ラウンド・ワン!!
ブライの手刀が俺の腕を突く。
その強烈な威力に腕が痺れていく。
普通の殴り合いなら十分な威力になる。
それでも、奴の表情は驚きのものだった。
おかげでその心を透かし読める。
「そこまで自信があったのか」
『何ィ……!?』
「俺は今から確かめるんでな」
確かに強靭な力を得たブライ。
前回の戦闘とは段違いの強さだ。
連戦続きだというのに消耗もしていない。
強さに自信があってもおかしくはない。
今の俺には、それを受け止める力がある。
他にどんな力が備わったのか。
わからない。だから試すのだ。
「俺自身の力を」
『チィッ!』
手刀を引いてブライが飛び退く。
それに合わせ、俺は前に出た。
足捌きが軽い。全く負荷を感じない。
無意識下の高速移動も納得だ。
最初から手加減などしない。
虚影召喚の空間から全壊剣を抜く。
奴は魔王の不死性を引き継いでいる。
魔王と勇者の戦いを俺は見た。
全壊剣でも倒しきれない。
だが、ブライが下がったのは好都合だ。
俺には後ろに下がれない理由がある。
俺と交代したシズマの存在だ。
まだ彼女の回復が完了していない。
守らなければ確実に利用される。
「私一人で大丈夫だから」
「でも!」
「リッカはアリクのモンスターでしょ?」
己の価値を知るシズマが語る。
人質に取られても構わない、と。
しかしそれを受け入れる訳にはいかない。
それは自棄でしかない。
彼女はもう、守るべき者の一人だ。
シズマの言葉は当然ブライにも届く。
瞬間、彼の足が前へと出た。
彼女の利用価値を知ったのだろう。
人質にでもするつもりか?
だとしたら、その考えは甘い。
彼女の周囲にはモンスター達がいる。
そして何より。
「よそ見とは舐められたものだ!」
『がハッ!!? て、テメェ……!!』
「どうした? ずいぶん遅いな!」
『クッソがアァァァ!!』
今は俺を倒す事に集中してもらおう。
死角からの蹴りがブライをよろめかす。
攻撃の威力も上がっているようだ。
このまま全壊剣で二撃目を食らわす。
だがその攻撃は見切られていた。
俺もブライを舐めてかかったようだ。
剣ではなく俺の腕が掴まれる。
そのまま彼は、俺の腕を握り潰す。
軋むような痛みと共に力が抜ける。
「な、ぐっっ!!」
『調子乗ッてんじゃ無ェ!』
全壊剣を奪われたらマズい。
そう思い、剣を虚影の中へ戻した。
しかし彼にその考えは回っていない。
自らの強大な力を振るうのみだ。
次の瞬間、俺の体は宙に浮く。
いつの間にか背中に生じた激痛。
目線の先には白い天井とブライの顔。
どうやら地面に叩きつけられたようだ。
リヴァイアサンもよく利用する戦法。
なるほど、これは強烈だ。
しかも攻撃自体を振りほどく事ができない。
つまりこれでわかることは一つ。
『パワーは俺の方が上みてェだな』
「……どうやらそのようだ」
ブライの告げる現実を素直に受け入れる。
俺はまだ力を使いこなしていない。
そもそもブライの力と根本から違う。
比べるまでもないが、彼の方が単純だ。
しかしその単純さが悪ではない。
わかりやすい強さのほうが厄介だ。
複雑な力ほど把握は難しい。
ブライと俺の力関係がここに現れている。
次の瞬間、もう一度それを思い知る。
またも俺の体は宙に浮く。
しかし奴は俺の腕を掴んでいない。
空中へ放り投げたのだ。
身動きの取れない空中飛行をする俺。
そこにブライは、狙いを定める。
『そンで、コレも出来ねェだろォ?』
「ああ、できないな」
『ンじゃ焦げ死ね』
そう言いながら魔術を射出する彼。
前動作を全くせずに打ち出した火炎。
