命なき死闘
俺の首が力強く締め上げられる。
苦痛や閉塞感は無い。体の変化が原因か。
はっきりとブライの様子が見える。
俺が両断した傷はもうない。
結晶もその肉体の中に閉じられていた。
完全な不死……彼は確かにそう言った。
弱点である結晶の存在を知っていたのだ。
そして、何らかの方法で克服した。
瓦解したブライの攻略計画。
元より計画は、あの記憶が頼りだった。
結晶を砕く以外の攻略法を知らない。
それでも俺は、ブライを睨んだ。
『残念だったなァ……これが現実だ』
対するブライは圧倒的優位の悦に入る。
散々見た笑顔も、その意味がよくわかる。
その奥にある野心を、殺意を。
彼はその表情の裏に激情を隠していた。
しかし俺は、彼に反抗する。
確かに眼前の希望は水泡に帰した。
それでも俺には立ち向かう義務がある。
ただその一心で、俺は全壊剣を振るった。
無駄だとわかっても、彼の腕を切断する。
『ギ、クソがッ!!』
「…………」
『痛みはあるッつッてンだろォ!?』
「……知っている!!!」
ブライから解放され、首にまとわりついたままの腕を掴んで投げ捨てる。
やはり出血はなく、骨肉も見当たらない。
それでもブライは傷口を抑えた。
今の彼は油断だらけだ。
僅かに距離を取って助走をつける。
俺に優位な距離。俺の有利を作り出す。
確かに攻略法はないかもしれない。
だが、ここで膝を折る訳にはいかない。
俺が負ければ次の犠牲はラナ達だ。
その次はマキナやシーシャ、サレイ達。
龍妃の見た未来に辿り着いてしまう。
今は彼と戦い続けるしか道はない。
時間稼ぎ。無駄な足掻きかもしれない。
もしそうなってしまった時は運の尽きだ。
新たな攻略法を見つけるために、戦う。
『……滑稽だなァ、テメェ』
そんな俺を見て、ブライは嗤った。
『呑気に俺を殺してンのも良いけどよォ』
「何のことだ……!?」
『テメェ、何も気づかねーのかァ?』
それは彼の不死によるものではない。
俺の愚かさを指しているようだ。
何も気づかない。ブライばかり見ている。
強烈な違和感に一度攻撃を止めた。
周囲の様子を確認する。
真っ白な壁が広がる巨大空間。
足元に倒れる気を失ったラナ達。
辺りを確認する俺を、傍観するブライ。
そして、俺。
……アンデッドがいない。
あれだけいたアンデッドが一体もいない。
白い空間がただ広がっているだけだ。
『制圧魔術は燃費が悪いからなァ』
「まさか……!!」
少ない説明で想像がついた。
ブライは地上に制圧魔術を展開していた。
あれもまた、魔王の生んだ技術である。
不死や融合と同じ、欠陥のある技術。
奴はそのうちの不死の改良に成功した。
あり得るのだ。
不死を改造できる程の技術があるなら。
アンデッドに絞ったのも理に適っている。
召喚ではなく、生産しているのだ。
『これでわかっただろォ……? テメェはもう、俺に勝てねェ!!』
ブライが拳を振るう。
それを全壊剣で食い止める。
あの数のアンデッドが地上に送られた。
しかも一体一体がかなり厄介な敵だ。
S級とまではいかないが、A級はある。
地上の人々は、かなり疲弊しているはず。
果たしてアレと戦う気力はあるのか?
