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最後の記憶旅行

 

 追っ手を振り払い、自宅に戻った私達。

 家に入ると美味しそうな匂い。

 マキナさんがお昼を作っていたのでした。

 私達を心配してくれたのでしょう。

 しかし、今はそれどころではありません。


「マキナ、知っている事を教えて?」

「まあ落ち着いてくださいシーシャ様」


 テーブルに並んだ5人分の食事。

 それを無視して質問するシーシャさん。

 ご飯を食べているのはアビスさんだけ。

 私も少しお腹は減っているのですが……。


 でも、それよりも気になります。

 アリク様が何故領地から姿を消したか。

 そして何故シズマさんが関わっているか。

 私に問いかける勇気はありません。

 それでも知りたいのです。

 だから私とリッカさんは、強く問い詰めるシーシャさんの後ろで話を聞いていました。


 対してマキナさんは落ち着いています。

 まるで聞かれるのを知っていたよう。

 その上で、シーシャさんを抑えています。


 やがて小さくため息をついたマキナさん。

 彼女は場を落ち着かせて話します。


「何から聞きたいですか?」

「その口調、知っているのね?」

「……ある程度は」


 観念したようにマキナさんが呟きました。

 やはり何か知っているようです。

 我が家に来た理由もそれが主でしょう。

 当然、本気の心配もあるでしょう。


 それを示すように、私達をただ見つめていたアビスさんがお腹を鳴らして机の上の料理を眺めています。

 そんな彼女に、私は伝えます。


「いいですよ、先に食べていてください」

「——ん」


 そう言うとアビスさんは席に着きました。

 そして私達を気にせず食事を始めます。

 少し羨ましいですが、ここは我慢。

 私達には解決したい問題があります。

 その為、私は再びマキナさんに向きました。

 するとシーシャさんが彼女に問います。


「そうね、ならまずはアリクがどこに行ったのかを教えて頂戴」


 シーシャさんの質問。

 それは私達が最も知りたい事でした。

 消えたアリク様が向かった行き先。

 それがわかれば私達もひとまず安心です。

 不安と謎は残りますが。


 その問いかけに首を傾げるマキナさん。

 何かを考え込んでいるような素振り。

 その素振りに、少し違和感がありました。

 思い出すのではなく考える。

 まるで言葉を選んでいるかのよう。

 やっぱり……何か知っているようです。

 一しきり考え、マキナさんは答えました。


「最終目的地がお師匠様の元だとは聞きました」


 その答えにシーシャさんが首を捻ります。

 彼女の反応も仕方ないです。

 何せ、私も殆ど知らないのですから。


 アリク様が師匠の元にいたのは数年前。

 私とアリク様の出会いは、ちょうどアリク様が師匠の元から離れる直前だったらしいです。

 どこで今の召喚術を学んだのか。

 修行中はどんな生活をしていたのか。

 それは、私にもわからないのです。


 ただ、それは私の話です。

 誰もが知らない訳ではありません。

 修行中に既に契約していたモンスター。

 その立場なら、ある程度知っているはず。

 つまりは私より前に契約した方なら。


 そして、私は心当たりがあります。

 というか既にこの場にいます。

 アビスさんは当然除外。

 私は時期的に知る由も無い。

 となると、残るのは……。


 その彼女が、はっと声を上げました。


「あー! あそこに行ったの!?」


 声の主は当然リッカちゃんです。

 何気に一番アリク様との関係が長い彼女。

 当然、アリク様の修行も知っています。


「やっぱりわかるのですね!」

「うん! 流石に全部は覚えてないけど!」


 そう付け加えてリッカさんは語ります。

 アリク様が修行していた場所は、アビスさんの無人島と同じくらいの大きさの島。

 当然バックス領内ではありません。

 アリク様はそこに向かうようです。


 でもまだ少し引っかかります。

 その島はマキナさん曰く最終目的地。

 決してそこだけが目的ではない。

 彼女の言葉にそんな裏を感じます。

 今の回答は本当の答えではない。

 リッカちゃんもそれを感じたようです。


 私達は理解しました。

 マキナさんは決して味方ではないと。

 惑う私達を試しているのだと。

 そして私達はまんまと深みに嵌ります。


 手元にある少なすぎるヒント。

 その幾多もの点を結ぶ線が引けません。

 どう考察すれば纏まるのでしょう。

 私は頭を悩ませ、下唇を噛みました。

 そんな私達にマキナさんが投げかけます。


「何かお忘れではありませんか?」


 挑発にも似たマキナさんのヒント。

 彼女の表情は、どこか悪戯げでした。

 敢えて敵役を演じるような仕草。

 その演技をマキナさんは堂々こなします。


 私も受けて立ちます。

 そして、深く考え込みました。

 私達が忘れている事象を。


 アリク様が忽然と姿を消した。

 なら、昨日の時点で何かがあったはず。

 昨日のアリク様……。

 帰ってきた時に荷物を持っていました。

 普段は使わないような大きなカバン。

 あれが旅の荷物だったのでしょうか?


 でも、まだ疑問点はあります。

 今の家にはアリク様の形跡がない。

 私達が家を離れた数時間での消失。

 それをアリク様1人でできるでしょうか?

 私はそうは思えません。


 マキナさんは絶対に協力しています。

 シズマさんの関与も可能性があります。

 ただ、それだけでは足りない気がします。


 例えば、そう。

 旅の手順や手続きに慣れた人物が……!!