大きさは、容赦なく俺を飲み込める程度。
以前であれば本当に焦げ死ぬだろう。
今でも果たして耐えるかどうか。
しかし防御の手段は一切ない。
虚影武装の盾もこ焼け石に水だ。
だが俺は既に安心していた。
上空から見る、地上の動きのおかげで。
火炎が俺の前へと迫る。
だがその直前、一つの影が火炎を遮る。
これだけの炎を身一つで掻消せる力。
「ご無事ですか!?」
「お陰様でな」
ラナである。
俺のピンチに彼女は前へ出たのだ。
そのまま俺達は無傷で着地する。
まだ手は痺れるが、まあ無傷だろう。
しかしまだ形勢逆転とはいかない。
さっきまで接近戦をしていた場所だ。
地に着いても距離は変わらない。
目の前には……燃え上がるブライの姿。
比喩ではない。本当に燃えている。
『ガァァァァッ!!?』
「アリク様に炎を向けた報いです!」
『暗黒龍のガキ風情がァ!!』
なるほど、先んじて手を打っていたか。
ラナにしては容赦のない攻撃だ。
しかし流石に俺もこの光景には驚く。
おかげで一度距離を置く事ができたが。
全身の炎を振り払い、ブライが突っ込む。
俺達はそれを防がずに避けた。
筋力では恐らく敵わないだろう。
「このままでは力で押し切られます!」
「なら……そうか!」
「やっとですね! アリク様!」
俺達の答えは一つだった。
攻撃を避けられたブライが振り向く。
その遠心力も含めた拳の一撃だ。
拳は俺を標的に迫る。
それを瞬時に避け、俺達は動いた。
「来い、ラナ!」
「はいっ!!」
避けたところに来たる二撃目。
今度の速度は避けられるほど鈍くない。
だがそれよりも、ラナのほうが早かった。
勝手に展開されていく青い召喚陣。
そこに触れたラナが光となって俺を包む。
龍皇の時とよく似た感覚。
しかし仄かに温かさを感じた。
だがそれに気をとられる事は無い。
拳が振り切られる前に掴んで止める。
さっきよりは痛みも少ない。
『……チッ、魔王の力か』
「正確には完璧に同じものではないがな」
『俺への当てつけかァ……!?』
言いながら攻撃が再開される。
牽制でも十分な拳撃。
時折混ざる、意識を奪わんとする一撃。
隙を見せれば体を掴みにかかる。
付け入る隙がなかなか無い。
だが防御面は完璧だ。
暗黒龍の鱗はダメージを全く通さない。
人間部分も耐久力が上昇している。
加えて勘も冴え、回避も容易だ。
『寄越せよォ、その力ァ!』
気合いを入れるような覇気のある言葉。
ブライの全身が力んだのを感じ取る。
これは、本気の一撃だ。
つまり回避するのも容易である。
恐らくここが現在の転換点になる。
これを回避し次の行動の起点とするか。
それとも別の手段に出るか。
二つに一つ、安全なのは前者だ。
しかし安心は全くできない。
避けは守りの一部である。
つまりブライの攻めは変わらない。
暗黒龍の炎を使うのも手だ。
だがまだそれは決定打にならない。
ブライの不死は本物だ。
攻めに回らなければジリ貧に終わる。
再び全壊剣を握らなければ。
なら、相手に隙を作るのが1番だ。
だとすると回避だけでは足りない。
俺は拳を握り、ブライの顔面へ放つ。
「う、ぐっっ!!」
『グボぁ!!!!?』
俺とブライの攻撃は同時に着弾した。
重い痛みが腹から背へ突き抜ける。
背骨が軋み、全身に痛みが走る。
だがこの程度の痛みは覚悟済み。
意識も正常のまま耐えきった。
そして、ブライの肉体が離れていく。
俺の一撃は顔面を捉え、殴り抜けていく。
たくましい足が地面から浮いた。
ひとまず賭けは成功、か。
虚影のヒビから全壊剣を三度抜き、俺の意識は攻めへと切り替わった。





