大団円(中)/欠ける事なき1つの円。
天気は晴天。会場に異常なし。
壁の装飾から椅子から床まで、全てが白で統一された式典の会場。ある色といえば人々の姿と、頭上に吹き抜ける青空だけだ。
俺は客賓のいる席の端で非常事態に備える。
特に何も起こらないと思うが、保険だ。
実際、会場は冷たく感じるほどに静かだ。
真剣に式典へ向かい合う者が多い。
人、人、ドラゴン、オーク、ホブゴブリン。
その他モンスターと人が混在した会場。
彼等はまっすぐ、式を観覧している。
……中には居眠りしている者もいるが。
寝ている連中にはリッカに悪夢でも見せてもらいたいものだ。
俺は懐から携帯用ゴーレムを取り出す。
マキナが俺達の前から姿を消しても、コレの有用性からは逃れられない。
遠距離の会話ほど便利なものはない。
通話先は舞台裏のアビスだ。
「もしもしアビス、そっちはどうだ?」
「んー……まあ、大丈夫」
「……何かあったんだな?」
その含みのある口調だけでわかる。
舞台裏では問題が起きているらしい。
恐らく大した問題ではないだろう。
そうだったらもう少し口数が少なくなっているはずだ。
さて、何が起きたのか。
彼女はそれを端的に語る。
「人間側の子がテンパってる」
「やれやれ……わかった」
俺は頭を軽く掻き、少し下がって客賓の席から距離を取る。
一応会場には俺以外にも見張りがいる。
金銀姉妹も出入り口を守っている。
そんな彼らにこの場は任せた。
俺は一先ずこの問題を解決せねば。
会場から関係者通路に身を隠す。
そして俺は、もう一度通信ゴーレムを起動した。
出るのはアビス。
その奥で、誰かが震えた声で叫ぶ。
……ソーシャ、今回の人間側の代表だ。
バックス家の血筋の子孫で現当主。
数百年前に俺達が経験した一連の事件を物語として読んだ世代であり、シーシャとラナのファンだ。
そんな彼女に、アビスは通話を変わった。
「もしもしソーシャ、大丈b……」
「だいじょばないわよバカァ!!!」
唐突に理不尽に罵倒される。
シーシャに似た声を弱々しく震わせて。
彼女の容姿は実際シーシャに良く似ている。
今は17歳、当時の彼女にそっくりだ。
しかしどこまでも根性が一切ない。
ただどうもカリスマ性だけは抜群にある。
おかげでここに担ぎ出されたのだ。
性格だけならミスコン前のリッカ似か。
お転婆さも良く考えれば似ている。
だからだろうか、彼女と会話していると妙にノスタルジーになるのは。
……まあ疲れるのだが。
そんな彼女が、ひりつくような大声で叫ぶ。
「あんなに人がいるなんて聞いてない! わ、私あんなに大勢の前でラナ様と!!?」
「そのラナも緊張してたから気にするな」
「無理言わないでよぉぉぉおお!!」
あまりの叫びに俺はゴーレムを遠ざける。
彼女の心は完全に怖気付いていた。
本当にどうしたものか。
どうやらゴーレムの向こうでも彼女を再起させるための手段を探しているようだ。
「そんなに慌てると却って笑われてしまいますよ、ソーシャさん」
「ラナ様ぁ……でもぉ…………」
しかしやはりうまくいかない。
彼女も何だかんだ17歳。
それに上流階級の出身だが大舞台は初めてだ。
かつての俺の周囲が凄すぎただけ。
立候補したのも彼女だが、気持ちはわかる。
手段が無いわけではない。
リッカに頼んで精神を改造するとか。
病欠扱いで代理を立てるという手もある。
だが、それではダメなのだ。
新たな世代を生きる人の象徴。
俺達が見守ってきた"未来"。
その切符を、彼女に繋がなければならない。
彼女の、これからの為にも。
俺は半ば必死に考えた。
しかしそんな考えは容易く消え去る。
不意に俺のゴーレムをひったくった、いつの間にか俺の隣に立っていた者達によって。
「代わりなさいアリク」
それは、聞き慣れた声だった。
それでいて、懐かしい声だった。
さっきゴーレム越しに聞いた声とも似ていた。
「聞こえるかしら?」
「え、誰?」
「誰でもいいのよ」
堂々とした態度で対話する。
その言葉だけで、自然と背筋が伸びる。
「コレからあなたは、人の代表として『かつて魔獣と呼ばれた人々』と平和を約束する」
「う…………」
「そんな大役ができるのよ? 誇りなさい」
「でも、私にそんな器……」
ソーシャの心は勝手に沈んでいく。
しかし、対話する彼女は笑っていた。
まるで我が子をあやすかのように。
「私と同じ血を引くバックス家の人間に、器を超えるようなものなんて無いわ」
その容姿は、数百年前と変わらない。
俺が最後に彼女を見た、20歳のあの時。
旅立ったあの時と同じ気高さだ。
だが、背負っているものが違う。
かつてでも十分なカリスマが見えた。
しかし今はそれすら霞む。
最早怪物の域に到達した覇気を放っている。
そんな彼女が、小さく笑うのだ。
ここまで来ればソーシャも気づく。
通話の相手が、一体誰なのか。
「そんな、もしかして……!!」
「見守ってるわよ、ソーシャ」
そう言ってゴーレムを切る。
そして彼女は俺にゴーレムを渡し、
「ありがとう、アリク」
と、一言で返事した。
俺も自然と、彼女の名を呟く。
「……シーシャ」
いや、シーシャだけではない。
その後ろに3つの影が覗いている。
その全員が俺の顔見知り。
……いや、かつての仲間達だ。
その中の1人が、俺に話しかけてくる。
「お久しぶりですね、アリさん」
「マキナ……ああ、久しぶり」
「少しくらい待たされたボク達の気持ち、わかりましたか?」
彼女と話すと、少し苦い思い出が蘇る。
俺の初めての恋人であり、余りにも酷い対応を取ってしまった相手。マキナ。
旅から帰った後も結局復縁はしなかった。
そして、いつの間にか姿を消していた。
そんな彼女は今、かつてよりも明らかに若い容姿で俺の前にいる。
大体ソーシャと同じくらいの年齢だ。
以前の大人の色香が消え、これは……。
「若返ってないか?」
「ピッチピチですよ。どうです? もう一回付き合います?」
「……反応に困るな」
「……まーだ答えが出せないのですか」
彼女の落胆に俺は言葉を詰まらせる。
冗談かどうかは定かではない。
だが、答えを出せていないのは事実だ。
俺は情けなくなり口を噤む。
一応、心に決まってはいるのだが……。
…………いや、そうじゃない。
今気にするべきはそこじゃない。
話しかけてきたシーシャとマキナ。
その背後にいるメイサ。
彼女達はただの人間だ。
数百年も経てば死んでおかしく無いはずの。
なのに、なぜ俺の前に立っている?
