幾万年の想いを
「みんな何やってんの……?」
アビスさんの爆弾発言からまもなく。
大陸中央からリッカちゃんが戻りました。
そして、帰宅早々このセリフ。
表情からしてもかなり引いています。
しかし、そう言うのも仕方ありません。
私はリッカちゃんからアビスさん達のほうへと視線を一度戻します。
「私は気になる。何故リヴァイアサンがラナのお父さんに告白したのか。教えて」
「な、何故と言われてもだな!!」
リヴァイアさんを問い詰めるアビスさん。
アビスさんの両脇を固めるマキナさんとシーシャさんの2人。
問い詰めているのは当然あの発言です。
対してリヴァイアさんはタジタジ。
完全に三人の圧に押されています。
これではリッカちゃんも疲れが取れません。
先に彼女達の騒乱を鎮めないと。
っと、その前に説明です。
未だ眉間を潜めるリッカちゃん。
私は彼女の肩を叩いて話しかけます。
「実はかくかくしかじかで」
「それ何でラナが落ち着いてんの!?」
……私が引かれてしまいました。
「実の父親に友達が告ったんだよ?」
「まあ、はい。そうですね」
「普通一番驚くのアンタじゃない……?」
「確かに驚きはしたのですが……」
リッカちゃんの反応も理解できます。
私もあの瞬間は放心していました。
ですが、今は違います。
何というか……驚きすぎて落ち着きました。
それに、龍皇とリヴァイアさんの立場に立つと少しだけ見方も変わってくるのです。
お2人は何千年も前からの戦友。
そして私の父は何千年も前に妻を失った。
生まれた時に母のいなかった私にその全てを理解することはできません。
でも、お2人にしかわからないものがある。
それだけは私にも察せました。
状況は確かに複雑です。
しかしここに私が入る必要はありません。
今は事がどうなるか、見つめるだけです。
だけど、リッカちゃんはどうやらアビスさん達と同じようで。
「混ぜて! アタシも混ぜて!!」
「ん! リッカが来てくれる、助かる!」
「お前はダメだ! 読まれるから!」
いくら止めても彼女はもう止まりません。
リッカちゃんを加えて4対1。
悠久の時を生きる言わば大人の女性と、まだ恋を知ったばかりの三人と何か興味津々のシーシャさん。
果たしてどうなってしまうのか。
外野から私はその過程を見つめ続けます。
……っと、その前にきになることが。
私は彼女たちを見ながら私の頭の上に座るダヌアさんに話しかけます。
「ダヌアさんは参加しないのですか?」
「私はこういうの外野から眺めてるほうが好きなタイプだからぁ?」
私の頭の上で横になるダヌアさん。
何というかこう、性格が現れています。
どっぷりと俗な性格で、趣味が悪い。
……彼とソリも合わないはずです。
あの人、俗なこと苦手そうですし。
しかし俗なのは私達も同じ。
何だかんだリヴァイアさんの話に耳を傾けている私もいるのです。
告白のシチュエーションや決断。
どれくらいドキドキしたか。
特にリッカちゃんががっついて聞きます。
しかしそんなリッカちゃんを抑え、マキナさんが目を見開いて彼女に問いかけました。
「ボクが聞きたいのはただ一つ……ズバリ、返答はどうだったのです?」
直球ど真ん中の質問。
まだそれを聴くにはほとぼりが埋まっていないような気もしますが、さすが研究職。
答えまでの最短距離です。
……いやこれはマキナさんの性格ですね。
私も彼女に乗じて聞いてみましょう。
お母さんになるかもしれないのですし。
そこから待つこと数秒。
沈黙の数秒が、非常に長く感じます。
リヴァイアさんの唇はふるふる震えます。
ずばっと言わないのは、どこか彼女らしくありません。
しかしやがて、辿々しく彼女は呟きます。
「……聞いてない、怖くて」
「「「「へ??」」」」
……え?