心配が剣に迷いを生んでいく。
攻撃への対応が少しずつ雑になる。
防戦一方ではどうにもならない。
なのに、思考が働いてくれなかった。
『テメェも楽にしてやる……』
思考の乱れが油断を生んだ。
剣戟をよけきって懐に潜り込んだブライ。
その貫手が、俺の腹を貫いた。
『あばよ、目障りなゴミが』
これまでに様々な痛みを感じてきた。
今回の痛みも特別なものではない。
ただ、それが死に繋がると確信はあった。
体の中を掻き回されるような感覚。
喉元まで込み上げる嘔吐感。
微かに滲み、ぼやけていく視界。
激痛は少しずつ痺れへと変わってゆく。
これが、死の感覚なのか。
まさかブライに殺されるとは。
後悔が頭の中で激しく渦を巻く。
俺に世界は救えなかったのか。
龍妃の語る、避けるべき未来が来るのか。
諦めきれぬまま意識はブツリと途絶えた。
……だが、しかし。
『————!!?』
「はぁ……が、ぐっ……っ!」
『テメェ……どういう事だァ!!!』
途絶えた意識が無理やり引き寄せられる。
途端に貫かれたままの腹に痛みが走る。
何が起こっているのかわからない。
だがそれは、ブライも同じだ。
慌てて俺から腕を引き抜いたブライ。
傷口からは、血が出ていない。
……そうか。そういう事か。
「俺にも、わからない」
『ンだとォ!!?』
「だが、なるほどな」
何故こうなったのか理由は不明だ。
白濁の宝石が原因かもしれない。
俺の肉体の進化が起因の可能性もある。
どちらにしろ、現象の説明は簡単だ。
俺は確かに一度死亡した。
その後に謎の力で意識を呼び戻された。
傷口の出血はないが、痛みはある。
そして負った傷が全て修復する。
致死の傷もそれ以外も、全て。
同じ状況の相手が、目の前にいた。
片腕を失い、残った腕で攻撃したブライ。
恐らく彼も殺せば腕が元に戻るはずだ。
冗談にもならないが、これが真実か。
「俺ももう、死ねないらしい」
皮肉な状況に笑うしかない。
その笑みを、俺はブライに向けた。
『ふッざけんなァァアアアアア!!』
当然のようにブライはブチギレた。
彼が相当の準備をかけて得た力。
それを何故か、俺も持っているのだ。
ブライの怒り狂う理由もわかる。
彼のような完全な不死かは不明だが。
優位を失ったブライが必死に攻めてくる。
俺はその攻撃を間一髪で防ぎ続けた。
増えた腕の数はもう数え切れない。
だが、彼の攻撃は乱雑だった。
『死ねよ! 死ね! 早く! 死ね! 死ねッ!』
「ぐっ!! 知るかっ!!!」
『ガ、ハッ!!!?』
先ほどの俺の防御のように。
隙をついて胴を一刀両断する。
結晶を砕く感覚はあったが、意味は無い。
少し下がって彼の回復を待った。
『もォいい……テメェがそうならよォ!』
すぐにブライの傷は治り、蘇生する。
その表情は我を失っていた。
姿は変わらないが、あの怪物に似ている。
ただ乱雑に数を揃えて攻撃してくる。
パワーも攻撃量も申し分ない。
しかしあまりにも野生的すぎる攻撃だ。
これでは回避も防御も簡単すぎる。
俺達は両者共に決め手を失った。
闇雲に互いの無限の命を奪い合うのみ。
それでもブライは僅かに余裕だった。
自暴自棄にも近い余裕だが。
命を棄て、何かの覚悟を決めたようだ。
『どっちにしろ地上はお終いだァ!!』
「————!!」
『テメェが勝っても守るものはもう無ェ! なら、壊れるまで戦ってやるよォ!!!』
そう、彼の優位は不死だけではない。
地上に放たれたアンデッド達も同じだ。
今はこの場に奴らはいない。
しかしあれは無限に生成できる。
ここの機能が止まらない限り、永遠に。
『先にテメェが狂って終わりだァ!!!』
手間のかかる長期計画を達成したブライ。
褒められないが、彼には忍耐力がある。
その武器を彼も熟知していたようだ。
俺の気が狂うまで、永遠に戦い続ける。
恐ろしく単純で、途方も無い策だ。
しかしそれは彼の目から理に適っている。
この場において、彼は俺の攻略法を握った。
だが俺には確実な攻略法がない。
これではやがてラナ達もやられてしまう。
地上の仲間もどうなったかわからない。
俺の不安は、既に揺らいでいた。
「果たして、それはどうでしょうか」
その声を聞くまでは。
頭上から巨大な影が俺達に迫る。
咄嗟に俺は攻撃を止め、ラナ達を抱えてできるだけ遠くへと逃げた。
出遅れたブライが上を見上げる。
その瞬間、黒い塊がブライを押し潰す。
真っ黒な鱗に覆われたその影。
その上に乗る、ボロボロの女性の姿。
彼女はその姿に似合わず、微笑んでいた。
黒い鱗の主も俺を見て笑っている。
「助太刀は必要ですか? アリさん」
『よく耐えた……我が契約者なら当然だが』
正直、俺にはこの状況が飲み込めなかった。
何故彼女達がここにいるのかを。