託された力!
龍皇の背を飛び降り、ラナ達を追う。
ブライと共に勢いよく墜ちていく彼女達。
落下地点は恐らく要塞のすぐそばだ。
リヴァイアサンの触手で予測ができる。
この状況はあまり良いものと言えない。
要塞には多くの人が収容されている。
シーシャは勿論、怪我を負った人々もだ。
シズマやリーヴァもあそこにいるはず。
そして、ブライの目的は逃走だ。
「あの場にいる全員が人質に……!!」
小さくリヴァイアサンが呟く。
その懸念は、俺も抱いていたものだ。
数多の怪我人はそのまま人質へと変わる。
まっすぐ逃げられないなら人質しかない。
ブライはそう考えてもおかしくない。
だからこそ、この落下場所は危険だ。
リヴァイアサンが触手で軌道を変える。
しかし要塞への落下は避けられない。
こうなったら俺達が動くしかない。
ラナ達より先に要塞へ向かう。
だが、そんな手段はない。
それを知りながら俺達は空を駆ける。
サキュバスの飛行速度は高くない。
それでも、リッカは違った。
『アリク! リヴァイアサンに触って!』
「構わないが、理由は!?」
『いいから早く!!』
理由を説明する暇はない。
リッカの言葉にはそんな真意が見える。
理由はわからないがやるしかない。
何より断る必要など元より無い。
言われた通りリヴァイアサンを触る。
彼女はラナ達の勢いを利用し飛んでいた。
俺達よりやや前を飛んでいたが、なんとかリッカの言う通り触れることができた。
しかしその直後、俺は驚愕した。
視界が瞬く間に一変する。
空中にいたはずの俺達は立っていた。
何故か、要塞の城壁の上に。
『空間転移。覚えるの大変だったんだから』
一仕事終えたようにリッカが漏らす。
相変わらず、どんな術も使えるな彼女は。
しかも俺の体で普通の魔術を使うとは。
おかげで塞がっていた道があっさり開く。
ただ、別に説明はできたのではないか?
まあそんな事を聞いている暇などない。
今は目の前に迫る払いの対処だ。
転移のせいで触手の拘束はきえている。
だから俺は、今一度頼んだ。
「もう少し頑張れるか?」
「フンッ……当然だ!」
笑顔でリヴァイアサンは親指を立てる。
その肉体は僅かにぼやけている。
彼女は肉体のない特殊な存在。
無理をすれば、そのまま消滅もあり得る。
なのに彼女は今を楽しんでいるようだ。
そんな彼女にありったけの魔力を送る。
これで肉体の補強はできるはず。
補強された肉体で再び触手を伸ばす。
そしてラナ達ごと、ブライを捕らえた。
手繰り寄せるように彼の軌道を変える。
もう要塞突入を止めることはできない。
ならば、俺達の方向に向かわせる。
正面から超高速で迫るブライ。
俺は手を構え、詠唱した。
「『反転召喚陣——』」
『そうは行くかよおぉぉォォオオ!!!!』
しかしブライは奇策に出た。
触手をとラナ達に捕らえられた肉体。
もはや勢いを殺すことはできない。
だから彼は、逆に加速したのだ。
俺も彼の行動には度肝を抜いてしまった。
だがその判断は間違っていない。
まだ俺の詠唱は言い終わる前だった。
しかも彼の動きは墜落の勢いによるもの。
反転召喚ではこの動きを封じられない。
その加速はラナ達や触手を振り払う。
彼の動きに持っていかれ、空中へと放り出されていくラナ達とリヴァイアサン。
間違いない……俺ごと突入するつもりだ。
そう思った頃にはもう遅い。
俺とブライは、要塞内に突入していた。
「な、何だーーうわぁぁああっ!!」
何も知らない戦士が驚きの声を上げる。
俺の背中で土壁が次々に破壊されていく。
人間にぶつかるような感覚は無い。
それでも被害は甚大なものだとわかる。
彼の突入を許してしまったのだから。
幾つの壁を破壊しただろうか。
何度か死と蘇生を体感し、静止する。
要塞内の広い一室で意識を取り戻した。
周囲には壁まで逃げた怪我人達。
そして、人質を取ろうとするブライ。
逃げ遅れた1人を捕まえようとしていた。
それを見た瞬間、俺の意識は覚醒する。
「させるかっ!!!」
俺は咄嗟に空間移動を使っていた。
どうやって使用したかはわからない。
無意識に、ブライと人質の間へ割り込む。
そして彼の腕を掴んでいた。
『甦れねェくらいバラしてやるよォ!』
「やってみろ……! 先に封印する!」
そのまま俺達は力比べになだれ込む。
互いの手を組み、力任せに押し伏せる。
全力のパワー勝負に奥歯が軋む。
勢いよく頭突きした額から血も流れ出す。
当然、この手の勝負はブライの優位だ。
今の俺はリッカと融合しているだけ。
お世辞にも筋力があると言えない。
それでも俺達は根性で耐えた。
ブライの背後から迫る、膨大な魔力を放つ何者かの支援を得るために。
「燃え尽きろ!!」
『何ーーギャァアァアアアッ!!』
突如としてブライの背中が発火する。
それだけで、支援者が誰か把握できた。
壁の穴を跨いで俺達を睨みつける男。
龍皇が怒りの表情を浮かべていた。
恐らくラナを弾き飛ばした怒りだろう。
更にそれだけでは終わらない。
炎に悶えるブライを土が覆っていく。
遅れて部屋に突入してくるマキナ。
土の正体は破壊された要塞の壁だった。
「アリさん、今です!!」
泥に覆われ、ブライの動きが鈍った。
今しかない。俺は反転召喚陣を展開する。
リッカの補強がついた本物の封印術。
これなら、封印もできるはず。
これで終わりだ。
そう心で呟き、展開した陣で彼を触れる。
……しかし、封印は発動しない。
『ガ——ガァァアアアアア!!』
『ウソ!? 何で!!?』
突如咆哮を上げ拘束を破壊するブライ。
同時に反転召喚陣も弾かれた。
一体何が起きた?
