盾使いと呪術の箱庭
彼女達が見つけた安全地帯。
それは赤煉瓦造りの倉庫だった。
4階建ての小さな倉庫。
臭いもなく、外の魔力も入ってこない。
何故ここだけが安全なのかは不明だ。
罠の可能性は当然否定できない。
だが、外にいるよりはマシである。
「こんなの、信じられない……」
リッカが口を塞いで呟く。
目の前にいるのは街で助けた老人だ。
……いや、正確には老人などではない。
それを伝えるため、魔力の回路を街に張る。
通信ゴーレムを起動させるためだ。
目立たぬように回路は極力隠している。
外部と連絡を取れるかは不明。
それでも回路が作れば繋がる可能性はある。
つまりは無いよりマシ。
「駄目だ、繋がらない」
「魔力の干渉が酷いんだろうね、安定するまでは時間がかかりそうかな」
「やっぱり、私達だけで解決するしか……」
どうやらそれで確定らしい。
まだ犯人や事の顛末すらわからない。
だが、非常に危険度が高いのは確かだ。
目の前の彼がそれを示している。
体力はかなり回復した。
しかし全身の異常物体は取り除けない。
呪術の込もった糸で強力に縫われている。
だが、それ以上に。
「まさか、俺より年下とはな」
眼前に転がる男の実年齢に戦慄した。
若くして老化する病は確かにある。
だが、それとは明らかに違う。
人為的に老化させられ、衰弱している。
こんな事が可能なのか?
「可能だよ、呪術なら」
「お前、盾使いなのに本当に詳しいな」
「攻撃にはそれ相応の対処法があるからね」
「呪術の防ぎかたも熟知していると?」
「当然さ」
メイサ曰く、これは過程でしか無い。
呪術使用には大量の生命力を必要とする。
だからネムは大量の命を回収していた。
だが、それではかなり効率が悪い。
1人殺すにつき一つしか集まらないのだ。
そこで古代の呪術師は考えた。
1人から大量の生命力を得る方法を。
その結果がこの男であるらしい。
つまり彼は生命力の出涸らし。
正気の沙汰とは思えない。
「——目が、覚めた」
彼を観察していたアビスが口を開く。
確かに、男はうっすらと瞼を開いていた。
霞んだ瞳が辺りを見渡す。
そこには未だに警戒心が宿っている。
先ほどまで気絶していた、当然の反応だ。
「ここは……?」
「煉瓦の倉庫だよ。安全地帯だ」
どうやら場所に心当たりがあるらしい。
いわゆる土地勘というものだ。
まだ万全の状態では無い。
だが彼は唯一の手がかりでもある。
刺激の無いよう、少しずつ話を聞く。
「俺達はこの村の異常を解決しに来た」
「無理しなくていいから、私達に何が起きたか教えて欲しいの」
「頼めるかい?」
「あ、ああ……」
メイサのリッカの後押しあってだろうか。
彼は戸惑いながらも口を開いてくれた。
村がこの状態になったのは5日前。
二人組の女性がこの村に訪れた。
それまで普通の賑やかな村だったらしい。
そんな村は、一夜にして地獄と化した。
村人は全員、何かに「連れ去られた」。
その正体は彼曰く不明。
ドロドロした真っ黒な物体だったらしい。
「女っていうのはどんな奴だった?」
「1人は魔法を使いそうな感じで……」
もう1人の情報を言おうとした瞬間。
彼の体はぶるると震えた。
何か異常でもあったのだろうか。
肉体に異変はないが。
「……声だ」
「声、ですか?」
「そんなの聞こえないけれども」
その一言が火口になったのか。
彼の感情は爆発した。
「奴らだ! 奴らが来た! 俺を捕まえに!」
「落ち着いてください! 何もないです!」
「お前等には聞こえないのか!? このバケモノ達の叫びが!」
理性を失ったように騒ぎ出した男。
どうやらただ発狂したのではないらしい。
彼の言う通り、俺は耳をすます。
彼の叫び声とそれを抑えようとする声。
その向こうに、確かに物音がする。
建物の外、石畳を何かが這いずるように。
いくつもの唸り声が聞こえた。
「来たんだ、来たんだ……!」
「教えておくれ! 一体何が来たのか!」
「……夜が!!!」
——ミィ、ヤァァァア!!——
耳障りな叫びは彼の声に激しく反応した。
心の弱い人であれば一声で気を狂わす。
断末魔の声に似た激しい叫びだ。
……いや、それだけじゃない。
悲鳴と共に、壁や扉を掻きむしっている。
「これ、入ってこようとしてない!?」
リッカが叫ぶ。俺も同感だ。
彼の叫んだ"夜"の意味はわからない。
外は常に暗く、朝夕の区別がつかない。
だがもし、外の何かが動く時間を"夜"と呼んでいるのだと仮定したら。
野性下では夜しか活動しないモンスター。
それでいて、この人間のような悲鳴。
アンデッド系モンスターで間違いない。
俺の住む村での事件を思い出す。
ネムは村人を生贄にしようとしていた。
収穫祭を終えてあの襲撃から1ヶ月。
彼女が1ヶ月間、何も学ばぬわけがない。
「ラナ、メイサ、来い」
「いや、自分は彼を守る」
「信用していいのか?」
「守るという約束だけは、絶対破らない」
「わかった、ラナ!」
「はい!」
今は彼女を信じるしかない。
それにリッカとアビスもいる。
2人に対し、滅多な事はできないはずだ。
外の様子を音で確かめる。
——今だ。
勢いよく扉を開け、外へ飛び出した。
ラナの火炎放射で辺りの雑魚を蹴散らす。
「これって、そんな!」
扉を閉めるとラナは愕然とした。
俺も同じく言葉を失う。
見渡す限り一面、不定形のアンデッド。
こいつらに村人は連れ去られたのか?
「ラナ、蹴散らすぞ」
「はい!」
ラナも人間態で十分強くなった。
雑魚アンデッドレベルなら無双できる。
目的は2つ。まずは倉庫の安全確保。
もう1つは恐らく付近にいる犯人の特定。
戦闘態勢は整った。
俺とラナは、アンデッドの群と激突する。





