名前のない獣 〜危険度・測定不能〜
咆哮を上げる黒き怪物。
その叫びで硬い白き大地が割れてゆく。
体が動かなくなるほどの圧を感じる
——ガァッッッッッッ!!!!——
咆哮を止め跳び上がったブライ。
速い、あまりにも速すぎる。
ヒトデ態アビスとさほど変わらない。
危機を察知し身を引くラナ。
しかしブライは既に狙いを定めていた。
すぐさまラナも、翼を広げ飛び立つ。
……だが、その行動すら遅かった。
既に目の前には、奴がいた。
「ぐぅっ!!?」
後方へと吹っ飛ぶ視界。
巨大な岩石に潰されたような痛みが走る。
地面に叩きつけられ捲き上る煙。
軋む身体を堪えて、ラナは立った。
口元から頬を伝う生暖かい液体。
それに手を触れ、彼女は凍りつく。
「血……!?」
『あり得ない! 暗黒龍の防御だぞ!?』
その状況にリヴァイアサンも驚いた。
ラナの防御が、破られた。
全壊剣でしか破壊できなかった守りを。
身体を操っていたのはラナだ。
防御面に本来の姿との差はない。
力任せに破る事などできる訳がない。
『————来る!』
冷静なアビスが危険を察知する。
煙を掻き分けて俺達を探すブライ。
どうやら視力には変化がないようだ。
この煙の中は危険だ。
早く脱出して距離を取らなければ。
しかし、ラナはその判断ができていない。
まだ出血のトラウマには慣れないか。
「落ち着くまで交代だ! ラナ!!」
「ありがとうございます……っ」
ラナと交代でリヴァイアサンが出る。
同時に強烈になるブライの殺気。
奴は、既に目前まで迫っていた。
すぐさまリヴァイアサンは触手を振るう。
だが彼女の目的は攻撃ではない。
地面へと叩きつけられる巨大触手。
その反動で彼女は、空高く跳ね上がった。
合わせてブライも飛び立つ。
それを確認し、無数の触手を伸ばす彼女。
奴はまっすぐ一直線に突っ込んでくる。
だからアビスはその動きを利用した。
「フンッ! 結局動きは単調なままだな!」
——グォォアアアアアア!!!——
「ならば今まで通り、命を頂く!!」
彼女はブライの動きを読んでいる。
その攻撃動作は、単純なままだった。
距離を置いたまま彼に触手を這わせた。
そのまま攻撃を、間一髪で避ける。
俺達の体は触手によって思い切りブライを中心に引っ張られ、円を描くように背後へ回る。
光線でまた一つ命を削る。
アビスの狙いはこれまで通りだった。
さすが先頭慣れしてるだけはある、
光が収束し、破壊光線がブライを撃ち抜く。
しかし。
「何っ!?」
その結果にリヴァイアサンは言葉を失う。
獣毛に覆われた巨大な肉体。
そこには、傷ひとつ付いていない。
黒い毛から煙が上がるだけだ。
しかしブライは報復する。
片手で全ての触手を掴み引きちぎる。
そのまま投げ捨てられたが、着地できた。
だがすぐに奴の追撃が迫る。
巨体の近くは危険領域。
完全に敵の射程距離圏内である。
『なんか打つ手はないの!?』
「戦って探す他ない!!」
自らを叱咤し、彼女は地を蹴り前に出る。
行動に一瞬置いていかれる。
それでもすぐに意図は理解できた。
確かにブライの強さはまだわからない。
でも引いていても情報は集まらない。
何より防御も回避も意味ないのだ。
攻め気で攻防を続けた方が良い。
そんな彼女の選択に、ラナが動いた。
「交代します!」
「大丈夫なのか!?」
「はい! 私の出番ですっ!!」
恐怖を拭い、主導権がラナへ移る。
瞬間、身体中に力がみなぎった。
速さは負けているが、力は互角だ。
それに防御も防ぎきれなかっただけ。
高い耐久は無意味ではなかった。
勘に任せ、攻撃をギリギリで避ける。
なかなか思い切った良い戦法だ。
しかしこの為に表に出たとは思えない。
ラナにも何か意図があるはずだ。
そう思った瞬間、ブライから繰り出される拳をラナは両手で受け止め叫ぶ。
「今です!」
俺とブライの魔力が接続される。
なるほど、これが目的か。
モンスターになったなら情報も奪える。
召喚術師の契約で。
急いで情報を引き出す。
真横には既にもう一つの拳が迫っている。
間一髪、ギリギリの勝負だ。
「————!」
間一髪、俺はアビスへ交代した。
ギリギリまで迫っていた拳。
それを彼女の速度で何とか回避できた。
背後に回り込み呼吸を整える。
ブライは居場所に気づいていない。
俺は記憶を確認する。
奴の情報が、本当に得られたのかと。
「……大丈夫だ、間に合った」
『マジで!? さっすが!!』
『よくやったなマスター!!』
俺の言葉に喜ぶリッカとリヴァイアサン。
だが俺は、素直に喜べなかった。
「……ただな」
それどころか、俺は恐れていた。
彼の全てを示す情報に。
全身の毛はラナの鱗より硬い。
筋力は暗黒龍と同等。
知能は低いが戦闘には十分。
不死性は健在。その他能力は成長中。
速さもアビスと同格だ。
「……ほぼ全てが上を行かれている」
『なら、危険度は!!?』
「…………測定不能」
こんな怪物に定められる危険度は無い。
地上に出せば惨事は免れない。
なら俺達で倒せるのか?
その答えは、認めたくないがわかっていた。
『ならばどうするんだ!』
「………………」
『この状況、どう突破する!』
怪物の背中を見つめる。
そんな俺に問い続けるリヴァイアサン。
最強の仲間達と融合している。
おかげでここまで優位に進められた。
なのに……俺は不甲斐なく劣勢だ。
しかも攻略法は思いつかない。
不死殺しは困難を極めると知っていた。
時間と完璧な戦術が必要だと。
でも、これではそれもご破算だ。
彼の倒し方を思いつく事すらできない。
困難と不可能では、全く別物なのだから。
『ねぇ、アリク』
そんな時、リッカの声が小さく響く。
『アンタ、無茶してアタシ達にすっごい心配させたじゃんか』
「……ああ」
『ならさ、その恩返ししてよ』
自信に満ち満ちる凛とした声。
ラナやリヴァイアサンに触発されたか。
しかし決して違和感はない。
それだけの成長を彼女は重ねている。
俺はそれを散々見せつけられた。
そのリッカが何かを思いついた。
こんなに頼りになることはない。
『アタシの我儘に付き合って!』
「……今更だな」
これまで散々彼女の我儘は聞いてきた。
それを今更、初めて無理押しするように。
呆れて……少しだけ気が楽になった。
ブライがこちらに振り向く。
これまでの手段では倒せない強敵。
運命が運んだ完全なイレギュラーだ。
さあ、お前の思いついた策を教えてくれ。
「お前の我儘なら、何度でも付き合ってやる!」





