まだ苦い恋
アリク様に別れを告げたマキナさん。
彼女の頬を伝う幾多もの涙。
それを傍観するリーヴァさん達。
余りの急展開を迎えた光景を、私たちは手の届かぬ未来から覗き見ていました。
そう、これはマキナさんの記憶の中。
既に過去で起こった事象なのです。
私達にできるのは傍観することだけ。
鑑賞することは叶いません。
お2人の間に一体何があったのか。
その疑問に、私は頭を乱されました。
そんな時、沈黙を続けていたリーヴァさんがふいに口を開きました。
「立会人って何かと思ったら、明後日結婚式のアタシらの前で別れ話? 嫌がらせなの?」
不貞腐れたように語るリーヴァさん。
話の限り最悪のタイミングです。
察するに、この光景は1週間近く前。
丁度式の準備で皆が忙しかった時です。
その裏で、まさかこんな事があるなんて。
ジトッとした目で2人を見るリーヴァさん。
言葉と違いその目に怒りはありません。
アリク様達を見通すような鋭い目。
それでいて、2人を包むような優しい目。
やがて彼女は何かを察したようです。
一呼吸起き、再び彼女は口を開きました。
「アタシらの共通点と言えば……」
そう言い態とらしく天井を見上げる彼女。
ほんのりと焦らされたその場の空気。
そこに、彼女は続けます。
「片方、ほぼ人じゃないって事ね」
言いながら、彼女はアリク様を見ました。
そして私達もその共通点に気づきます。
それはサレイさんも同じようでした。
彼は驚いた顔で、リーヴァさんとアリク様達を交互に顔を振って見返しています。
彼女の過去を知ったのは戦争の後です。
曰く、彼女は8000年前の勇者。
若い頃のパパとも面識があるようです。
人間は普通そんなに長生きできません。
リーヴァさんも人ならざる存在。
不老不死と呼ばれる者でした。
そしてそれは今のアリク様も同じ。
戦いの末、アリク様はもう死ねません。
人でもなくモンスターでもない。
なのに体内には魔王を封印している。
人間にとって脅威になり得る存在です。
重い宿命とそれを永遠に背負う不死。
2人の共通点はそこでした。
するとマキナさん達の共通点も見えます。
不死を伴侶にしようとした2人てす。
でも、お2人は何かが違う。
私が感じ取ったその違和感を、マキナさんは自戒するかのように告白を始めました。
「アリさんの事は好きです」
「そりゃ、見ればわかる」
「でも……ボクを恋へと踏み切らせたのは、責任感でした」
俯いたままマキナさんが語ります。
リーヴァさんは眉間に皺を寄せます。
そして私の隣に立つリッカちゃんも、何かを噛み殺すように服の袖をぎゅっと握りしめました。
私の中にも変化はありました。
ずっとお似合いだと思っていた2人。
きっと幸せになると信じたアリク様達。
その恋に、2人は苦しんでいたのです。
尚もマキナさんは話を続けます。
「アリさんが人でいられなくなったのはボクにも理由があります。でも、今のボクにはアリさんを元に戻す手段なんて無い。だからボクは、せめてこれからのアリさんを支えたくて……」
「……随分と傲慢ね」
リーヴァさんの鋭い指摘。
マキナさんも僅かに言葉を止めます。
その指摘への自覚があったのでしょう。
マキナさんという天才の挫折。
その挫折が、最後の"せめてアリク様を支えたい"という結論に至らせたのでしょう。
決して悪いことには思えません。
でも……とても、窮屈に思えました。
マキナさんはその後、こう呟きました。
好きな人と一緒になれた。
なのに、2人の間には壁がある。
責任感から生じた愛情。
それ故の超えられない一線。
愛はあった。でも、愛だけではなかった。
だからこそ、1度別れたい。
1度別れて、確かめたい。
それが彼女の理由でした。
とても難しい話でした。
恋なんてわからない私には、特に。
恋愛に責任はつきものだと思います。
恋をすればいずれ結婚する。
それこそ、リーヴァさん達のように。
アリク様達はその前後が逆だった。
ただそれだけに思えます。
でもどうやら、そうではないようです。
崩れたように涙を流すマキナさんとそれを見届けるリーヴァさん。
その背後で、アリク様達も会話します。
「先輩はそれで良かったのか?」
「ああ、何日も話し合った」
たった1度だけ行き交った会話。
それでも葛藤は想像できました。
その決断を下すのにどれだけ苦悩したか。
その間に、どれだけの涙が流れたか。
そのとき私は、あの事を思い出しました。
私はそれをリッカちゃんに伝えます。
「……ここ数日、よく見る夢があるんです」
「夢?」
それを彼女に教えるのは初めてでした。
夢の中で出てくる、あの女の人。
悲しみを押しこらえるように泣く女性。
私は初めそれを彼女だと思っていました。
お2人の交際が周囲に知れ渡り始めた時、彼女がよく泣いていたからです。
