怒涛、そして——!!
蘇生するブライから全壊剣を引き抜く。
リーヴァに託された三振りの刃。
彼女はこれが攻略の糸口だと言っていた。
俺にはまだ、その理由がわからない。
それでも……。
「マキナ、これはお前に託す」
「えぇ!? ボク剣は一度も!!」
「さっきのハンマーみたいに使えばいい」
戦わないことには始まらない。
3つの全壊剣のうち1つをマキナに渡す。
アスカロン……ブライが使っていた剣。
龍妃を葬った大剣だ。
決してこれを選んで渡したわけではない。
全ての全壊剣に俺は因縁がある。
多くの仲間達を傷つけたアスカロン。
俺が初めて触れたレーヴァテイン。
そして、リーヴァのムラサメ。
どれも危険な力を持つ武器に変わりない。
だから信頼が置けるのかもしれない。
結んできた因果に剣が応えている。
かつてのように、剣が重いと思わない。
まるで体の一部のようだ。
「この剣……とっても軽い…………」
マキナがアスカロンを持ち呟く。
重さの変化は俺の錯覚ではないようだ。
彼女が何故軽く感じるかはわからないが。
恐らく、剣が「応えている」のだろう。
自らを振るうのに相応しい相手だと。
ブライを倒すのに、相応しい人物だと。
『……来るよ、準備して!!』
リッカが警鐘を鳴らす。
暗黒竜の鱗がピリピリと逆立つ。
もう何度目なのかわからない復活だ。
しかし、それももうすぐ終わる。
『アアァァァァ……アアアアアアアア!!』
「……来い、ブライ」
『アァリクウウウゥゥゥゥウ!!!!』
絶叫するブライと俺が衝突する。
彼に反して、俺はやけに冷静だった。
……いや、違うな。
燃え滾りきって逆にクリアになっていた。
衝撃で要塞の土壁が脆く崩れていく。
この壁もそこそこの強度はあるはずだ。
なのにまるで、砂糖が崩れるような脆さ。
俺達は、俺達の強さを見誤っていた。
やはり俺達は強くなりすぎていた。
それでも俺達は力を抑えられない。
手加減すれば、待つのは敗北だけだ。
『何という一撃だ……アリク!!』
あまりの圧に龍皇が声を上げる。
彼ならこの程度の圧は経験済みのはず。
慌てる事も無いだろう。
なのに呼びかける理由は……。
……そうか、心配なのか。
やはりラナの父親だ。
距離が近くなったと思ったらこの優しさ。
とても有り難い。安心できる信頼だ。
でも、そこまで慌てる必要はない。
「——今だ、マキナ!」
『!?!!?』
「はぁぁああああっ!!」
俺達も策を立てて戦っている。
慌てて背後に振り返ったブライ。
しかし、遅すぎる。
その時には既に、アスカロンはブライの肩へ深々と突き刺さっていた。
すかさず俺は反転召喚陣を起動する。
しかし、行動はブライの方が早い。
俺が術を起動する前に動き出していた。
大きく翼を広げ、ブライは羽ばたく。
室内だがそんな事はお構いなし。
マキナをぶら下げたまま彼は飛び立つ。
天井に大きな穴が作られていく。
当然、見逃すことはしない。
龍皇の翼を広げ、俺も飛び立った。
「くっ……!」
苦しそうなマキナの声が聞こえる。
連続で壁に体を叩きつけているのだ。
防護壁を張っても、衝撃を殺しきれない。
しかし俺もこれ以上距離を詰められない。
ただひたすら上へ飛び続ける俺達。
ブライの飛翔はあまりに乱雑なものだ。
だが決してむやみな飛行ではない。
確実に目的地のある飛び方だ。
そして一際強靭な床を突き砕く。
この上は、恐らく……。
「あら、やっと来たのね」
『ぐ、が、ぐああぁぁぁっ!!』
「……可哀想に」
『があぁぁああああああああ!!!』
部屋に入ると、ブライは侵攻を止めた。
そこに呼びかけられる落ち着いた声。
地上が広く遠く見渡せる要塞頂上。
全ての作戦の臨時司令室。
つまり、声の主はシーシャだった。
やはりブライの行動は無意味ではない。
マキナの一番大切な存在を知っている。
彼女を傷つければマキナは止まる。
それを知っての行動だったのだ。
シーシャに爪を向けるブライ。
しかし彼女は一切たじろがない。
彼が攻撃を仕掛けても、変わらなかった。
「おおっと、そこまでだよ」
『メイ、サ……!!!』
「……やっぱりキミもその名で呼ぶか」
ブライの爪は届かない。
同じ場所にいながら、堅い砦の中にいる。
メリッサという名の生きる砦。
彼女により、ブライの動きは止まった。
「今だよエル君!」
メリッサが俺に呼びかける。
その視線は俺の全壊剣に向いていた。
彼女も反転召喚陣の秘密を知っている。
恐らくリーヴァに教わったのだろう。
しかし、俺にはそれがわからない。
全壊剣で一体何をすればいい?
単純に攻撃すればいいのか?
それとも儀式的な行為か?