「「あっ!!」」


 気づくと同時に私は声をあげました。

 その声が、リッカちゃんと重なります。

 私達は同時に答えに気づいたようです。

 なら、その答えもきっと同じはず。

 私は絞り出すように彼女に問いかけます。


「サレイさんとリーヴァさん……?」


 そう呟くとリッカちゃんも頷きました。

 シーシャさんも背を震わせます。


 旅に慣れ、旅の準備をしていた2人。

 アリク様と同じ師匠を持つサレイさん。

 一度帰宅したマキナさんや罪人であるシズマさんと違い、自由に動ける立場。

 そして何より2人揃って力持ち。

 あまりにも今の状況にピッタリです。


 僅かに浮かんだアリク様失踪の経緯。

 恐らくマキナさんとお二人の協力です。

 シズマさんは助けられた側でしょう。

 和解したとはいえ彼女も大罪人。

 自由はほとんど無いはずです。

 それをアリク様達が助けたのでしょう。


 ……行動はわかりました。

 まだ細かな疑問点はあります。

 ただ、残された大きな謎は1つです。

 私はそれを問いかけます。


「マキナさん」

「はい、何ですか?」

「教えてください」

「何をですか?」


 勿体ぶるようにためるマキナさん。

 まるで質問を待っているかのようです。

 私はその期待に、一呼吸置き告げました。


「アリク様が何をしようとしているのか」


 告げながら私は一歩前に出ます。

 今わかっているのは「師匠様の元へ向かうため、マキナさんとリーヴァさん達の協力でシズマさんと共にアリク様は旅立った」という行動だけ。

 その目的は、一切明かされていません。

 考察も及びません。


 そして……何よりも。

 この状況が、何よりも不安なのです。

 私達を置いていったという状況が。

 全て隠されていたという事実が。

 その理由を、私は無意識に探っていた。

 それを私は今になって気づきました。


 きっとリッカちゃんも知りたいはず。

 私達の興味はマキナさんに注がれます。

 そんな私達に、少し微笑んで答えました。


「フフッ……お断りです」

「なっ!?」


 いえ……答えませんでした。

 答のない回答にリッカちゃんが声を張ります。

 私もこれには少し混乱してしまいます。

 折角ここまでたどり着いたのに。

 これでは結局、不安が拭えません。


 今日のマキナさんは少し変です。

 意地悪にも程があると思います。

 でも、裏にはきっと何かがあるはず。

 無意味な意地悪なんて絶対にしません。

 私は一度考えようとしました。

 ……でも、リッカちゃんは違いました。


「なんでここだけ答えられないの!?」

「これはボク達の秘密ですから」

「でもそれがわからなきゃ意味ないし!」

「ごめんなさい。約束なので」


 淡々と逃げていくマキナさん。

 リッカちゃんを歯牙にもかけません。

 私は少しずつ不安になりました。


 決して良好とはいえない2人の関係。

 マキナさんは気づいていないようですが、リッカちゃんは彼女にぎこちない対抗心があります。

 それがこの場になって表層化する。

 果たして、それがどうなるか。

 答えはすぐにわかりました。


 私達の前に歩み出るリッカちゃん。

 その表情は完全にハンターの顔でした。

 初めて見た、怒ったリッカちゃんの顔。

 怒らない方が怒る時って、怖いです。

 そして、彼女は普段の声とは比べ物にならない冷たい低い声で、つぶやきました。


「……ラナ」

「は、はいっ!?」


 唐突に呼ばれた私の名前。

 その声に私は震え上がりました。

 そして、頭の中に直に声が響きます。

「マキナを捕まえろ」って。

 ……ごめんなさい。すごい怖いです。

 でも怖すぎて体が勝手に動きます。


 一目散にマキナさんの背後に回りました。

 そして、私は彼女を羽交い締めします。

