契約者の覚悟 〜S級魔族・セイントデビル誕生〜
「アリク様! リッカさんが!」
「話は聞いている」
「どうするつもり?」
俺は後悔していた。
なぜ気づかなかった?
目に見える予兆はあったじゃないか。
ラナにリッカの元へと誘導される。
彼女は椅子に座っていた。
紅潮した顔、とめどなく流れ出る汗。
変身が解けていないのが奇跡だ。
「……アリク、ごめん」
怠そうに口にする。
普段からダウナーだが、いつもと違う。
明らかに調子が悪そうだ。
彼女の手を取り、不調を確かめる。
……魔力が著しく低下している。
やはり、そう言う事なのか。
心当たりが一つだけある。
「少し時間をくれ」
ダメ元でスタッフに頼み込む。
「もうすぐパフォーマンスは始まります!」
「最後にしてもらえないか?」
間に合わなければ棄権でもいい。
スタッフにそう付け加えた。
歌と同じく最終パフォーマンスもランダム。
直前のくじで順番が決まる仕組みだ。
大トリにはプレッシャーがある。
だが同時に目立つものだ。
ラナ達だけではない。
参加者全員の許可が必要だ。
正直、博打にすらならない低確率だ。
「私はそれで構わないけど」
「頑張ったんだし、ね」
「盛り上げてくれたし!」
それは知り合いの声ではなかった。
全て他の参加者による声。
14人全員が、各々の反応で了承をする。
ラナ達は当然のように頷いてくれる。
少しだけ目頭が熱くなった。
「大丈夫よ、全てはその子の魅力だもの」
シーシャが言うと、皆が照れ臭そうに笑う。
こいつは一体何をしたんだ?
……他人と打ち解けてるじゃないか。
のんびりはしていられない。
リッカを担ぐ。一度会場を出なければ。
「ボク達が時間を稼ぎます」
「私達が盛り上げておくからよ!」
「アリク様、頼みましたよ」
「リッカさんをお願いします!」
マキナ、金銀姉妹、ラナ。
そして知り合ったばかりの14人。
全員が俺たちを送り出してくれる。
人間って、こんなに善人ばかりだったか?
それともリッカの見せる幻想か。
疑ってしまう自分が恥ずかしかった。
「リッカちゃん、待ってるからね」
出口付近でナタリアが励ます。
リッカはそれに無言で手を振る。
当然だ。
何としてでも、彼女を全快にさせる。
観客のため、みんなのために。
そしてリッカ自身のために。
「魔力の枯渇が激しいな」
「はりきり過ぎた、かな……」
少し走り、会場近くの森へと入る。
リッカも倒れた理由はわかるようだ。
しかし、少し的を外している。
確かにあれだけ動けば体力も減る。
サキュバスにとっては魔力=体力。
吸収したエネルギーが直接体力になる。
「お前は自分で召喚を維持している」
「そう……だけど」
自分で自分を召喚し、魔力を注ぐ。
サキュバスの体質と相性は良くない。
しかもその特性上、召喚権は移せない。
だが、彼女には莫大な魔力があった。
一ヶ月以上は召喚を維持できる魔力。
それがごっそり無くなった。
変身時に著しく消費したのだ。
それでも数日召喚を維持する残量はあった。
しかし今はガス欠状態。
他に魔力を消費する箇所はない。
「よく聞いてくれ、リッカ」
先程彼女の召喚に関する情報を更新した。
同時に、俺の仮説は確信に変わった。
リッカは成長したのだ。
「お前はもう普通のサキュバスじゃない」
「ど、どういう事……?」
俺や彼女自身すら予想できない速度で。
「危険度S級魔族・セイントデビル」
「…………」
「それが今のお前だ」
突然増大した魔力の消費量。
不可能と思われた変身を可能にした力。
そして、変身時に起きた特異性。
ラナ達の言う通り、彼女は理想を叶えた。
しかしそれは人間への変身ではない。
もっと根本的な変身願望。
自分自身を変えたいという願い。
彼女には潜在的な才能があった。
それが予期せぬ形で開花したのだ。
「今のお前は、半人前の召喚術師がS級魔族を使役しているのと同じだ」
「は? やっば……」
「だが切り抜ける方法がある」
「それってもしかして……」
リッカも予想がついたらしい。
俺も少し覚悟する。
セイントデビル、その名の通り聖なる悪魔。
自然には存在せず、成長で生まれる魔族。
人型モンスターでは最高位の存在だ。
その特徴は成長前からの純粋進化。
変身も、幻惑に関する能力の延長だろう。
「俺の体力を食え」
「……だから、こんな人気のない森に?」
「違くはないが」
体力の回復法は変わらないはずだ。
でもお前の思ってる奴とは違うから。
「お前、触れずに食べる事もできるだろ」
「でもあれコントロールできないし」
「全部食ってくれて構わない」
確かに俺は疲労困憊。
食われたらぶっ倒れるだろう。
だが、魔力は食わせられない。
ラナ達の召喚が維持できなくなる。
倒れても魔力があれば召喚は維持できる。
リッカも明日朝までは持つはずだ。
だが彼女は躊躇いがあるらしい。
そうだよな、心が読めるんだ。
それでも俺は——。
「お前は期待に応えようとした、だからこんなに成長したんだ」
「……うん」
「この程度、付き合えずに何が契約者だ」
俺はお前の契約者だ。使役者だ。
最近は協力してやれなかった。
今こそ頼ってくれ。
リッカが前へと進むために。
やりたい事がそこにあるなら。
「私、どうなっても知らないから」
「何でお前が?」
「……なんでもない」
顔が更に紅潮した。
魔力の消費量は変わらない。
ならこの紅潮は何だ。
感情的なものか。
だとしたら、一体どんな……。
「〜〜ッ! いただきます!」
ちょっと待て考察の途ちy。
* * * * * * * * * *
「ありがとう、アビス」
「——ん」
容赦なくリッカに体力を奪われた。
何でだ、さっきまで躊躇ってたのに。
倒れているところをアビスに見つかった。
屋台全制覇を意気込んでいたはずだが。
トウモロコシを齧る彼女は寂しそうだ。
「次はアビスも出ような」
「————ん」
やはり寂しい思いをしていたようだ。
終わったら積極的に接しよう。
これまでの分も含めて、な。
それにしても少し眠い。
まあ、体力不足で気絶してたからな。
「お待たせいたしました! 歌では見事に会場を盛り上げてくれたダークホース! 最後のパフォーマンスです! エントリーナンバー21、リッカちゃん!!」
リッカの出番前に目を覚ませて幸運だ。
「——リッカ、出る」
「待ってました」
彼女の勇姿を見届けたら、少し寝よう。
……別に死にはしないぞ?





