蒼い星
リッカちゃんが彼女に指差し叫びます。
「な、何でアンタがここに!?」
対してマキナさんは冷静に、しかしどこかズレたような質問を投げかけます。
「何故、あなた1人で歩いているのです?」
唐突すぎる衝撃的な再会。
私達は思い思いに驚愕を表します。
この街にはいないはずの人間が、何故か私たちの目の前にさも当然のように立っているのです。
アリク様と共に姿を消して3年。
彼女もまたかつてに比べ成長しています。
特に足の長さや胸の生育は顕著です。
流石ハーフサキュバス。
リッカちゃんにも引けを取りません。
……って、そうじゃありません。
「えっと……」
何か言おうとして言葉が詰まります。
状況が特殊すぎます。空回ります。
前例なんて体験したことはありません。
聞いたことすらありません。
どう応対すればいいのでしょう?
リッカちゃんは……固まっています。
マキナさんは……こっちも同じです。
頼れる仲間が両方フリーズしています。
恐らくお2人から見た私もでしょう。
そんな私達を気遣ったのでしょうか。
優しげな笑みを浮かべ、シズマさんは私達に柔らかな声色で話しかけてきました。
「ラナさん……だよね?」
「は、はい」
咄嗟に私は返事を返します。
その声色に、三年前の面影はありません。
さん付けで呼ばれるのも新鮮に感じます。
私は『暗黒龍』と呼ばれていた筈です。
彼女の心境に一体何があったのでしょう?
私のその疑問は、直後に彼女が深々と頭を下げた事により僅かに解決します。
「————ごめんなさい!」
私に向け張り上げられた謝罪の言葉。
それでやっと私は思い出しました。
私と彼女の間にあった因縁。
それを彼女は丁寧に語ります。
「ラナさんの命を無理矢理使って、トラウマ掘り返すような事までして」
やはり、私の予想通りです。
彼女と私を繋ぐ最も大きな要因であり、アリク様が召喚術以外の戦法を取り入れ始めた理由。
私の精神が奪われ使役されたあの事件。
あれから最後の戦いは始まったのです。
あの時も彼女は謝罪していました。
他人を傷つけた事。悪事を働いた事。
彼女はあの時既に改心していました。
しかし直後に彼女は瀕死の重傷を負います。
次に彼女が目覚めたのは決戦終盤。
そのまま戦いは終結し、投獄。
こうして話す機会はありませんでした。
深く頭を下げ続けるシズマさん。
謝罪の意思は十分すぎる程伝わりました。
対して私はどうでしょうか?
今の今まで、そんな事を忘れていたのです。
そんな私に謝罪は釣り合うでしょうか。
「……顔を上げてください」
「…………えっ?」
私はそうは思いませんでした。
彼女の謝罪は受け取ります。
しかし、私なんかには重すぎるのです。
そんなに頭を下げる必要なんてない。
私の気持ちはこれ一つでした。
「大丈夫ですよ、気にしてません」
「だけど私は……」
「ほら、今だってピンピンしてますし!」
私はその場でくるりと回転してみせます。
あの戦いを終えても私は健康体のまま。
お腹の傷も少しずつ薄くなっています。
心配する必要なんてありません。
「だから……」
言いかけたその時です。
しびれを切らしたのか、私を押しのけてリッカちゃんがシズマさんの前に飛び出します。
「そんな事より! それも大事だけど!!」
同時にマキナさんも前に出ます。
先程までの硬直とは一転。
2人の目はキラキラ輝いています。
……いえ、ギラギラですね。
まるで獲物を待ち構える獣のよう。
リッカちゃんは3年の寂しいと思い続けた時間の蓄積によるちょっとした怒り。
マキナさんは27歳という焦り。
ともかく、私にも簡単に予想できます。
その目的を、マキナさんは回りくどく尋ねました。
「この街にあなたがいるという事は、ひょっとして……」
