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花の式

 

 私達がバックス領のお世話になってから、早いことでもう1年も経ちました。

 あの戦いが終わって、半年です。


 辺境の領地で起きた大事件。

 呪術事件からあまり日は離れていません。

 3度目があるのでは? と人は恐れました。

 でも、それもすぐに収束しました。

 その方法は魔術万博の時と同じです。


 "大犯罪者は1人の勇者に駆逐された"。

 "もう魔王の脅威は無い"。

 皆が安心できる英雄譚を作ったのです。

 英雄譚の主役はサレイさんが適役でした。

 何よりアリク様が彼を推したのです。

 アリク様の願いは彼にも断れません。

 おかげで、混乱も収まりつつあります。


 そして、今日は特別な日……。


「……………………」

「何を惚けているのだムラサメ」

「ハッ!? あ、アタシぼーっとしてた!」

「全く……主役がそれでどうする」


 サレイさんとリーヴァさんの結婚式です!


 でも、リーヴァさんは緊張気味です……。

 この子にしてはとっても珍しいです。

 リヴァイアさんもハッパをかけています。

 それでもリーヴァさんは固まってました。


 今は式に向けた最後の準備中。

 化粧とドレスを着る手伝いをします。

 ウエディングドレスを纏うリーヴァさん。

 純白の衣装がとってもよく似合います。

 まるで本当のお姫様みたいです。

 しかしながらその表情はカチカチです。


 控え室で何とか彼女の緊張をほぐす私達。

 こんな時にリッカがいれば……。

 あの子の力で気もほぐせたのに…………。


「はぁ!? リッカちゃんに手間なんかかけられるわけないじゃんか!!」


 そんな私の発言に噛み付くリーヴァさん。

 少しだけいつもの雰囲気があります。

 ただ、やはり迫力は少ないです。


 リッカさんの不在にも理由があります。

 もう一年近く前になる収穫祭。

 あの子はアイドルにスカウトされました。

 そして、全てが解決した今。

 アイドルとしての道を歩き出した彼女は、瞬く間に大陸じゅうの有名人になったのです。


 今の彼女はライブツアー真っ最中。

 とても結婚式には来れません。

 私も手伝いをしているのでわかります。

 とてもじゃないですが、結婚式には……。


「その必要はないよっ!」


 ……と、不意に声が響きました。

 それは控え室の入り口から。

 私達はその声に、一斉に振り向きました。

 そこにいるのは、他でもありません。


「り、りり……リッカちゃん!?」

「駆けつけちゃったもんねっ!」


 忙しいはずのリッカさんその人です。

 よく見れば服装はライブ衣装そのまま。

 首にはタオルがかかりっぱなしです。

 額には大粒の汗もかいています。

 ライブを終えたばかりなのでしょう。

 まさか、本当に来てくれるなんて。


 そして彼女をみて慌てるリーヴァさん。

 実はリーヴァさん、アイドルであるリッカさんの大ファンらしいのです。

 何でもファンになったのは活動開始直後。

 あの戦いの怪我のリハビリに知ったとか。

 そして、今やただのファンです。


 そんな2人が互いに違う表情で立ちます。

 朗らかな笑みと、固まった緊張。

 それをほぐすため、リッカはリーヴァさんの手を優しく両手で包み込みました。


「どう? 楽になった?」

「ヤベー、ヤベーってこれ……」

「ダメじゃん! 早く落ち着いて!」


 効果は……これはあるのかな?

