三娘五位一体!(後編)
『ぐ、ウォ……!!』
ブライの致命傷が治癒する。
まだ不死の許容は超えられないようだ。
奴の腕は隆起し、禍々しく変形する。
それは例えようのない獣の腕。
漆黒の獣毛に覆われた巨腕と化した。
対して俺は、軽く体を構える。
元々武術の経験は全くないのだ。
小手先でどうこうなる問題ではない。
当然理由はそれだけではない。
「私から行きます!」
俺の肉体から漏れるラナの声。
こちらを見てブライが驚愕している。
自分自身の目からその変化はわからない。
だが奴の瞳は俺の姿を映していた。
長く赤黒い髪を持つその姿は、完全にラナの人間態と一致していた。
だが普段と違う部分もある。
肉体に現れた戦闘態のモンスター的特徴。
その特徴に、他3体の個性も混ざっている。
ツノはリッカ、サキュバスのもの。
鱗や翼、手足はラナの暗黒龍。
背後に伸びる触手や鎧はリヴァイアサン。
腹にはヒトデの模様も浮かんでいる。
正に全員の力が融合した状態だ。
当然、力も凄まじい。
「はあぁっ!!」
『お、重ェッ!?』
「まだまだぁぁっっ!!」
『チッ! 調子乗ッてンじゃ無ェ!!』
威勢良く俺達に張り合おうとするブライ。
しかし、早さも力も追いついていない。
いくら防ごうが上から防御を壊していく。
全て俺の意識の介在しない攻撃だ。
しかし奴もそう甘くは無い。
硬さで防げないなら数で防ぐ。
そう言わんかのように再び腕を増やす。
計3対、6本の腕を使った受け止める防御。
これは確かに効果的な防御法だ。
さて、この状況をどう打開する?
力をそのままに手数を増やす方法は。
考えると共に、自然と何かが切り替わる。
「交代する!」
自分の中から響いたリヴァイアサンの声。
ブライの瞳に映る姿も彼女へ変わる。
白髪の中に紛れた触手を自在に振り回す。
これだけで手数は圧倒的に増えた。
それに加えて元あった触手と己の肉体。
乱雑でもブライを押し込むには十分だ。
だが当のリヴァイアサンは不満足な様子。
どうやら攻撃漏れが気に食わないようだ。
なら、精密性か。
「任せたぞアビス!!」
「ん——りょーかい」
再び交代し、少しだけ視線が上がる。
アビスの方が背が高いのを初めて知った。
細く正確な触手の軌道がブライを貫く。
しかしここでブライは反撃に出た。
全身を貫いた触手を掴んだのだ。
『これでテメェも逃げられね……』
まあこれは予想通りなのだが。
「残念、アタシだよっ!」
『……ハ!?』
「そして俺でもある」
距離を詰めるまでは予想済み。
問題はその後どう優位を取るか、だ。
かと思ったらいつの間にかリッカに切り替わり、無数の触手を全て幻術に置き換えてしまった。
これで優位に立たれる事はない。
そのタイミングで俺に主導権が戻る。
無防備なゼロ距離のブライ。
呆気にとられた彼に反撃の手段はない。
俺は一切動じず、全壊剣を抜いた。
斜めに両断される奴の肉体。
回復と蘇生には時間がかかりそうだ。
今までは蘇生中に距離を取るのが定石。
だが、それでは形成が戻ってしまう。
ここは攻め気で行こう。
『ハァ……ハァ…………!』
「フッ……蘇生したようだが、無様だな」
『クソガぁぁあああ!!!!』
意思がリヴァイアサンに切り替わる。
そしてこの上なくきつい罵倒だ。
ブライにこれは応えるだろう。
自らが優位に立たないのだから。
咆哮を上げながら殴りかかるブライ。
その威力は普通なら一撃で致命傷だろう。
だが今の彼は冷静さに欠けている。
先程俺達が何をしたのか。
もうそれすら忘れてしまったようだ。
「だからどこ見てんのさ」
『!?』
「——もう1つ————貰う」
ブライが殴りかかった俺達は幻像。
そして本物の俺達は彼の真横にいた。
先程囮になったアビスが攻めに出る。
リヴァイアサンのような大雑把さはない。
細い触手を束ね容赦なく串刺しにする。
確実に心臓をえぐる一撃。
そこには容赦など無かった。
冷静な口調と淡々と戦闘をこなす様。
……アビスは意外と好戦的なのか?