かつてと同じ姿で。
それどころか、若返ったような容姿で。
俺は混乱で口をぽかんと開けていた。
しかし、そんな俺を嘲笑うようにメイサが口を開く。
「ダヌアに問い詰めたらマキナと不死の研究をしていたらしくてね、自分も付き合わせてもらったよ」
「……全く、強引すぎよぉ」
そう言って、メイサの服のポケットからダヌアが顔を覗かせた。
なるほど……そういう事か。
俺を普通の人間に戻す為の研究。
それがこのような形で結実したらしい。
簡単に言えば、死の克服だ。
……大丈夫なのか? 倫理的に。
個人的に使っているだけのようだが。
まあ俺を研究していた3人はわかる。
問題はシーシャだ。
彼女は研究なんてしていない。
ただ、何も告げずに旅立っただけ。
一体彼女は何故若いままなんだ?
「私は旅をしていたらいつの間にかね」
その答えは、解答になっていなかった。
まあシーシャらしくもある。
俺はそう納得させ受け入れる事にした。
それでもまだ疑問は残っている。
何故彼女達が来れたのかという疑問。
そんな世俗から離れた暮らしをしていたら、こんな式典など気付かないはずだ。
俺はそれを素直に問いかけた。
すると、マキナは少し微笑んで返す。
「ボク達だけではありませんよ? ほら」
そう言って、彼女は俺を振り返らせた。
するとそこには……目の前には、これまた懐かしい影が2つ立っていた。
「さて、折角の娘の晴れ舞台だ」
「当然私達には特等席を用意してくれたんだろうな……アリク?」
元龍皇、ラナの父親。
そしてリヴァイアサンの姿。
彼等はラナが龍皇と認められて、それからすぐに姿を消していた。
誰も知らぬ地で過ごすと聞いていたが。
彼等もまた、あまりかつてと変わらない。
元龍皇の白髪が増えた程度だ。
そんな2人が俺にグイグイ寄ってくる。
流石の圧に俺はたじろぎ後ずさった。
すると、背中に誰かが当たる。
すぐに俺は振り返った。
そこには……。
「よっ、先輩!」
「少しはマシな顔になったんじゃない?」
「お前等、どこに隠れてた?」
「自分で考えろバーカ!!」
サレイ夫妻が立っていた。
……いやおかしいだろ。
今までどこに隠れてたのかはともかく。
リーヴァが生きているのはわかる。
俺と同じような呪いがあるのだろう。
でもサレイ、なんでお前が生きている?
流石に少し老けているが、歴戦の勇者感がにじみ出るほどの渋さまで刻んで。
数百年だぞ数百年。
流石に老けてもおかしくないだろ。
「だって……別れたくなかったし」
「なんか俺、改造されたみたいで」
……それでいいのかサレイ。
というかリーヴァはサレイにだけはベタ惚れだな。かなり愛が重い。
結局、全員集まっている。
俺の知らぬ間にだ。
それもそうだ。俺は彼等の連絡先を一切聞いていなかった。
それでいつの間にか消えたのだ。
本当に、かつての俺のように。
どうやって集まれた?
どうやって情報を知った?
その答えはわからない。
……わからないが、アテはある。
かつての俺と同じなら。
意外と器用で隠し事がうまい、俺の周囲にいるトリックスターが。
俺は溜息を吐き、彼女に通話した。
「お前の仕業か、アビス」
「————?」
「昔のフリをするな」
「何のこと? さっぱりわからない」
当然、彼女はとぼけて通話を切る。
……やれやれ、全く。
これを知ればラナは大喜びだろう。
アビスなりのサプライズって事か。
なら、素直に受け取ろう。
俺はその場の全員を連れ会場に戻る。
もう式典のメインも近い。
是非、ラナの勇姿を見守ってくれ。
そう心で呟き、歩き出す。
と、その時だった
「ごめん! 遅れた!」
ひとつの声が俺の背中を呼び止めた。
……ああ、そうか。
1人だけいなかった人物を思い出した。
この数百年、俺と修行を続けた助手。
現在、俺と双璧をなす最強の召喚術師。
彼女はどうしてもこの式典に来たがっていた。
今やっている研究を押してまで。
「見せてよね、みんなが切り開いた未来!」
シズマが、俺にそう告げる。
全てを見届けたいと言った彼女が。
……ああ、見せてやる。
俺達が勝ち取った未来を。





