裏切り者達を裏切った者
そう時間を置かず、彼女は我が家に訪れた。
容姿は勇者パーティ時代と変わらない。
装備がかなり貧相になっている以外。
鉛色の長い髪。
何故か生を感じられない灰色の瞳。
俺と大して変わらない身長。
背負われた大盾。
メイサ・バカルディア。
その人で間違いない。
「久しいね、エル君」
俺をそう呼ぶのはメイサだけだ。
彼女の行動原理は単純にして複雑。
根にあるのはただ「守る」という意思。
それを遂げる為に、彼女は何だってする。
「収穫祭のミスコンで見た顔がいて」
「金銀姉妹か」
「まさか本当にいるとは思わなかったよ」
アイツらはパーティ在籍中にもよく召喚していたからな、覚えられていたか。
しかしそれが居場所特定に繋がるとは。
マズイ人物にバレたかも知れない。
本当にパーティを抜けたのかすら怪しい。
いや、抜けていたとしても怪しい。
彼女は守る為ならどんな手でも使う。
その際限の無さはネム以上だ。
「勇者パーティとの連絡は?」
「君が抜けたのが三ヶ月前だから」
もうそんなに経つのか。
「ちょうど2ヶ月半くらいしてないかな」
俺が追い出されて半月後に抜けたのか。
それでも信じてはいけない。
現在の彼女の守護対象が不明だ。
もし、勇者様が守護対象だとしたら。
彼女は黙って抜けると言うのもあり得る。
「剣士の話は聞いたか」
「魔術師ではないのかい?」
「ああ。無人島で死亡したらしい」
「…………そうなのか」
途端にメイサの表情が曇る。
やはり罪悪感は残っていたか。
後悔するぶん、ネムやダヌアよりマシだ。
(嘘はついてないよ)
窓の外からリッカがジェスチャーする。
4人は何故か窓の外から観察している。
別に部屋の中に残っていてもいいのにな。
それに読心も正しいか不明だ。
メイサは肉体精神共に防護をかけている。
それに比べリッカはS級になりたて。
制御できるが、まだ強化していない。
セイントデビルとしての強化は今からだ。
注意するに越したことはない。
慎重に、会話を続ける。
「何の用だ」
「挨拶に来ただけだよ」
「そうか」
「……なんか冷たいなぁ」
「当たり前だろ」
まだ信用に値しない人物だ。
仲良くなんてできるわけがない。
中身を考えれば尚更な。
パーティを抜けた理由を聞いてみる。
帰ってきた回答は、守るものがあるから。
何ともメイサらしい回答だ。
そうじゃなかったら動かないだろ。
だが、彼女のパーティ内での扱いはかなり酷いものだった。おそらく俺の次に酷い扱いだ。
盾役という事で目立つ活躍もない。
「信用していないね、自分のこと」
「……ああ」
「やれやれ全く、仕方ないなぁエル君は」
懐から一枚の地図を出す。
俺が持っていた地図と同じものだ。
どおりで胸があると思った。
貧乳とはいかないまでも、微乳だもんな。
地図には沢山の印が加えられている。
中でも一際大きなバツ印が一つ。
あるのは、この村の真隣だ。
「まあ縮尺が適当すぎるから、頼りになるかはわからないけどね」
「この印は一体?」
「ああ」
一呼吸置き、メイサはその名を告げる。
「ブライ達が立ち寄った場所だよ」
その名を、俺は一生忘れないだろう。
強烈な存在感、飽くなき欲望。
人の悪質を集めたような精神構造。
にも関わらず、周囲を垂らし込む絶対性。
ブライ・シン——勇者様の本名だ。
遂に彼が、再び俺の前にその名を現した。
確かに、海にも印が付いている。
地図上に無人島は描かれていない。
その代わりという事だろうか。
「お前は無人島には行かなかったんだろ?」
「でも素行の確認はできる」
「……ギルドか」
「まあ今の彼らは使ってないけどね」
確かに何処かのギルドに入ってさえいれば、その人物の素行は把握しやすい。
だが、今の彼らは半分監視されている身。
サレイによって報告されているからだ。
恐らく彼らも情報は掴んでいる。
迂闊にギルドなど利用しない。
「バツ印は?」
「次にブライ達の誰かが行くだろう場所さ」
「何でそんな事がわかるんだ?」
「計算と噂だよ。だから先回りして来た」
……遅かったみたいだけど。
その言葉を、俺は聞き逃さなかった。
それがどういう意味なのか。
近づいてくる無数の足音。
一足先に我が家に飛び込んで来た少女。
それが答えを導き出す。
「アリクはいるかしら?」
もう聴き馴染んだ声の主、シーシャだ。
普段とは違い慌てている。
「隣村の村人が消えたの」
「消えたって、どういう事だ?」
「……わからないの」
シーシャにしては珍しく不明瞭だ。
しかし異常事態だという事はよくわかる。
彼女曰く、送った調査隊が戻らない。
上空からの観察では超高濃度の魔力を検出し、その魔力に村が覆われて見えないらしい。
確かに異常だ。
しかもこの村の近くで起きている。
1ヶ月前、この村はネムに襲撃された。
奴等が関わっている可能性は高い。
「村はバックスの名誉にかけて守るわ」
外には中心街の憲兵達がいる。
シーシャの指揮下だし、頼りになる。
俺の仕事は隣村の調査、及び問題解決。
これにメイサも食いつく。
どうやら調査に参加したいらしい。
怪しい立場だが、一応紹介する。
「昔の知り合いだ。無関係ではない」
「……そういう事ね、わかったわ」
意外にもあっさりと受け入れた。
シーシャが一目見て信頼するとは。
俺も信じて良いのだろうか。
これで一応メイサが仲間になった。
ラナ、アビス、リッカも当然参加する。
マキナはシーシャの護衛にあたるらしい。
直属の上司だし、当然か。
彼女もあの戦いから相当強くなっている。
敵に遅れをとる事は無いだろう。
「……そうだアリさん、これを」
マキナが何かを渡してきた。
二つの小瓶、ゴーレムを生成する土と水だ。
「お守りです」
ゴーレム術のノウハウは学んでいる。
主に通信用ゴーレムのおかげで。
だが、こんな実践的なものを渡されても。
非常時の目眩ましにはなるだろうが。
本当にお守り代わりだな。
「村の事は任せた」
「アリクこそ、気をつけなさい」
2人に別れを告げ、召喚陣を展開した。





