三流魔術師、やり返す
魔術師の面目を潰したその夜。
シーシャに招かれ、宴席に俺はいた。
各国、各領地の権力者達が集う席。
果たしてここに俺がいて良いのか?
「少し肩の力を抜きなさい」
「と言ってもだな……」
「ラナ達は宿で待ってるのよ、大丈夫」
いや、逆にそれが不安なんだ。
いつもは常識を逸脱したラナとアビスがいるおかげで、こういう場でも自然な立ち居振る舞いができる。
なのに今回は俺しかいない。
ラナやアビスどころかマキナもいない。
この不安たるや。
「ほら、美味しいご飯が台無しよ?」
「わかってはいるんだが……」
シーシャに急かされサラダを口に運ぶ。
村を救った時と何にも変わらない。
そしてサラダがめっちゃうまい。
なにこれ、本当に野菜?
ほっぺ落ちるくらい美味いんだけど。
「あ、あなたは!」
「……げ」
「何よアリク、知り合い?」
横から声をかけられた。
誰かと思えば、近代魔術ブースの人だ。
一応あの闘いのあと、事情と素性は説明した。まあそれでもブース自体に迷惑をかけてしまったのは心苦しい。
しかしさすが研究者。
召喚術の近代化に興味を持ったらしい。
……だが、揃って顔色が悪い。
やはりあの闘いは都合良くなかったか。
恐る恐る理由を聞く。
「……ど、どうしました?」
「それが、ダヌア君が居ないんですよ」
「あ、あー! あいつそういう奴ですよ」
「それだけなら良かったのですが」
良かった、俺の問題ではなかったか。
……いや少しは関与してるけど。
奴の事だ。逃げたか。
だが、話にはまだ続きがあった。
「その、最新の魔術強化装置もついでに無くなってしまいまして」
「それついでで終わらせていいの?」
絶対についでの話題じゃない。
発明した研究品を盗まれたって事だよな?
何でこの人たちこんな呑気なの?
緊張感のない教授たち。
だが、彼らの言葉は嘘じゃないようだ。
再び全身をピリつかせるような殺気を感じる。
ここに来て三回目だぞ。
深くため息をついた瞬間、宴会場の床が爆音とともに弾け飛んだ。
「『可愛らしきスライム達よ、仕事だ』」
とっさにスライムのクッションを敷く。
最近衝撃吸収ばかりになって申し訳ない。
来賓達は……良かった、無事だ。
「はぁーあ、ついてませんねぇ」
「ダヌア、一体何のつもりだ?」
予想通りというか。やっぱりというか。
騒動の主犯はダヌアだった。
何の意外性もない。
魔術強化装置とやらを使ったのか?
全身から余剰魔力が溢れている。
「今回の結果のせいで勇者様お怒りでぇ、アリクとそのお知り合い全部ぶっ殺すまで帰ってくるなと言われましてぇ」
漏れ出る魔力は本人の人となりを表すというが、彼女の魔力は赤黒いタコのような形を保っている。
また海産物かよ、ここも意外性がない。
無人島のボスがリヴァイアサンだったのに。
それにアビスと被ってる。
今のところウチの秘蔵っ子だぞ。
キャラ被りはやめていただきたい。
「いいのか、こんな衆人環視で」
「大丈夫ですよぅ」
余裕ぶって彼女は呟く。
「『おやすみ』」
……催眠魔術か。
俺とシーシャを残し、人々が卒倒する。
強化装置とやらの効果もあるようだ。
普段の彼女では、大規模な魔術は使えない。
厄介な性格のやつが強化されてしまった。
「これで私の記憶を消しましたよぅ?」
「証拠隠滅ってわけか」
「えぇ……更に」
その瞬間、俺は完全に油断していた。
まさか漏れ出る魔力に実体があるとは。
一本の触手が、シーシャの体を絡め取る。
「シーシャ!」
「な……きゃっ!!」
手を伸ばしてももう遅い。
伸縮自在の触手で、シーシャはダヌアに捕縛されてしまった。
「貴族ですか。お高く止まってますねぇ」
「弱者虐めしかできない醜女に言われても」
「……テメェから餌にしてやんよ」
人質という事か。
普通の勇者パーティじゃ考えられない所業だ。
いや、普通の"人間"だな。
彼女の目的は未だ掴めない。
だが、シーシャの身に危険が及んでいる。それだけは確かのようだ。考えている暇はない。
「じゃ、さようなら〜!」
「逃すか!」
地面の大穴を通ってダヌアは逃走する。
「『翡翠の翼よ、その身を翻せ』」
ガルーダを召喚し、俺も後を追った。