「私の触手にこんな使い方があるとは……」
その攻撃にはリヴァイアサンも感嘆する。
確かにこんな使い方は想像だにしない。
巨体と変身の力技がリヴァイアサンだ。
加えて謎の光線も使いこなせる。
新しい発見になるだろう。
『何なんだよォ……!』
一方、ブライは完全に憤慨した。
圧倒的存在になったと思い込んでいた彼。
しかしその前に俺達が立ちはだかった。
本来踏み台であり、用無しの俺達が。
そして悉く彼を寄せ付けないのだ。
少しずつ泥沼へとはまっていくブライ。
平常心を完全に失った彼は、敵ではない。
攻撃を止めるか避けるか。
隙をついて致命傷を与えてゆく。
単調な戦闘で痛みを負い命を浪費する。
その様は、哀れみすら覚えるほどだ。
結果数えきれない蘇生の後。
彼は真っ直ぐ突進してきながら叫んだ。
俺達への恨みを吐き出すかのように。
『何なんだよテメェはァ!!』
「アンタに人生狂わされた召喚術師と!」
「その従者です!!」
攻撃を暗黒龍の鱗が防ぎきる。
ラナも覚悟はできている。
だが命を奪う経験を増やす必要もない。
しかもほぼ接触しているような距離。
剣を使うまでも無かった。
黒い鱗で包まれた俺の腕。
ブライの変化させた腕にそっくりだ。
その掌をゆっくりと握りしめ、ブライの腹にめがけて思いきり振り抜いた。
『ゴバァッッッ!!!!???』
よく聞く生暖かい感覚はない。
袋を何かで貫いたような感触だ。
俺の手はブライの肉体を完全に貫いた。
眼前の光景はアビスの時に近い。
しかし感覚は俺が直接味わっていた。
……何か不吉なものを感じる。
早急にブライから離れなければ。
その直感に任せ、彼から腕を引き抜く。
多量の鮮血がブライから零れ落ちた。
地に転がり、回復しないブライ。
不死の結晶を砕いたか?
いや、その感触は一切なかった。
「回復してないけど!?」
「遂にやったか!」
リッカとリヴァイアサンが歓声をあげる。
確かにこれまでの蘇生は起きていない。
しかし、何かが違う。
俺が過去の記憶で見たものと、何か。
すぐに止まるはずの血がおさまらない。
自動的なはずの不死が発動しない。
この光景こそ死者として普通のはず。
いや、だからこそあり得ない。
正体の掴めない……本能的恐怖。
「いえ、まだです!!」
「——ん!」
ラナが全ての意識の前に出た。
アビスも遅れて警鐘を鳴らす。
それから"現象"が始まるまでは、何秒と時間もかからなかった。
『が、あが、がああぁぁァァァァ!!』
悲声と共にブライの体が隆起する。
その光景は今までの現象と違う。
彼の肉体の中に、何かがいる。
まるでそれが蛹から羽化するかのように、ブライの皮膚の内側から突き上げていた。
「——————来るぞ!!」
直後、ブライは得ない程に膨張する。
皮膚は割けず黒い体毛が覆う。
禍々しいとしか言えないその光景。
"現象"が終わるまで、何もできなかった。
やがてその変化は沈静していった。
ブライの外見を完全に変化させきって。
鈍く輝く銀の瞳。
光を寄せ付けない漆黒の体毛。
3対の巨大な翼。
獣のようなバネのある足。
稲妻のような鋭いツノ。
——ガァァァァァアアアアア!!——
四肢も、容姿も、感情も。
そこにブライの面影は無かった。
いや、ある意味彼らしいのかもしれない。
怪物のような人格が表面に出たのだ。
ヒトというモンスターの成れの果て。
それを識別する種族名は無い。
今は、ブライとしか呼べない。