何故ブライは封印されていない?
まだ何か足りないのか?
脳裏で言葉が反芻を続ける。
俺はその状況に混乱していた。
自分自身が危険域にいることも忘れて。
眼前に迫る彼のカウンター。
鋭い手刀が俺の首を刎ねようと迫る。
この状況で殺されるのはまずい。
そのまま逃走を図られかねないのだ。
しかし、無情にもブライの手刀は迫る。
俺は何もできず、仲間達の行動に祈った。
……が、その祈りは意外な形で届く。
『がァッ!?』
ブライが奇声を上げて動きを止める。
その胸からは、刃が突き抜けていた。
見覚えのある灰色の刀身。
その持ち主が、破壊された数枚の壁の向こうからシズマに抱えられ叫んでいた。
「うまくいった!?」
「一応刺さってはいるけど」
「それならまあいっか……サレイ!!」
シズマと会話し、現状を聞くリーヴァ。
その片目は白い包帯が巻かれている。
どうやら視力が定まらないらしい。
彼女を支えるのはシズマとサレイだった。
そのサレイが、剣を構えて一瞬でこの部屋まで距離を詰めてきた。
胸を貫かれたブライに彼は斬りかかる。
まるでこれまでの鬱憤を晴らすように。
その剣もまた、全壊剣。
ブライが最初に持っていたものだ。
その一撃で、ブライは真っ二つになった。
「みんな! 私の声は聞こえているかしら!」
直後、要塞中にシーシャの声が響き渡る。
「作戦は最終段階に入ったわ。これより主犯格、ブライ・シンの討伐ーー封印を開始する!」
「お嬢様……!」
「全権、全責任は私が取るわ!!」
「相変わらず、勇敢な小娘よ」
それは全戦士に対する呼びかけだった。
長い長い決戦の最終局面。
全ての終わりを悟った彼女の声援。
彼女にできる最大の支援だ。
怪我人を最も安全な場所に避難させる。
おかげで俺達も全力で戦えそうだ。
サレイ達の作ってくれた僅かな時間。
その時間で可能な限り行動を取る。
俺もまた、どうして反転召喚に失敗したか思考を重ねていた。
その時、リーヴァが俺に叫んだ。
「アリク! 全壊剣は貸したげる!」
「いいのか? これはお前の……」
「絶対に必要になるからーーぐぅっ!」
傷口を抑えながら声を枯らす彼女。
まるで受け渡しが本命と言いたいように。
この剣が全てを解決する鍵かのように。
……いや、その通りなのだろう。
彼女は一度封印術を利用したのだ。
経験からくる俺達の失敗へのアドバイス。
それを断片的に俺達へ提示したのだ。
ブライに気づかれないように。
「先輩、俺はリーヴァとシズマを守る」
「……ああ、任せた」
そう言って、サレイは俺の横を過ぎ去る。
相変わらず熱い言葉を吐く男だ。
俺を信頼して恋人の命を優先するか。
……まったく無茶をさせてくれる。
お前が前線にいたら心強いのだがな。
まあそんな泣き言も言っている暇はない。
託されたなら、全うするだけだ。
「……龍皇」
「どうした?」
「力を貸してくれ!」
「フン……良かろう」
ならば俺は、お前達を守ってやる。
お前が恋人を守るなら。
龍皇と融合し、俺はもういない彼に呟く。
「その無茶、引き受けた」





