召喚術師と不気味な街
空気がべったりとしている。
異様な生臭さが村全体を覆っている。
そもそも陽の光があまりにも薄い。
ここまでずっと晴れていたのに。
光を遮る幕でも張っているかのようだ。
「本当に人がいませんね……」
「規模だったらあの村より大きいのに」
「——臭い」
ラナ達の反応が示す通りだ。
シーシャには村と言われたが、どちらかといえば中心街と近い雰囲気である。
にも関わらず人が全くいない。
そのせいか、不気味さが拭えない。
落ち着いて状況判断もできないな。
通信ゴーレムも途絶えているのが手痛い。
非常時に指示を仰ごうと思ったのだが。
「早急か、慎重か」
悩みどころだ。
事の度合から早期解決に越した事はない。
しかし相手の出方も考えるべきだ。
犯人は勇者パーティ関係だと予想する。
全力で言えばこちらのほうが上だ。
しかし、彼らも一筋縄ではない。
これまでにも予想外の動きを見せてきた。
「メイサ、お前はどう思う」
「良いのかい? 信用できない人物に聞いて」
「逆だな、信じていないからこそ」
「意見で信用させてみろ、って事かな?」
……わかってるじゃないか。
「なら慎重を選ぶかな」
「その理由は?」
「急いては事を仕損じる、ってね。異様な状況だからこそ、冷静に動くのが一番だ」
もっともな意見である。
守りに重点を置いた彼女らしい思考だ。
ここでの足止めという説も拭えない。
その時は全力で立ち向かうまで。
今は彼女の意見に乗ろう。
そうと決まれば早速行動だ。
思考の整理が可能な拠点が欲しい。
広い街だ、調べ回れば疲労も溜まる。
疲労を癒せる場所がいい。
* * * * * * * * * *
二手に別れて拠点を探した。
俺とメイサのチーム。
そしてモンスター擬態チームだ。
人間どころか鳥や猫の一匹もいない。
カラスを飛ばすには都合の悪い状況だ。
怪しまれる可能性が高い。
なので、2チームとも足で稼ぐ。
当然、街の観察も忘れない。
「超高濃度の魔力が点在しているね」
「これも石の効能か」
「石? ああ、アレを手に入れたのか」
不意にカマをかけたが乗らなかった。
だが石の存在は知っているらしい。
ひょっとすると何かわかるかもしれない。
きっと俺より情報も豊富だろう。
聞いてみるか。
「お前、無人島に行く前にパーティから離脱したんだよな。それに石は関係あるか?」
「まあ少しだけはね」
「少し? どういう事だ」
「他にも色々理由はあるって事さ」
石の魅力から自分を守りたいから。
……らしい。
確かに石の効能は魅力的かもしれない。
だがそのせいでダヌア達は暴走した。
俺の知るアイツらはもう少し利口だ。
かなり陰湿ではあったが。
確かに、石の魅力に飲まれている。
それなら脱退も正しいかもしれない。
勇者様はメンバー全員を巻き込んで何かを企んでいる、それには違いないのだ。
「アリク様ぁー!」
「ラナ?」
一通り調べ回って数時間。
分岐した箇所に戻ると、ラナが駆けてきた。
元気なのはいつもの事だが、少し妙だ。
かなり必死な様子である。
そのまま俺に体当たりをかます。
かなり重い衝撃が腹に響く。
そこそこ速度出てたしな。
「拠点は見つかったか?」
「それもなんですけど! 来てください!」
「お、おい」
俺の腕を引いてラナは再び走り出す。
来た道を戻るように。
当然、後ろをメイサが付いてくる。
「これは……!?」
彼女が必死になって連れて来た理由。
それは立ち止まった瞬間に理解できた。
メイサの表情がこわばる。
おそらく俺も似た顔をしているはずだ。
背中がぞわっと恐怖で持ち上がる。
何だ、この状況は。
「これ、たぶん人間の仕業なんだけど」
「————ひどい」
目の前にある……否、いる者。
それは1人の老人だった。
老人が石畳の道端に倒れている。
だが、彼を老人と認識するのは困難だった。
青紫の巨大な痣。
ボコボコに変形した肉体。
裂傷、抉傷、その他数々の傷痕。
そして何より、身体の至る箇所に縫い合わされた真っ黒な謎の物体。
布状の物体もあれば、人の四肢にも見える。
一体何のために?
誰がこんな事をした?
「おじいさん、聞こえるかい?」
「ひ……っ!」
「怯えなくても大丈夫だよ」
「何があったか教えてくれないか」
意識がある事が奇跡的である。
それでもかなりおぼろげだ。
リッカが体力を逆流させている。
おかげで老人は意識を保たれている。
メイサが彼をかかえ、呼びかけを続ける。
恐らく彼の意識もそう長くは持たない。
「あ、あれは……ヒトじゃない!」
「人じゃない? モンスターか」
「違う! あれは、あれは!! うわぁぁあああああ……!!!!」
悲鳴と共に、彼は気絶した。
まだ呼吸も心音もある。
早く安全な場所へ移動させなければ。
「ラナ、運ぶぞ」
「はい!」
ラナと共に老人を担ぎ、彼女達が見つけた安全地帯へと身を移す。
予想を遥かに上回る異常事態だ。
全てがこれまでの時間を超えている。
慎重に進むという選択は、正しかった。