それに対しシズマさんはただ、
「アリクさんならこの街にいるよ」
とだけ答えました。
瞬間、周囲に熱気が吹き荒れます。
主に熱源は恋患ったリッカちゃん。
マキナさんも飄々としていますが、若干浮かれているのが目に見えてわかります。
その後は口を挟むまでもなく、あれよあれよと組み上がる彼の捜索作戦。
フラストレーションの溜まっているセイントデビルと婚期に焦っている天才の完璧な捜索網です。
見つかり次第、どうなってしまうのか。
……少しだけ楽しみですね。
捜索範囲はすぐに決まりました。
リッカちゃんは外周を飛んで外側を。
マキナさんはその少し内側を。
そして私は……。
「ラナはこの辺り探してね!!」
中心街の中心。
つまり、今私達がいる場所の捜索です。
この場合はほぼ待ち伏せですね。
私の意見も聞かず、いつのまにか2人は蜘蛛の子を散らすようにして持ち場へと向かいました。
取り残された私とシズマさん。
あえて2人が姿を消すのを待ちました。
賑やかな通りに私達が溶けていきます。
そのタイミングで、私は彼女に提案します。
「少しお話ししませんか?」
「……いいの?」
彼女の問いに私は小さく頷きます。
確かに私も彼への興味はありました。
ですが私には、それ以上の関心事が。
それこそがシズマさんです。
彼等の旅に唯一同行した人物。
本来敵勢力にあたる、数度死亡したダヌアさんとは異なる唯一の生き残り。
私の知りたい全てを見届けた存在。
私にとって、彼女が旅に同行した理由とその成果もまた彼と同じくらい興味を持っていました。
道沿いにあるベンチに私達は座ります。
そして、私から単刀直入に聞きました。
「旅はどうでしたか?」
「どうって……」
「どんな話でも構いません」
どんな話でも、最後は答えに繋がる。
私の知りたい疑問への答えに。
だから私はただ聞きに徹しました。
やはり3年も掛かっただけあり、その旅路はかなり特殊なものであったようです。
まず最初に訪れたのは小さな島。
たった一軒の広い家が立つ島でした。
私にはそこがどこなのかわかります。
かつて彼の師匠が住んでおられた場所。
彼とサレイさんの第2の故郷です。
そこを中心に、彼等は様々な無理難題を解決していたようです。
ある時は勇者依頼の魔物退治。
ある時は戦争の名残潰し。
またある時はトラブルメーカー達が持ち込む大事件の予感。
飽きる日は無かったようです。
そこでの彼はどうだったのでしょう。
尋ねると、少しため息をつきました。
彼自身サレイさんに呆れていますが、彼もまたかなりのトラブルメーカー。
何度も大面倒を引き起こしたとか。
更には勇者依頼だと意外と活躍は普通。
派手には戦わずサポート支援のみ。
私達を使わないという縛りこそあれ、かつてのような大活躍は見る影もなかったとか。
その後も止まらぬ旅の話。
愚痴のように語る彼女は楽しそうです。
そして明らかになる彼の天然ぶり。
聞いているこちらが恥ずかしくなります。
「面目が立ちませんね……」
私は少し顔をそらして呟きました。
理由は勿論、恥ずかしかったからです。
ですがシズマさんは次にこう言いました。
「でも、良いこともあったよ」
そう言って、彼女の口元が綻びます。
語られるのは細かな生活の記録。
彼に教えてもらった召喚術の極意等。
そして、サレイ夫婦の痴話喧嘩でした。
先程とは違うやけに緻密な情報量。
それらは全て日常の風景です。
誰が寝坊したとか、誰の朝ごはんが美味しいとか。
彼が人に物を教える時の謎の癖とか。
なんでも、よくこめかみを掻くのだそうです。
そんななんの役にも立たない日常達。
しかしそれが、彼女にとっては必要だったのかもしれません。
兄に支配された鬱屈の日常。