 心は優しいリッカちゃんの事です。

 きっと暴力は振るわないでしょう。

 振るったら流石に私も止めます。

 ただ、何が起こるかはわかりません。


 それはマキナさんも同じ様子。

 この状況に、彼女は初めて戸惑いました。


「え、え?」

「どうなっても知らないからね」

「あの、ごめんなs」

「謝って済むと思う?」

「……もしかして、地雷踏みました?」

「うん。そういう事」


 笑みを浮かべて返すリッカちゃん。

 その笑みすら普段と違って真っ黒です。

 彼女はマキナさんにゆっくりと近づき、細く綺麗な指でマキナさんの顔を包み込みました。

 そのままリッカちゃんは淡々と呟きます。


「『記憶潜行』」


 と。


 次の瞬間、私の視界は歪みました。


 * * * * * * * * * *


「うぅ、クラクラします……」

「ごめん、強引すぎた」


 気がつくと視界は一変していました。

 辺りの景色は私達の家ではありません。

 木組みの大広間に、並べられた長椅子。

 そして光の差し込むステンドグラス。

 中心街のシーシャさんの邸宅にある聖堂。

 リーヴァさん達が式を挙げた場所です。


 一瞬のうちに移動したのではないです。

 これは、リッカちゃんの持つ能力。

 他人の記憶に潜り込むという力です。

 私もこの力に1度救われました。

 しかし、体験するのは初めてです。

 噂どおり、結構酔いますね。

 でも今はクラクラしてもいられません。

 私は辺りを見回しました。


 椅子に腰掛けるリーヴァさんとサレイさん。

 そして、壇上で佇むアリク様。

 その姿に私は声を上げそうになりました。

 しかしいくら話しても周りには伝わらない。

 これはマキナさんの記憶の再現。

 実際に起きているものではないのです。


 時が止まったように固まるアリク様達。

 この場にマキナさんがいないからでしょう。

 そう考えていると、ふいに聖堂の正面扉が音を立てて開かれました。

 同時に辺りの景色が動き出します。


「お待たせしました」

「うん、クソ待たされたわ」


 入ってきたのはマキナさんでした。

 これは私の予想どおりです。

 対してリーヴァさんもいつも通りの悪態。

 その顔もいつも通りの優しい笑顔です。


 そのまま聖堂の中程まで歩くマキナさん。

 その間、サレイさんとアリク様が話します。

 先に切り出したのはサレイさんでした。


「で、何で俺達に立ち会って欲しいんだ?」

「色々あってな、お前が適役だと思った」

「俺達が……?」


 不明瞭な回答に首を傾げるサレイさん。

 アリク様はその表情を見ていたのか、壇上から飛び降りてマキナさんの元へ歩み寄ります。

 聖堂の中心辺りに集まった4人。

 リーヴァさんとサレイさんは座ったまま。

 そのお二人に立ち会って欲しい話。

 私は色々と勘ぐりました。

 その間も記憶の再生は続きます。


「さて、アリさん」


 そう言って顔を上げたマキナさん。

 その表情に、私は驚きました。

 驚いたのは私だけではありません。

 私の隣で一緒に記憶を覗くリッカちゃん。

 そして、記憶の中のリーヴァさん達もです。

 唯一動じていないのはアリク様だけ。

 一体これは、何が起きているのでしょう。


 顔を上げたマキナさんの表情。

 ……赤く腫らした目と頬を伝う涙。

 いつもの微笑みもかなりぎこちないです。

 私達はそれを食い入るように見ていました。

 脳みその処理は追いつきません。


 次の瞬間、マキナさんは口を開きました。


「アリさんのことは好きです。でも……」



「…………一度、別れましょう」



 ………………えっ?


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