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暗黒龍は恋を知る(下)/これが私の恋と知る

 

 気がつくと、私は横になっていました。

 視線の先には見知った天井。

 体の下には眠り慣れた私達のベッド。

 いつの間にか家に戻っていたのです。

 整理もつかぬまま体を起こします。


 普段は食事や談笑に使う食卓。

 そこに何故か、アビスさんが2人います。

 申し訳なさそうに項垂れたアビスさん。

 そんな彼女を腕組み姿で睨むアビスさん。


 ただ考えればなんの不思議もありません。

 単純に、アビスさんとリヴァイアさん。

 彼女達が分裂しているだけなのです。


 体には何かがのしかかったような重さ。

 何故か瞳からこぼれ続ける涙。

 声も出せず彼女達を見つめます。

 するとふいにアビスさんと目が合いました。


「——目、覚めた」


 私を見つめて呟くアビスさん。

 リヴァイアさんも私に気づいたようです。

 腕を解き、私の前に立つリヴァイアさん。

 その表情は厳しくも、どこか優しげでした。


「泣きすぎだ、目が腫れているぞ」


 そう言いハンカチを差し出す彼女。

 微かに湿り気を帯びたそのハンカチ。

 恐らく前もって濡らしてくれたのでしょう。


 泣いていたのに頬に涙の跡を感じません。

 このハンカチで拭いてくれたのでしょうか?

 考えると胸が熱くなります。

 私は声を振り絞ってお礼を告げました。


「……ありがとう、ございます」

「全くだ、お前達は本当に」


 そう言うと彼女は再び腕を組みます。

 そのまま彼女は私の隣に座り、眉間に皺を寄せながら口を開きました。


「マキナが送って来たのだが、覚えてるか?」

「……覚えてません」

「そうか……彼女の判断は正しかったな」


 彼女は経緯を説明してくれました。

 私が覚えている、マキナさんの胸の中で泣き続けたあとの事を。


 あの後、私達は別れたそうです。

 どうやら私から帰ると言い出して。

 対してマキナさんは心配したようです。

 目に見えて私はおかしかったのでしょう。

 記憶がない時点で察せます。


 それでも1人ラボを出た私。

 マキナさんは私の後を追いました。

 私は声を殺しながら泣いていたようです。

 泣きながら街を徘徊する私。

 幸い街の人は私に気づかなかったようです。

 そのまま私は路地に入り、倒れました。

 そこをマキナさんが助けてくれたようです。


 ……また迷惑をかけてしまいました。

 罪悪感が広がっていきます。

 それでもマキナさんは私を助けてくれた。

 彼女には、感謝するしかできません。


 私をこの家に送り届けたマキナさん。

 彼女はそのついでにリヴァイアさんに義体を貸し、今に至るようです。


 一連の事件とは外側にいるリヴァイアさん。

 だからこそ心配になったのでしょう。

 彼女は低い声で続けます。


「事の顛末は全てアビス(・・・)から聞いた」


 漠然とした言葉に理解が及びません。

 何故アビスさん? マキナさんではなく?

 彼女もまた今回の事件の外周にいる存在。

 私達とも一歩距離を置いていました。


 なのに何故?

