんよね〜?」
彼女の言った通りだった。
召喚陣を起動できない。
腕のゴーレムが干渉している?
魔力がゴーレムへ優先して流れている。
こう流れが乱れると、召喚陣を普段のように展開できないのだ。こんなの聞いてないぞ。
「肉体を依代にしてはいけない」
「くっ……!!」
「忘れがちですが常識ですよ〜?」
起きてしまったからには仕方ない。
ネムが腕を上げる。
俺も泥で飲み込もうというのか?
だが、腕には呪術への耐性がある。
うまくいけば防げるかもしれない。
防いだらアイツを殴る。
一か八かだ。
泥の濁流が押し寄せる。
その瞬間だった。
「アリさんは困った人です」
目の前に、巨大な砂の壁が現れた。
ドーム状の壁は俺達を包み、泥を防ぐ。
俺の砂ではない。
そもそも俺にこんな技術はない。
そして聞き馴染みのあるこの呼び方。
「マキナ!」
危機一髪の、マキナは颯爽と現れた。
という事は保護は完了したか。
「良いゴーレム使いになると思ったのに」
「……スマン、知らなかった」
「失望ですよ全くもう」
だがそれはお互い様だ。
お前だって召喚術全然ダメじゃないか。
「誰かと思えばあの村の〜」
「その節はどうも」
そうか、彼女達は一度対峙しているのか。
ダヌアのアンデッドが襲った時だ。
因縁の対決となる。
以前のマキナは完膚無きまでやられた。
しかも操っていたアンデッド相手に。
今回はその本人との戦い。
アンデッドよりは遥かに強い。
何なら呪術のせいで強化されている。
果たして、どうなるか。
「ここからはボクがアリさんの拳です」
二つの瓶の蓋を開け、手に取る。
マキナの臨戦態勢だ。
片方は水。
もう片方は、なんだ?
砂や土ではない。
粒子の一つ一つが僅かに輝いている。
「呪術が偶然上手くいった三流風情が」
「その余裕、壊してあげます〜」
「教示しましょう、最先端の進化を」
怒りの篭った言葉と共に、瓶を傾ける。
空中で粒子と水が混ざり合う。
数秒経たず巨大ゴーレムの完成だ。
相変わらずの早業である。
ずれ込むように戦闘は始まった。
ネムは泥による波状攻撃。
だがゴーレムは全く動じない。
「意外と簡単でしたよ、砂や粒子に呪術耐性を付与するのは」
「ぐぅぅ〜!」
腕から呪いの効果が理由はそれか。
戦闘はマキナ優勢へ変わっていく。
巨体に似合わぬ超高速の拳。
ガルーダでもきっと避けられない。
それをネムに叩きつけていく。
「金属系の素材加工時に発生する粒子」
「ぐぁっ!」
「それを集めて砂の代用とする」
「がはっっ!!」
「水はこれまで以上の純度で精製しました」
説明しながら容赦のない連打攻撃。
機動力だけじゃない。
操作性や硬度まで格段に上がっている。
当然、一撃毎の威力も。
反撃もゴーレム相手には効き目がない。
ならばと直接マキナを攻撃するネム。
だが、金属粒子の壁がそれを許さない。
攻防一体の人型要塞兵器。
モンスターの危険度で言えばA以上。
「ご、へぁっっ!!!」
「名付けて、レアゴーレム」
決まった。
拳の一撃にネムは吹き飛ばされる。
建物の壁に叩きつけられ、落下した。
後半は最早抵抗する挙動すら無い。
意趣返し、完膚無き勝利だ。
「その試作機"オリハルコン型"」
「す、すごいな」
「新世代ゴーレムの完成形です」
「ひょっとして例の論文の?」
「はい、ただコスパが……」
「まあ金属だしな」
「流石にオリハルコンは貴重でした」
確かに金属系素材は高価だ。
まだ実用段階ではないという事か。
それでも今回は助かった。
呪術耐性を仕込んだのは大金星だ。
マキナも対策していたのだろう。
彼女が指を鳴らす。
それを合図に腕のゴーレムが崩れる。
そして俺の腕は……とても人様に見せられない有様になっていた。
「こうなるのか」
「もう生成セットは渡しませんから」
マキナ曰く当分は元に戻らないらしい。
諦めながら頭を上げた。
その時だった。
視界の端で小さな人影が立ち上がる。
「ま、まだまだ〜……」
しぶとい奴だ。