でも、それはもう随分と昔。
夢を見始めたのは最近でした。
それこそ、結婚式の数日前から。
そうすると仮定も変わります。
「もしかしたら、その彼女は……」
「……マキナ」
リッカちゃんの回答に、私は頷きます。
一体それがどんな力かはわかりません。
でも私は実際に見ていました。
私にもわからない、私の新しい力で。
きっとそれが、マキナさんの心象を偶然にも読み取ってしまったのだと思いました。
そして、2人は別れました。
リーヴァさん達の立会いの下で。
いつか復縁するかもしれません。
またら逆に、しないかもしれません。
今は何もわかりません。
ただ1つ、これだけは言えます。
呪いのような恋愛に縛られたお2人。
そのお2人が、解放されたのです。
それは喜んでいい事なのか。
複雑すぎて、これもわかりませんでした。
しかしそんなお2人に、リーヴァさんは気を揉みほぐすようににこやかに話しかけます。
「それで? しがらみから解き放たれたアンタ等は何がしたいの?」
ニコッと笑ったリーヴァさん。
その表情に、マキナさんが照れ笑いします。
どうやら既に覚悟はしていたようです。
だから、心傷も少なく済んだようでした。
しかしアリク様は違いました。
未だ神妙な面持ちで、顔を上げます。
その視線の先には……サレイさん。
強い視線が彼に突き刺さりました。
途端に彼はたじろぎました。
そこにアリク様はこう伝えます。
「前にした約束……一緒にパーティ組まないかって話、覚えてるか?」
その言葉にサレイさんははっとします。
同時に私もはっとしました。
私達の記憶潜行の理由に近づいている。
その予感が、私の体を駆け巡ります。
そんな約束をしていたのですか!?
私は心の中でそう叫びました。
やはり3人は協力者だったようです。
でもこれは結婚式の2日前。
結構短いスパンでの話です。
何より忙しいのはリーヴァさん達のはず。
決まり事や約束には厳しいようなイメージを持つ彼女が、これを認めてくれるのでしょうか?
サレイさんが視線でそれを伝えます。
それに彼女はため息をつき答えました。
「アタシは別にいいよ。あの子等も別に嫌いじゃ無いし、むしろ賑やかしになるっしょ」
彼女の顔は、少し微笑んでます。
サレイさんも満面の笑み。
マキナさんも心なしか嬉しそうです。
……でも、アリク様だけは違いました。
ゆっくりと体の向きを変えるアリク様。
サレイさんからその場の全員へと。
決心するように彼は顔を上げます。
そして、重い息を吐くように答えました。
「ラナ達は……連れて行けない」
……何故ですか?
何故、連れていけないのですか?
何故私達を置いていったのですか?
どうして何も言ってくれないのですか!?
湧き上がる疑問と不安が抑えきれません。
でも、解決してしまいました。
この騒動の首謀者は、アリク様だと。
* * * * * * * * * *
直後、視界がふつりと変わりました。
仮想から、現実へ。
記憶潜行の旅から帰還したのです。
しかし、私は不満でした。
まだ最後の答えを得ていません。
アリク様がこんな事を企んだ意味。
何故私達を置いて行ったのか。
結局、理由はわからないままです。
目の前には、床にへたり込むマキナさん。
何か気まずそうに、彼女は呟きます。
「……知られてしまいましたか」
…………まだ何もわかっていません。
真相まで、あとほんの少し。
その直前で記憶潜行は途絶えたのです。
私には、とてももどかしく感じます。
もう一度記憶潜行するしかありません。
でも、私にその手段はありません。
リッカちゃんの協力が必要です。
それに、彼女も真相を知りたいはず。
私は咄嗟に隣を見ました。
……リッカちゃんがいません。
驚いた私はそのまま周囲を見渡します。
当然すぐに彼女は見つかりました。
今にも玄関から出ようとする姿。
私達に背を向けたままの姿で。
「どちらへ行かれるのですか!?」
「少し考えたいの」
その格好のまま、彼女は答えます。
考えるとは一体何の事でしょうか?
もう目の前に答えはあるのに。
あとほんの少し覗き見るだけなのに。
——私は焦っていました。
目の前の答えを暴くことに。
しかし、リッカちゃんは違います。
彼女の声は落ち着き払っていました。
それこそ……そう。
すでに答えにたどり着いたかのように。
玄関から一歩外に出たリッカちゃん。
彼女はそのまま、私に語りかけます。
「さっきの夢の話だけど——アタシは、その答えは違うと思う」
「………………えっ?」
そう言って、彼女は出て行きました。
私はといえば、その場に立ち尽くすことしかできませんでした。
世界は今日も平和です。
そんな平和な世界の流れが、まるで私を置き去りにしていくかのようです。