 その疑問に、彼女達は答えます。


「お前とリッカのいない間に荷造りを手伝っていたらしい。私も寝ていたから気づかなかったが……」

「——ごめん、なさい」


 私は言葉を失いました。

 灯台下暗しとはまさにこの事です。

 なんとアビスさんも加担者だったのです。


 怪しさは全く感じませんでした。

 自然すぎて今まで気づきませんでした。

 言われなければ絶対わかりません。

 でも、あまり不思議には思いません。

 この家からアリク様の痕跡を1つ残らず消すなど、あの3人ですら流石に無理でしょうから。

 だけど器用な触手を持つアビスさんなら。

 手伝ってある光景が目に浮かびます。


 目の前にいる一連の事件の加担者。

 しかし私は事件の殆どを知っています。

 最早わからないことは……1つだけ。

 アリク様と一緒に消えた彼女だけです。

 私はそれを、恐る恐る尋ねます。


「……どうして、シズマさんも?」


 それだけが最後の心残りでした。

 アリク様の旅立ちよりも不自然な失踪。

 唯一、何の手がかりもありません。

 その理由を知るのはアリク様達だけ。

 私にそれを解き明かす手段はありません。


 謎解きであれば私の負けです。

 もう、勝ち負けなんてどうでもいいです。

 白旗を振り、答えを望みます。

 そんな私にリヴァイアさんは提示しました。


「家族を兄に殺され、その兄は彼自身(アリク)の手で封印された。責任感というものだろう」


 そう言って彼女は笑いました。

 闇を抱えたような、黒い笑顔で。

 私にもその笑顔の意味はわかります。

 だけどそれを認めたくはありません。

 そんな意思と裏腹に、彼女は告げます。


「お前達に対する問題を置いておきながら『責任のため』と言って旅立つとは」


 この時、私は初めて怒りを覚えました。

 リヴァイアさんに対する明確な怒り。

 アリク様への侮辱が逆鱗を逆撫でします。

 アリク様がそんな事をする筈が無いのです。


 でも……私は言い返せませんでした。

 言い返したくても言葉が出ないのです。

 私はアリク様を信じています。

 なのに何で守る言葉が出ないのでしょう。

 声に出せない苛立ちを奥歯で嚙み潰します。

 自分の頭の弱さにも怒りを覚えます。


 だけど、リヴァイアさんは止まりません。

 彼女の追求は残酷に抉り込んできます。

 ……私の描くアリク様を傷つけるように。


「奴が選んだ選択肢は最悪手だ」

「でも、でも……!」

「私達の中では最も波を立てず、何も言わないであろうアビスにだけ真実を告げたんだ」

「でも…………っ!!!」


 何度も繰り返す"でも"の言葉。

 "でも"……その先が出て来ません。

 アリク様なら何か強い意図があるはず。

 私の歪んでいるという想いを矯正する為。

 シズマさんを更生させる為。

 いくらでも理由があるはずなのです。


 ……なのに、その理由は脆弱に思えます。

 血の通っていない建前としての理由。

 それが見えてしまっていたのです。


 …………これまでも、見えていたのです。

 ………………ここに至る、ずっと前から。

 ……………………アリク様は、きっと。


「奴は逃げたんだよ、お前達からな」

「…………………………」


 ………………

 ……………………

 …………………………


 そんなはずはありません。

 アリク様は私のヒーローです。

 そんな彼が、逃げ出すなんて。

 そんな"真実"、受け入れたくありません。

 でも"真実'は私の中に溶け込んでいきます。

 溶け込みながら、私の中のアリク様をめちゃくちゃに壊していくのです。


 私を助けてくれたアリク様。

 私達を支えてくれたアリク様。

 バックス領と世界を守ったアリク様。

 悪しき勇者を封じたアリク様。

 ヒトを超越した存在になったアリク様。

 脳裏によぎるアリク様の勇姿。

 ……それが、音を立てて崩れていきます。


 もう目を塞ぐことはできません。

 耳を抑えても後の祭りです。

 目の前の日常にアリク様はいません。


 アリク様は、逃げ出したのです。

 目の前に積もった様々な重圧から。

 私やリッカさん、マキナさんの想いから。

 全てを終え、変わりゆく日常から。

 彼は、旅へと逃げたのです。


 落胆する私に、リヴァイアさんは言います。


「彼には少し失望したよ」


 その言葉が、トドメになりました。