慌ただしい思考が、俺の手を止める。
『があああぁァァァァアアアア!!!』
「早くっ!!」
力で押されていくメリッサ。
恐らく失敗は許されない。
ここで成功を引き当てなければ。
俺は、どうすれば……。
全壊剣を持ち立ち尽くしていた。
その時だった。
『しっかたねーなぁっ!!』
『借りますよ、アリク様っ!!』
背後から金銀姉妹の声が響く。
俺はその声に、さらに頭を迷わせた。
彼女達は既に召喚を解除されたはずだ。
ウシオニが消えているのでそれがわかる。
何でコイツらがここにいるんだ。
そんな俺への回答は後回し。
彼女達も"答え"を知っていたのだ。
姉妹揃って全壊剣をひったくる。
そして彼女達は、ブライの脇腹にめがけて全壊剣を突き刺した。
その姿はかなり傷だらけである。
召喚解除したのにここにいるのだ。
当然の状態である。
『新しいご主人は人使いが荒いっての!』
「あら、その割には応えてくれるのね」
『まあ契約しちゃった恩義ですし!』
言いつつ姉妹はシーシャに目を向ける。
ああ、そういう事か。
確かにシーシャには召喚術の才能がある。
彼女達なら容易く従えられる程度には。
「さあ……封印なさい」
……言われなくてもわかっている。
思わず笑みが溢れそうになる力強い声。
その声に内心返答しつつ、術を起動する。
「『反転召喚陣——ブライ!!』」
全ての全壊剣に貫かれたブライの肉体。
そこに赤白い光を放つ召喚陣が浮かんだ。
これまでに無い光景が広がっていく。
融合解除の方法を知った時と同じだ。
道の力に踏み入っていく感覚。
胸にはめ込まれた石が熱を放つ。
俺は無意識に、成功を確信した。
直後、召喚陣から赤い稲妻がほとばしる。
『ギャァアアアアアアアッッッ!!!』
『効いてる……でも何で!?』
今度は効果がある事に驚くリッカ。
しかし、この光景が全てを表している。
やっと全壊剣が必要な理由を把握した。
全壊剣はどんなものでも破壊する剣。
それは暗黒龍の鱗だけではない。
治癒や蘇生すら僅かに遅延させていた。
これがヒントだったのだ。
全壊剣は、様々な力を遮断するのだ。
ブライは力ずくで封印を弾いた。
しかし全壊剣はその力ずくすら封じる。
たった一瞬ではあるが。
それでも確かに、最重要の攻略法だった。
……しかし、だ。
全壊剣は蘇生や治癒を確かに阻害する。
それでも結局、回復するのだ。
「メリッサ! シーシャを頼む!!」
「ああ!!」
これが何を意味するのか。
俺達は全員それを把握していた。
メリッサがシーシャの前に出る。
この場で一番危険なのは彼女の存在だ。
阻害はできても阻止はできない。
それが俺達のたどり着いた答えだった。
つまり、ブライの力を封じきれない。
彼の力づくは通用してしまう。
その予感は、やはり的中した。
『ガアァァァァァァァ!!——』
人のものではない咆哮が響き渡る。
ここは自分を優勢にする場所ではない。
それを把握したブライが、暴走したのだ。
全壊剣ごと金銀姉妹を弾き飛ばす。
とっさに姉妹は俺へ剣を投げつけてきた。
それをキャッチし、ブライを見る。
彼は……既に俺の眼前にいた。
相変わらずマキナをぶら下げたまま。
——ガアアァァァァアアァァァァ!——
姿が一瞬、あの時の獣に変化する。
俺はそれに対処などできない。
ブライはそのまま、俺を掴んで要塞の壁を勢いよく突き抜けた。
地面へと一気に急降下していく。
その過程でマキナは剣ごと飛ばされた。
直後、地面に叩きつけられるブライ。
そして彼も、勢いよく地面を転がった。
離れた場所でマキナが立ち上がる。
それに遅れ、俺とブライも立った。
『ハァ……! ハァ…………!!』
息を荒げてこちらを睨むブライ。
彼の力は著しく低下している。
それでも俺達が有利という訳ではない。
彼の姿は、獣に限りなく近い。
完全に封印するには、もう一度同じ行動をしなければいけないらしい。
それがいかに困難な事なのか。
『用はよォ……その剣に触ンなきゃ良いんだろォ!?』
「マキナ、その剣を奪われるなよ」
「承知の上です……!!」
彼も俺も、当然気づいている。
弱体化しても今の彼は怪物に近い。
地下の時より遥かに弱くなっているが。
それでも理性を保つバケモノだ。
そんな彼に、同じ手順を仕掛ける。
俺1人では、絶対に不可能だ。
だがもうそんな事を繰り返す意味もない。
どんな困難も、散々乗り越えてきた。
「——その剣、貸して」
「……アビス」
「ん——早、く——」
泥だらけでも勇ましい、少女達の姿。
しかしその身体には傷ひとつ無い。
アビスの服装は、リヴァイアサンが着ている鎧へと変化していた。
再び融合したのだろう。
無理をしたリヴァイアサンの代わりか。
だが、彼女の言葉は確かに彼女の意思だ。
その言葉を、俺は断る必要もない。
彼女には因縁のムラサメを手渡した。
そして、もう1人。
「ごめんなさい、少し寝てました」
「いや……よく起きてくれた」
並び立つ相棒に感謝の言葉をかける。
やはり、彼女がいるだけで勇気が湧く。
滾る思いが表へと溢れ出す。
俺は、鬨の声を上げた。
「速攻で決着をつける!!」
同時に召喚陣を展開する。
俺のできる、とっておきの召喚術。
最強にして最も単純な最終兵器。
「『開け、総ての召喚陣』!!!」