全てを失い、新たに始まった人生。
どちらが幸せとも言えません。
どちらが不幸とも言えません。
ですが、今の彼女の顔は幸せそうでした。
彼やサレイさん達との修行を楽しそうに話し終えた後、彼女は手の甲に刻まれた召喚陣を見つめながら笑いました。
「おかげで私、初めてモンスターと心を通わせられたのかなって思う」
「………………」
「少しだけ、変われた気がするんだ」
……はい、間違いなく変わっています。
あの頃の幼くも冷徹な顔ではありません。
無垢ながらも大人びた優しげな姿。
それこそが、本当の彼女なのでしょう。
しかし同時に変な人間味も帯びたようで。
話の途中で突然目をはっと見開くと、口を丸く開けて叫びました。
「あ、そうだ忘れてた!!」
唐突な事に突然私は驚きます。
しかし彼女は私に見向きもしません。
思い出した直後、ベンチから飛び上がるように立ち上がって歩き出しました。
まだ話の途中なのに、です。
なるほど……これが彼女の悪癖ですか。
しかしこんな立たれ方をすると気になります。
私もすぐにベンチを立ち、呼び止めます。
「どちらに行かれるのですか?」
「バックス卿のとこ、旅が終わったら釈放可能か試験するって約束だったから!」
少し駆け足になるシズマさん。
釈放の可否を確かめる試験。
罪を償ったかどうかを見定める機会。
確かに彼女にとっては重要です。
結果次第で、今後の人生が変わります。
でも、彼女はやっとここまで来たんです。
もう悪のしがらみも束縛もない。
全てを最初からやり直せるスタートライン。
その場所に、彼等は彼女を導いたのです。
私たちも同じでした。
1度彼と距離を置く事で、盲目になってしまっていた自分を見返すことができた。
おかげで本当に彼が好きだと自覚できた。
そして、今の成長がある。
それが恐らく彼の策略。
黙って姿を消した彼の望みだったのでしょう。
……それでもまだ、少し許せませんが。
歩幅を早くするシズマさん。
少しずつその姿は小さくなります。
それを私は黙って……
「シズマさん!」
……見送れませんでした。
勇気よりも若干の心配が勝りました。
少しでも彼女の力になりたい。
そんな私の、いつものエゴが働きます。
足を止めたシズマさん。
私はすぐさま彼女に駆け寄ります。
そして、召喚陣の描かれた手を取り、
「え?」
「これ、よろしければどうぞ」
そう言って、私は念じました。
わずかに混乱の見えるシズマさんの表情。
ですが、すぐに何か理解したようです。
慌てたように彼女は私の顔を見ます。
「ラナさん、これ!!」
「今のシズマさんなら、お任せできます」
「で、でも私!!」
否定的に眉を困らすシズマさん。
ですが、私は何も言いません。
何も言わず、彼女の目を見つめます。
今の彼女にならわかるはずです。
彼等の授業を受けた彼女なら。
モンスターの気持ちを知れた彼女なら。
今の私の、この気持ちが。
やがて、彼女も動きを止めました。
そして仄かに笑って、二言。
「……わかった、ありがとう」
そう言って彼女は召喚陣の刻まれたほうの手を振って再びその場から走り去ります。
これはただの勇気づけ。
そして、私が彼女を信頼した証です。
まさか私が彼以外とこれを結ぶとは。
彼女の使役はどんな感じなのでしょう。
呼ばれる日が楽しみです。
……さて、私も探しますか。
そう思った時でした。
「……あ」
思わず私は声が漏れたのです。
探し物とは、時にあっけないものです。
ずっと探していたものが、実は自分の身の回りに隠れていたり。それを見落としていたり。
例えば、今の私達がそうでした。
私が見つめた賑やかな道の先。
人通りの多いスポットのほぼど真ん中。
そこに、彼はいたのです。





