お祭り男・召喚術師〜inトマト投げ祭り〜
収穫祭当日。
夕暮れ前、草原に作られた会場。
本来ならリッカ達を支援するはずの時間。
『来やすぜ親父!』
「ホブゴブリン、ガードだ」
『了解ですなー』
俺は戦場にいた。
周囲には熱気あふれる半裸の男。
俺ももれなく上半身半裸。
むさ苦しい、ミスコン前に似合わぬ絵面。
周囲を飛び交うのは魔術でも矢でもない。
グジュグジュに熟した真っ赤な果実。
トマトである。
そう、俺はイベントに参加している。
明確にいえばさせられてしまった。
何故こんなイベントに参加しているのか。
それは時を少しだけ遡る。
* * * * * * * * * *
「あら、来てたのねアリク」
「シーシャにマキナか」
「お久しぶりです……フフフフ…………」
昼前から始まった収穫祭。
ナタリアとその夫、ミスコンに出る予定のモンスター達と共に屋台を回っていた。
万博とは別種の活気だ。
祭り特有の浮かれた喧騒。
正直この雰囲気は嫌いじゃない。
この時、マキナの異常に気づいていれば。
「コイツらをミスコンに出そうと思ってな」
「あら奇遇ね。私達も同じよ」
「という事はライバルか」
「まあ、そういう事になるわね」
やっぱシーシャも出場するか。
この手の祭り好きそうだもんな。
「マキナ、お前も出るのか?」
「勝手に名前を登録されまして……」
「あら嫌なの?」
マキナの顔がやけに憔悴しきっている。
そういえば最近は村にいなかったな。
中心街へ戻っていたのか。
それにしても顔色が悪すぎる。
研究疲れ……ではなさそうだな。
「間もなくトマト投げ祭りが始まりまーす。参加者の方は至急テントまでー!」
遠くから声が聞こえる。
本当にやるのか、そのイベント。
発案者は一体誰なんだ。
どんな目的でこんな狂った催しを。
小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られる。
「あれに参加する奴なんているのか?」
「何言ってるのアリク、準備なさい」
シーシャは一体、何を言ってるんだ?
まるで俺が出場するみたいな事を。
「あなたに変わって登録しておいたわ」
* * * * * * * * * *
ちくしょう。
何で俺は素直に参加してるんだ。
明確な攻撃目的でなければ魔術の使用は許可されているので、最強スライムとホブゴブリンのオスを召喚した。
二匹には防御と報告に徹してもらう。
だが、いかんせんトマトが多い。
足元がぬかるみ、身動きも難しい。
『トマトの弾幕ですなごぶっ』
『油断しやがって』
ホブゴブリンがトマトに吹き飛ばされる。
かなりの速度で投擲されるトマト達。
例え熟れていようとかなり痛い。
『人間風情が……駆逐してやる』
何か変なスイッチが入っていた。
しかし二匹では心許ない。
追加のモンスターを呼び出すか。
このイベントは女人禁制。
つまり、召喚できるのも男だけだ。
「『肥えた蛮族よ、剛腕を奮え』」
トマトを投げる単純な投擲力。
人間相手なら十分に高い防御力。
『何だアリク? ケーキ作ってたんだが』
料理中だったか……何故きた?
しかもケーキって手間かかるだろ。
エプロンとミトンを纏ったウィル。
しかし汚れるとアレなのでしまわせる。
普段が半裸なので違和感がない。
『何だこれ、トマトか?』
「ああ、トマトを投げ合う祭りだ」
『……何のために?』
俺が聞きたい。
「またアイツ召喚しやがったぞ!」
「可愛い女の子はべらせやがって!」
「トマトの海に沈めぇぇええ!!」
何故かヘイトが俺に向かっている。
しかし怒号が多すぎるせいで、何を言っているのかほぼ聞き取ることができない。
参加している男達を見る。
長年農業で鍛えられた筋力は恐ろしい。
俺なんて最近始めたばかりだ。
試合終了はミスコン開始の直前。
意識を刈り取られるわけにはいかない。
「俺を守ってくれ、ウィル」
『了解。トマトは持って帰っても良いか?』
たぶん大丈夫だと思う。
「死ねぇ召喚術師ィ!」
『背後から来やす!』
スライムの指示通りに避ける。
彼が俺の最終防衛線だ。
『あ、さっきぶつけやがった男ですなー!』
ホブゴブリンが執拗に同じ男を狙う。
だいぶキレているな、こいつ。
トマトは自然の産物。
地霊であるホブゴブリンの格好の武器だ。
特殊能力で飛来するトマトを制止。
そのまま任意の場所へ跳ね返す。
ある意味最強状態だ。
『袋か何か持ってくれば良かったな』
「このトマトで何を作る?」
『ソースにすれば用途はできる』
「……ソーッスか」
不意にくだらない駄洒落を吐く。
何の悪気もないつもりだった。
しかし、俺は迂闊だった。
気づいたのは目の前に現れた時だった。
飛んで来た異様なトマトの存在に。
「ヘブゥッ!?」
『親父ィ!?』
口の中に酸味が広がる。
あと鉄の香り。
危うく前歯が持っていかれそうになる。
投擲種が見つからない。
一体誰かこんな威力で投げやがった?
『違う、自分から飛んで来たんだ』
「何言ってんだウィル」
『聞いたことがある。寒いギャグを感知すると恐ろしい速さで攻撃してくるトマトの存在を』
「大丈夫かウィル」
少しだけ彼の正気をを疑う。
しかしどうやら正気ではあるらしい。
ははーん、ということは冗談だな。
堅物なウィルだ、慣れてないのだろう。
……しかし念のためだ。
下らない事は言わないでおこう。
「何だこのガキ!? トマトが当たらねぇ!」
『まさにトマトが止まっとへぶっ』
下らない事を言おうとしたホブゴブリンは、豪速で飛来したトマトにぶっ飛ばされた。
同時に許容ダメージ量を超えたらしい。
彼の肉体が光に包まれる。
こんな意味不明な召喚解除は初めてだ。
『ア、アリク様』
「どうした?」
『ミスコン始まったら再召喚してくれなー』
「嫌だと言ったら」
『そんなー……ガクッ』
もう一匹のホブゴブリンに言われた。
浮気の予兆があったら召喚解除しろと。
無人島の時の教訓だ。
というかお前らデキてたのかよ。
* * * * * * * * * *
「余興疲れ様。随分やられたわね」
「もう二度と参加しないからな」
「あら残念」
全身についたトマト汁を拭く。
何でミスコンの前にこんな体力奪われなきゃいけないんだ……全く。





