三娘五位一体!(前編)
殴られた反動で少し足がよろめく。
しかしそれはブライも同じだ。
『チッ、クソがッ!!』
恨み言を吐き、背後に退くブライ。
全壊剣の抜刀を確認しての行動だろう。
つまり俺達の作戦は成功だ。
問題はここからいかに攻撃を当てるか。
ブライも一筋縄では無い。
既に奴の遠距離魔術は目撃済みだ。
その攻撃を、再び見舞おうとしている。
虚影武装の盾ではとても防げない。
なので俺はラナに意見を求めた。
「防ぎきれるか?」
『炎で盾を作れば、たぶん!』
「わかった! 援護を頼む!」
『はいっ!』
的確な回答に安心感を覚える。
だが油断は無い。直後、魔術は放たれた。
大容量、高圧で放たれる水の一閃。
水の力ではなく、圧による破砕が目的だ。
俺はラナの指示通り炎の盾を作る。
出来の悪い部分はラナが補強してくれた。
まるで手を重ねるかのように。
途端に盾の形は集約する炎の塊。
それは水を一切通さず、全て蒸発させる。
立ち込める真っ白な湯気が視界を隠す。
瞬間、ブライの気配が急接近する。
場所は……左だ。
『今です!』
「はああああぁぁぁっっ!!」
それを先に感じ取ったのはラナだった。
俺はその場所に全壊剣を突き入れる。
確かな感触、剣先はブライの胸を貫いた。
『ヴ、グ、ァッッ!!』
攻撃を先読みして先手を打つ。
彼は即座に形勢逆転を狙ってくるだろうという、確信が生んだ戦法だ。
感覚はラナにも伝わっているだろう。
だが彼女も覚悟は決まっていた。
奴を止めるには、戦いしかないのだと。
それにまだ、たった一度だけだ。
『殺りやがったなァ!!』
『アリク様!』
「ああ!!」
蘇生したブライが襲い掛かる。
即座に俺達は再び身構えた。
今度は距離が近すぎる。
全壊剣より内側に入られたら不利だ。
数歩程度の距離を保ち、攻撃を避ける。
状況は、あまり良いとは言えない。
不死を攻略する困難を理解した。
主導権を握り続ける事は不可能だろう。
死は仕切り直しに近い。
こちらも強気に行かざるを得なくなる。
その為に、俺は再び炎を放った。
『2度は食らわねェ!』
しかし火炎弾はかわされる。
普通は学習できない致命傷への経験。
それも不死者の攻略を困難にしている。
火炎弾を避けたブライに剣を振り下ろす。
それも彼は身を下げて回避した。
合わせて俺も後ろは下がる。
一瞬僅かに距離は開いた。
ただ、その距離も一瞬で詰められる。
剣を振り下ろした状態で迫るブライ。
これでは身を曝けているのと変わらない。
「フッ……だが背中はガラ空きだな!」
『ガァッ!?』
迫る攻撃を覚悟した直後、目の前にいたブライの肉体は上下に両断されて吹き飛んだ。
リヴァイアサンの援護によるものだった。
援護にしては少し激しすぎるが。
おかげで蘇生も早くは行かないようだ。
ブライの断面からは血が滲んでいる。
だが、内臓のようなものは見当たらない。
代わりに真っ黒な渦が詰まっている。
魔王戦で体内を見たのはトドメの直前だ。
その時とはタイミングがまるで違う。
恐らく殺し続けないとこのままだろう。
しかしそれ以上に気になる事があった。
「シズマは大丈夫なのか?」
「先ほど地上へ返した」
「そうだったのか……」
安心した。どおりで前に立てるわけだ。
様子を見るにシズマは魔力が残っていた。
恐らく一人でも帰還できるだろう。
でもしっかり帰還できるだろうか?