そこにいる一同がポカンとします。
そして全員自分の耳を疑います。
中でもシーシャさんは念入りでした。
自らの耳を信じず、彼女に尋ねます。
「聞き間違いよねアビス? 貴女ほどの武人がまさか告白の返答に怖気付いて帰るなんて」
その問いかけに俯くリヴァイアさん。
しかし彼女は俯いたまま、首を弱々しく横に振りながら蚊の鳴くような声で
「聞き間違いではない……」
と、そう呟きました。
途端にその場の空気が崩れていきます。
眉間にしわを寄せ怒るアビスさん。
呆れ気味のマキナさんとシーシャさん。
特にの2人は溜息を吐きながら告げます。
「失望しましたよリヴァイアサンさん」
「うっ……」
「恋愛事には随分とウブなのね」
なかなか手痛い言葉。
ですが私も少し拍子抜けでした。
彼女はこの中では最年長。
というか龍皇よりも年上です。
なのに何故逃げ出したのでしょうか。
その謎の答えをおそらく知っているであろう唯一の追求者……リッカちゃんだけが、彼女を黙って見つめていました。
やがて彼女は小さく微笑みます。
そして、まるで独り言でも言うかのようにリヴァイアさんに告げるのでした。
「いいじゃん? 何千年もそばにいたから今の龍皇が心配とか、いい恋してると思う」
「読んだなお前っ!?」
リヴァイアさんの驚いた通りです。
リッカちゃんは彼女の心を覗いていました。
ついでに記憶にも潜ったのでしょう。
かつてと違い、読心も記憶潜行もほんの一瞬でこなすようになったリッカちゃん。
彼女にはもう隠し事なんてできません。
その暴露に観念したリヴァイアさん。
顔を真っ赤にして項垂れています。
でも、理由もリッカちゃんの言う通り。
とってもいい恋だと思います。
恋がいつ始まったのかはわかりません。
知っているのは本人とリッカちゃんだけ。
私の母と龍皇が出会う前か、後か。
それすらわからないのです。
しかしそれよりずっと前。
龍皇が若かりし頃はいつも彼と共に生きてきたのです。
それこそ、母よりも長いかもしれない。
だから今の龍皇の変化がわかるのでしょう。
彼にはかつて愛した相手がいた。
その関係も愛の深さも知っている。
それでも今の龍皇には自分が必要に見えた。
告白の理由が私にも理解できました。
そうなると、私にできることもあります。
今の彼女は怖気付いてしまっている。
私の母の事もあるからでしょう。
その娘である私は、一体どう思うのか。
それを正直に、私は彼女に答えます。
「……少し複雑ですけど、私も賛成です」
これが私の意志です。
友人が父の後妻になるのはやはり複雑です。
でも私は、少なくとも彼女と龍皇の間にある強固な絆を知っています。
同時に彼女の誠実さも知っています。
もし彼女が今後の龍皇を支えてくれるなら。
龍皇を辞め、衰えていく余生を共に過ごす相手として立候補してくれたなら。
私は喜んで彼女を迎え入れたいです。
やがてリヴァイアさんは、私の言葉に顔をあげました。
私は同意を求めるように呟きます。
「龍皇は凄く強がりで意地っ張りですし、そのせいでみんなに少し距離置かれてますけど」
「……寂しがり屋だからな、あの男は」
——やはり父をよく理解しています。
本質的に父は彼に似ているのです。
ただ、彼以上に頑固なだけで。
やっぱり彼女になら龍皇を任せられます。
「お母さんって呼んだほうがいいですか?」
「好きにして構わんが、お前とは友人でありたいな」
私の冗談をかわすリヴァイアさん。
彼女は意を決したように席を立ちます。
そして力強い足取りへ玄関へ。
恋の答えを得るために歩み出しました。
しかし……間が悪いです。
私はなんとなく気づいていました。
玄関から出た途端に人影とぶつかる彼女。
その体格差にリヴァイアさんは倒されます。
一方相手はびくともしていません。
ぶつかってやっと彼女に気づいた様子。
……全くパパったら。
「……おっと」
「り、りりゅ……!?」
ほら、彼女固まっちゃいました。
普段の威風堂々とした彼女は何処へやら。
完全にウブな乙女。
三年前のリッカちゃんにそっくりです。
そしてやはり、そんな彼女を見かねたのか。
リッカちゃんが強い口調で呼びかけます。
「龍皇!」
「なんだ小娘」
この2人の関係性も変わりません。
何故かリッカちゃんは最強の暗黒龍である龍皇に対して非常に強気に出ていきます。
「泣かしたら承知しないからね」
「相変わらず無礼だな……わかっておる」
そんな彼女に呆れる龍皇。
どうやら全てはお見通しのようです。
……つまり、もう答えを持っている。
気づいた私は息を呑みました。
一気に静まり返る家の中。
龍皇は倒れているリヴァイアさんに手を貸して立ち上がらせると、真剣な表情で口を開きました。
「リヴァイアサン」
「な、何だ!」
「さっきの話の答えだが——」
* * * * * * * * * *
父は不器用な性格です。
数千、数万年前の出会いから、私の母や私の話を挟み非常に回りくどく自分の立場を語りました。
そして、彼女の思いに気づいていた事も。
彼女の思いを無駄にしたくはない。
しかし自分自身も最愛の人を亡くした身。
同じ痛みを味合わせたくない。
父はそう言って一度断ろうとしました。
ですが、リヴァイアさんには効きません。
彼女の気高い精神は覚悟していました。
その上で彼を支えたい。
それがリヴァイアさんの答えです。
そして今、全てを聞き届けた私たち。
優しい静寂の中、アビスさんはリヴァイアさんの背中から抱きついて、満面の笑みで語りかけます。
「おめでと、リヴァイアサン」
私やマキナさん、シーシャさんもリヴァイアさんを祝福しました。
唯一ダヌアさんだけは隠れています。
やはり万博のトラウマがあるようです。
私の髪の中からマキナさんと会話します。
「賑やかねぇ」
「はい……そうですね」
優しげにつぶやくマキナさん。
その表情も非常に柔和です。
ただ一つ、彼女の本心を除けば。
「あとはここに、彼がいてくれたら」
……あれから3年。
連絡すら取れない私たち。
彼は一体、どこへ行ってしまったのでしょうか?
——実はもう、近くにいたりして。