 ニヤニヤと笑みを浮かべるリーヴァさん。

 表情の硬さは確かになくなりました。

 ただこれだと緊張先が変わっただけです。


 それでもリッカさんは続けました。

 能力を使えば解けるんじゃないかと。

 信じて手を繋ぎ続けます。

 実際、口数は多くなってます。

 もう少しすれば解けそうですね。


 ドレスの着付けも終わりました。

 お化粧ももうすぐ完了です。

 あとは彼女の準備次第。

 本当は1人で待つ時間があったのですが。

 でも、その時間はもうないですね。

 私達ゲストは式場に向かいましょう。


 と、その時でした。


「——ん?」


 不意にアビスさんが何かに気づきました。

 視線の先は再び控え室の入り口です。

 気づいたのは私とアビスさんだけです。

 その扉に、少し視線を送りました。

 小さく開いた隙間から手招きする誰か。

 ……パパです。なんでこんなところに。


 その表情は少し苛立っています。

 ただパパの顔はいつもしかめっ面です。

 つまりいつもとあまり変わりません。

 でも今回は少し焦り気味。

 どうやら本当に何かあったのでしょう。


 私は1人、扉の外に出ました。

 これで下らない事なら承知しません。


「……どうしました?」


 少し威嚇しながら聞いてみます。

 対して腕を組んで顔をしかめるパパ。

 忙しいのに黙ったままです。

 ……どうして早く言わないのですか。

 私達もやっと準備が終わったのに。

 早くお2人の晴れ舞台を祝いたいのに。


 と、私も少しむかむかした時です。

 パパはやっと口を開きました。

 顔は少しシワの入ったまま。

 パパはやっぱり起こっていました。


「あの小僧共が……全く……」

「アリク様とサレイさんがどうか?」

「どうもこうも、緊張で動けないのだ」


 それを聞いて、私も察しました。

 なるほど……アリク様達が……と。

 確かにアリク様は晴れ舞台が苦手です。

 それは万博の時に私も知りました。

 表彰時のアリク様はカチカチでしたから。


 そうなるとサレイさんも苦手そうです。

 ヒーロー的な事は得意そうですが。

 何か、厳かな場面は苦手なイメージです。

 お2人でそわそわする光景が浮かびます。


「リッカさんに頼んでみます?」

「ああ……それがいい」


 頭を抱えるパパに私は提案しました。

 ただ、リッカさんもお疲れです。

 それにあの格好では浮いてしまいます。

 服装も式に合わせて着替えなくちゃ。

 そうなると時間は非常に少ないです。

 引き受けてくれるかわかりません。


 でも、私は念のために聞いてみました。

 ダメならダメでいいと付け加えて。

 その時は私が励ましに行きます。


 そんな提案に、リッカさんは答えました。


「アリクが!? もう仕方ないなー!!」


 忙しそうですが、嬉しそうな笑顔で。

 ここ数日の忙しさが嘘のように。

 久々の集合を楽しむかのように。

 ふぅ……これなら安心です。


 * * * * * * * * * *


 あれから1時間くらい。

 私達は式場の椅子に座っていました。

 人間の夫婦が執り行う特別な式。

 それを見るのは、私は初めてでした。

 不思議な静けさが式場内にはあります。

 これが神聖さというものでしょうか?


 舞台のような場所に向けて並んだ長椅子。

 左右対称に、整然と並んでいます。

 そして舞台もまた不思議な雰囲気です。

 真ん中に置かれた変わった形の台。

 その奥にメリッサさんが立っています。

 普段とは違う、少しぶかぶかな服を着て。

 どういう立場なのでしょうか。


 その後ろには、綺麗な色入りガラスの窓。

 ステンドグラスというものらしいです。

 こんな綺麗なの、初めて見ました。

 いつまでもみていられる美しさです。


 舞台に向かって一番前の席

 その右端付近に、私達が座ります。

 私の右隣にはマキナさん。

 その服装も普段よりスッキリしています。

 ただ、昔に比べて少し女性らしいです。

 その姿がとても大人びて見えました。

 ……前から大人っぽかったですが。


 そして、メリッサさんから見て右斜め前。

 そこにあの2人は立っていました。

 メリッサさんのすぐ前に立つサレイさん。

 後ろで彼の背を見つめるアリク様。

 アリク様に、私は小声で応援します。


「頑張ってくださいっ!」

「コイツに言ってやれ」


 するとすぐに返されてしまいました。

 アリク様はサレイさんを指差しています。

 確かに……落ち着いていないようです。

 流石に主役は緊張するのでしょう。

 変わってアリク様はだいぶ冷静です。


 アリク様は、サレイさん側の証人?という重要な立場らしいです。

 本来はご家族が行うとか。

 しかし、お2人には血縁者がいません。

 私はそれを初めて知りました。

 初めて知って……ものすごく驚きました。

 だからお2人は兄弟同然の仲らしいです。


 でも、もう時間はあまりありません。

 緊張もここまでです。

 新郎の入場が終えたのです。

 順番通りなら、次は……。


「次は、新婦の入場です」


 司会の人がそう告げます。

 ちなみにこの人も私達の知り合い。

 スライムのお嫁さんを持つあの人です。


 同時に私達の後ろにある扉が開きます。

 私達の視線もそこへ集中しました。

 外の逆光を浴びて浮かび上がる2つの影。

 片方は証人のリヴァイアさんです。

 彼女も珍しくドレスを着ています。


 そして、その隣。

 ゆっくり式場へ入ってくるリーヴァさん。

 私は彼女の変身を一から見ていました。

 普段の格好から、新婦の姿になるまで。

 その過程で綺麗になる事も驚きでした。

 でも……今の驚きはそれ以上です。


 一度見た格好なのに。

 普段見慣れた女の子なのに。

 私と友達の、いつも強気な子なのに。

 まるで……初めて見た綺麗な女の子です。


 式場の中心を歩いていくリーヴァさん。

 そこに、暖かな視線が向けられます。

 今の彼女は……誰よりも綺麗です。

 そして舞台の前に立ち、目を丸くしたサレイさんと向かい合わせになるように立ちました。

 左右に並ぶ2人。

 そこには既に幸せが溢れています。


「リーヴァ…………?」

「やっぱ驚いた?」

「ああ、綺麗すぎて、つい……」

「何言ってんのバーカ」

「あ、す、すまん!」


 ……段取りでは話しちゃダメなのですが。

 でもこういう軽さもお二人らしいです。

 リーヴァさんの顔も仄かに赤くなります。

 サレイさんはその比ではないですが。

 彼の顔はりんごのように真っ赤っかです。

 それでもお二人は幸せそうでした。


 指輪交換などが静かに進みます。

 でも、私には気になることがあります。

 そう——誓いの口づけ、つまりキス。

 ……他人のキスを見るなんて初めてです。

 自分もやったことがないのに。

 これから起こるアレを、私はどのように見守れば良いのでしょうか?


 意識したら、私も恥ずかしくなります。

 これではお2人の幸せを祝えません。

 不純です。あまりに不純すぎます。

 ここは一度、お話ししましょう。

 空気を崩さぬよう、小声で語りかけます。


 私の隣にいる、結婚に一番近い(・・・・・・・)人に。






「マキナさんもいつかするのです?」

「何の話でしょう?」

「決まってるじゃないですかっ」


 尋ねると、少し意地悪にはぐらかします。

 でも今やこれは公然の秘密。

 今更隠す事なんてできません。

 お陰でリッカさんが"泣いた"のですから。

 まだ確定もしていないのに。


 でも、現に最近のお二人は仲が良いです。


「で、いつやるんですか?」

「どうでしょうね……フフッ」


 それはとっても幸せなニュースです。

 私も相棒として二人を応援したいです。

 ……まだ、周囲に明かされていませんが。


 世界も今日は平和です。


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