ファイナルラウンド!!
反転召喚陣。
太古の昔に使われていた召喚術の応用だ。
召喚陣が分かればどんな対象も封印可能。
かつては確かに使われていただろう。
だが現在においては誰も違う者がいない。
その評価は"効率の悪い封印法"止まり。
かくいう俺も、そう思っていた。
「逃げろマキナ!」
俺の指示を飲み込み、マキナが飛び退く。
眼前にはブライが静止したままだ。
しかし完全に動きが止まった訳では無い。
目や口は動き、体も微かに痙攣している。
その瞳はまっすぐ俺を睨みつけていた。
俺自身この術を使うと思わなかった。
しかし、全ての状況が整っていた。
まるでこの術を使えと言わんばかりに。
不死を攻略するにはこれしか無い。
それはリヴァイアサンが物語っている。
リーヴァも俺と同じだったのだろう。
使って初めて、それを理解した。
魔力と召喚陣があれば対象を選ばない。
いくら強大であろうと封印できる。
型落ちだと思っていた術の有用性。
おそらく無人島から続いた事件がなければ、この機転にはたどり着かなかった。
『こンの野郎ォォオオオオオオ!!!』
「ぐっ……!?」
しかしやはり付け焼き刃。
俺にも完璧には使いこなせない。
ブライは力づくで俺の封印を破る。
そもそもこれは召喚陣を使った封印術。
召喚術とは似て非なるものだ。
元来俺は召喚術以外はからきし。
この術もまた、その不器用さにやられた。
『ハァ——ハァ——!!!』
たった一瞬で息を切らすブライ。
どうやら相当効果があったらしい。
目つきもかなり変わっている。
彼の中の脅威度が相当変動したようだ。
『チッ……選ンでる余裕は無ェ!』
焦りを隠さずブライが叫ぶ。
遂に口から余裕の無さが現れた。
当然あの笑みはもう無い。
背中から生やした腕が翼に変わっていく。
視線は俺たちには向いていない。
その先にあるのは天井に空いた穴。
彼は翼を羽ばたかせ、一直線に飛翔した。
直後、白亜の空間が轟音を響かせる。
足元や地面が大きくひび割れを起こす。
ここを犠牲にして逃げるつもりのようだ。
逃走と迎撃が同時にできる。
だが、彼の思惑通りにはさせない。
『小娘! ラナ達を我が背中に乗せろ!』
「はいっ!」
元の姿に戻った龍皇が叫ぶ。
もうブライは天井の穴へと姿を消した。
じきに天井も崩れて生き埋めになる。
それを避ける為、俺達は龍皇へ飛び乗る。
——グオオオオオォォォォォォォ!!——
咆哮とともに飛び立つ龍皇。
その速度はラナをゆうに超えている。
もう少しでアビスに匹敵しそうだ。
直後、ブライが龍皇の頭に衝突する。
高所から墜落したような音が響く。
逃走に必死で下を見ていなかったようだ。
だが彼はすぐに蘇生し、回復する。
恐らく再び飛び立つつもりだ。
そうはさせない。
俺は飛び込むように彼へ掴みかかった。
「逃がすと思うか……今更!」
『ぐ、がッ!!?』
「お前にもう、退路なんか無い!!」
締め上げられて苦い声を漏らすブライ。
この距離なら逃走もできないはずだ。
反撃の手もかなり薄くなっている。
もう一度、封印を試みるしかない。
全てが反転した召喚陣を展開する。
魔力の媒体は埋め込んだ白濁の宝石。
あとは俺の制御次第になる。
『俺に説教すンなやァ!!』
その弱点をブライも気づいている。
ならば彼は抵抗するしか無い。
俺に対してなら最も有効的な行動だ。
俺は確かにブライの体を拘束している。
しかしそのぶん、俺達の距離は近い。
リヴァイアサンの触手などではないのだ。
これでは自ら身を晒しているのと同じ。
ブライがそこに気づかない訳がない。
彼の腕を黒々とした獣毛が覆っていく。
それは散々見た光景だった。
しかし俺は反応が遅れた。
その直後、鳩尾に激痛が走る。
彼の得意の貫手を再び食らってしまった。
すぐに意識は途切れ、腕が離れる。
「アリさん!!!」
「……大丈夫だ」
しかし途切れた意識はすぐに戻った。
反撃は許しても逃走は許さない。
傷が治る前に、ブライに攻撃を仕掛ける。
だがその一部始終をを見ているのは、マキナだけではなかった。
「アリク様……?」
背後からの声に、一瞬だけ手が止まる。
少し不思議そうな、怯えたような声。