いや、他人の心配もしていられない。
帰還したシズマを信じるしかないのだ。
『なら、テメェ等だけ先に殺すだけだァ!』
この場にいるのは俺達のみ。
サレイが戻って来れるかはわからない。
俺達だけでブライを倒すしかない。
俺達とリヴァイアサンが前に出る。
先手を打ったのは俺だった。
強く踏み込み、全壊剣で薙ぎ払う。
しかしこの攻撃は避けられた。
だがこれで終わりではない。
後方のリヴァイアサンが触手を伸ばす。
高速で迫る6本の太い触手。
ブライも避けきれないはず。
俺はそう期待した。が、しかし。
「何っ!?」
『よくも俺を殺してくれたなァ……!!』
触手はブライに到達しなかった。
俺はその姿を見て思い出す。
ブライの持つ、魔王の能力の一つを。
背中から生えた6本の無骨な巨腕。
その一つ一つが、それぞれ触手を掴む。
「きゃあっ!!?」
背後から聞こえる悲鳴に振り向く。
そこではリッカが巨腕に掴まれていた。
地面から大木のように生えた腕によって。
ブライも能力を成長させていた。
俺が賜った能力を改良したように。
『本命はこっちだァ!!』
「い————やぁ——————!!!」
『後悔しろ、俺を敵に回した事をなァ!』
ブライの腕の中でもがくリッカ。
力比べのまま静止したリヴァイアサン。
状況的にはリッカを救うべきだろう。
だが、どうにも気の抜ける理由がある。
俺だからこそわかる理由だ。
今リッカが上げている悲鳴はピンチの時のタイプじゃない。結構余裕があるのに慌ててる時の悲鳴だ。
だからこそ、助けるべきか迷った。
「もう無理いいぃぃぃい!!」
悲鳴の直後、リッカの様子は一変する。
モンスターが召喚解除された時の光。
その光の粒子となって腕から逃げたのだ。
本来ならS級はこの姿にならない。
やはりこれもリッカだからだろうか?
それもわからぬうちに、光の粒が迫る。
俺は潔く彼女を体に受け入れ、融合した。
『じぬがどおもっだぁ!!』
『ご無事でなにより……でも、えっ?』
俺の中でリッカの声が響く。
同じく中にいるラナが困惑しつつ宥める。
初めての2体同時となる融合。
その感覚は、予想より楽なものだった。
魔王のような負担も感じない。
融合前より体が軽いくらいだ。
女性化した身に龍人態の特徴が現れる。
妙な状態の割に、体は楽だ。
そんな俺の姿を見て、ブライを止めていたリヴァイアサンが何かに気づいたようだ。
「マスター! 私達と融合する陣は!」
「あの時のままだ、展開できる」
「ならば準備してくれ!」
策を思いついたらしい。
言われた通りに融合用の魔法陣を展開する。
しかしここからどうするつもりだ?
俺にはそれが全く見えない。
そんな中、リッカが再び気の抜ける事を呟く。
『こんな時に言うことじゃ無いけどさ』
「どうした?」
『アリクの中、前より居心地良くなった?』
……そんな事、俺にわかるわけがない。
「行くぞ、マスター!」
「あ、ああ!!」
リッカの話に気を取られ声が上ずる。
魔法陣に飛び込んでくるリヴァイアサン。
だが、その状況に驚愕した。
彼女の前には、ブライが迫っていた。
このままでは融合と同時に交戦だ。
奴もこの状況に気づいている。
付け込まれればこちらが危険になる。
本当に策はあるのか?
その不安だけが迫り来る。
今はリヴァイアサンを信じよう。
もう俺は、解除することもできない。
俺とアビス、リヴァイアサンが融合する。
『……やはりそうか』
ブライの攻撃は来ない。
『な、にィ!?』
それどころか、奴の体には風穴が空いていた。
当然俺が攻撃できた余裕も無い。
その真相を知るのはアビス達だけらしい。
『……そっか!』
『なら、私達でも!』
しかし、リッカ達も何かに気づく。
それに気づいていないのは俺だけのようだ。
『マスターが力を使いこなせないなら』
『——わたしたち、が!』
彼女達が解き明かした俺の能力。
恐らく人間でなくなった事の一端。
俺にはわからないが、頼もしさはある。
ならば一度、彼女達に体を託すか。
不意な閃きが俺の脳裏に走る。
まるでそれが正解であるかのように。