 私の中の彼は粉々に砕け散りました。

 憧れが消え去った"思い出"だけの彼。

 補正はありません。

 等身大の彼だけが思い出の中にいます。

 それが、私の失望でした。


 瞳からは音も無く涙が流れます。

 枯れる事もなく流れ続けています。


 それでも私は顔を上げました。

 私もリヴァイアさんと同じ失望を得た身。

 果たして彼女はどんな顔をしているのか。

 私は少し、それが気になったのです。

 それが気になって、確かめたのです。



 ……そして、私は今日一番に驚きました。


 彼に失望したはずのリヴァイアさんが、まるで先程の闇なんて拭い去ったかのような笑みを浮かべているのですから。


 その笑みのまま、彼女は告げます。


「でも、嫌いじゃない」

「……え?」

「恋愛感情はないが、うん。嫌いではない」


 出す言葉が見つかりません。

 何を言えばいいのかわかりません。

 あれほど消極的な言葉だらけだったのに。

 私の希望を打ち壊したのに。

 なのに、彼女は彼を認めています。

 私の脳は理解に追いつきませんでした。

 しかし、リヴァイアさんは容赦しません。


「お前はどうなんだ?」

「……どうって?」

「2人の決断を見たんだろ?」


 その言葉に、私ははっとしました。

 気を失う前の記憶が脳裏を駆け抜けます。

 そんな中で私は確かに見たのです。


 彼に想いを抱きながら、別れたマキナさん。

 きっと彼の不和を見抜いていたのでしょう。

 だから1度別れる道を取ったのです。

 自分自身の彼への依存を正すために。

 そして、彼に自由を与えるために。


 リッカちゃんもきっと同じです。

 記憶潜行の中で彼女も察したのでしょう。

 でも、その顔は変わりませんでした。

 失望すらしていなかったように見えます。


 彼の本当の姿を知った2人。

 それでも2人は、まだ彼を想っている。

 なら……。


「私は…………」


 私は、私の中の彼を見つめます。

 英雄でも憧れでもない、思い出の彼を。

 彼と過ごした幾多もの記憶を。


 私を救ってくれた、まだ弱い頃の彼。

 最強の召喚術師と呼ばれ始めた頃の彼。

 少し間が空き、再開した時の彼。

 長い闘いの日々で見えた様々な彼。


 時に笑って、時に怒って、苦しんで。

 もがきながら、戦い続けていた姿。

 思い返すと決して輝かしくありません。

 むしろ泥臭く、痩せ我慢と背伸びの日々。

 憧れを取り払った等身大の彼。

 彼に私の求めた輝きはありませんでした。



 ……"でも"。



 私は確かに、彼から光を得ました。

 混乱の中で得たいくつもの笑顔。

 ささやかな幸せと新しい友達。

 少しずつでも歩めた小さな成長の数々。

 尊く、手放したくない多くの思い出。

 これは紛れもなく、彼と一緒にいたからこそ得ることのできたものばかりです。


 彼に見た輝きは幻想かもしれません。

 だけど、思い出は幻想なんかじゃない。

 彼はそんな素晴らしい思い出をくれた人。


 それだけで、十分です。


「私は、彼と一緒にいたい……!!」


 私の気持ちに素直になるのなら。

 私が彼への"恋"を証明するのなら。

 それだけで、十分"恋"に値します。


 これからも一緒に思い出を紡ぎたい。

 いつまでも一緒に思い出を作り続けたい。

 末永く、できるのならば永遠に。

 彼との日々を送り続けたい。

 これが、私の"恋"の答えです。


「ならばお前は、一体何をする?」


 私を見通すようなリヴァイアさんの言葉。

 それは、私に決断を促していました。

 私を懸念するように彼女は投げかけます。


 ですが、もう心配はいりません。

 答えならもう、私の中で出ています。

 ベッドから立ち上がり、よろめく足。

 どうやらまだ疲労は残っているようです。

 それでも私は玄関へと歩みます。

 そんな私を見て、アビスさんも立ちます。


「——どこ、行く?」


 私に肩を貸すアビスさん。

 その姿はゆっくりと変身を始めます。

 どこにでも飛んでいけるヒトデの姿へと。

 そんな彼女に、私は告げます。


「パパのいるところ、私の故郷まで!」

「——着いてく、心配————だから!!」

「……はいっ!!!」


 そうして私達は、家を飛び出しました。


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