俺の変化を始めて目の当たりにした少女。
姿も表情も、振り向かずともわかった。
「下がっていてくれ!」
「でも!」
「これは俺達の戦いなんだ!!」
故に俺は彼女を制止し、攻撃を再開する。
この戦いに彼女達を巻き込みたくない。
死の塞がった者同士の戦いに。
そんな感情が芽生えつつあった。
俺はもう人間ではない。
恐らく死すらも超越してしまった。
確かに俺は魔王とは違うかもしれない。
しかしリーヴァの予感は的中寸前だ。
俺はもう、ブライと同じバケモノに近い。
だから俺は拳を交える。
絶対に相容れない正反対の存在として。
偶然にも同じ道を辿った同質の者として。
『地上に出るぞ!!』
徐々に頭上が暗くなっていく。
足元の光ももうだいぶ鈍い。
地上はもう夜になっていた。
それでも人々の戦う声が止む事はない。
勢を殺す事なく地上に飛び出した俺達。
すぐに目に飛び込んだのは、軍勢だ。
アンデッドと人間の決戦。
味方の数は……なぜか増えていた。
ゴーレムだけではなく、人間も。
『今しか無ェ——!!』
「待て、ブライ!!」
そのよそ見が、俺に隙を生む。
阿呆のように呼びかけても遅い。
彼は空を切り、天高く昇ろうとしていた。
自らの軟弱さに嫌気が刺すのは何度目だ。
命を超越しても俺はこの程度なのか。
膨れ上がる自分自身への怒り。
その思考すら情けなく思えてしまう。
それでも俺は必死に手を伸ばす。
情けなくても、やらなければいけない。
ただその一心で手を伸ばし続けた。
俺には届かないと知りながら。
無力さに目を瞑りながら。
しかしその時だった。
俺の真横を、二つの影が飛んでいく。
片方は綺麗な星型をした大きな影。
もう片方は大きな黒い翼を生やした少女。
『何ィッ!!?』
俺の手では届かない領域。
しかしそんな場所にも、彼女達なら届く。
「いかせ——な、い————!!」
「私達が、絶対に!!」
ブライを捕らえたラナとアビス。
アビスは人間態に戻りブライの背に乗る。
ラナは足に捕まり飛行自体を乱した。
少しずつブライの高度が落ちていく。
彼が抵抗に必死になっているのが見える。
おかげで飛行に頭が回らないのだろう。
彼はラナ達を落とすため、乱雑に暴れる。
対するラナ達も意地になって離れない。
「まさかあの力を使うとはな」
次に俺の隣から声がした。
その声の主は、リヴァイアサン。
なんで彼女がここにいる?
彼女はアビスがいないと肉体を保てない。
下手を打てば消えてしまうのに、何故?
「なーに、ちょっとした無茶だ!!」
そう言って彼女は大量の触手を伸ばす。
標的はブライにラナ、そしてアビス。
速度の下がった彼等を捕まえたのだ。
しかしまだ勢いは死んでいない。
それに負けじと、リヴァイアサンは脆くなった体を魔力で補強し、必死に触手を引く。
……結局彼女達任せか。
咄嗟とはいえあんな決意も固めたのに。
やっぱり強いのは俺ではない。
肉体も、意思も、勇敢さも。
全て彼女達が強いだけなのだ。
『でもさっきの言葉は寂しかったかな』
その言葉は俺の内側から聞こえてきた。
よく見るといつの間にか胸がある。
そして、股間が少し軽い。
それに驚かない程度に俺は慣れていた。
少しいじけたようなリッカの言葉。
それはまるで、かつての彼女のようだ。
……そして今の俺のようでもある。
『さてどうするか、我が契約者よ』
「お力なら貸しますけど?」
力を借りたくなかった。
それでも結局借りてしまった俺。
力を貸したかった。
しかしそれを却下されてしまったラナ達。
俺はどうやら意地になっていたようだ。
不死になったところで結局は変わらない。
俺はまだまだ、本当に弱いままだ。
決心一つ貫き通さない程に。
宿敵1人見逃しかけてしまうほどに。
俺1人でどこまでいけるのか。
そんな事、後でいくらでも確かめられる。
絶対に今やるようなことではない。
俺はそんな当たり前すら、見失っていた。
心の荷が降り、俺は頷いた。
『全く、それでいいんだよアリク』
少し呆れ気味なリッカの声。
自らの弱さをよく知る彼女の声。
それを聞いて、少し強くなれた気がした。
今ならブライに勝てる。
そう思えるくらいには。
さあ、ここからが本当の最終決戦だ。





