進化の刻——!
全ての責任を背負う。
その意味を、彼女が知らない訳はない。
俺は世界を滅ぼすかもしれない。
大勢の人間を殺す可能性だってある。
ブライのように変容してもおかしくない。
そうなった俺を彼女はどうするか。
その結末を予期した上での言葉。
今の彼女はその全てを理解している。
もう悔しさすら浮かばない。
頼もしいという感情も使えない。
彼女にその言葉を言わせてしまった因果。
俺達を黒い鎖で結んでしまった現実。
それが今後永遠に残り続けるのだ。
「……凄いねラナは。そんな事が言えて」
「アリク様のお供ですから」
「…………羨ましいな」
他愛ない言葉を交わすラナとリッカ。
リッカはラナのように強くはない。
最近になって力を得たばかりだ。
それでも頼りになった。なりすぎた。
きっともうすぐ、また頼る。
ラナは少し早く判断ができた。
リッカはそれができなかっただけ。
決してそれが悪い事などでは無い。
むしろ向き合っただけ、誇っていい。
「お前は両親に似たのだな」
「そ、そうですか?」
リヴァイアサンが指摘する。
彼女らしい視点の言葉だ。
強い決断力と意思。
確かに龍皇も龍妃もよく似ている。
彼女達の持つ高貴で気高い血縁。
その血に、俺は守られてきたのだ。
今更命を奪われるなんて怖くは無い。
ラナに殺されるなら本望だ。
彼女に人を殺して欲しくは無いが。
その為にも、俺は覚悟を固めていく。
意思で解決する場面は俺の出番だ。
俺しか解決できない部分だ。
全員の意思がまとまっていく。
そしてリッカは、深く息を吸った。
「……じゃあ、はじめるよ!」
「はい!」
「頼んだぞリッカ!」
「アンタも手伝うの! アリクはいい?」
呼びかけるリッカの声。
皆の決意に染まった瞳が俺を見る。
こんな彼女達に、何を心配する事がある?
俺はただ小さく頷くだけだった。
リッカの指定した役割にラナ達が就く。
アビスとリヴァイアサンは俺の監視。
肉体の危険を観察してくれるようだ。
ラナは鎮痛魔術で痛みの緩和。
リッカが教え、俺の痛みを緩和するらしい。
首元から破られた俺の服。
露出した肌に、アビスが手を置く。
冷たい手が俺の体温と混ざり合っていく。
「————傷——塞がって、る」
「魔力の循環も正常だ」
二つの視点で観察される俺の状態。
相変わらず適した場所についてくる。
彼女達ほど向いた者は少ない。
ラナやリッカも自分の役目に集中できる。
俺が正常だと確認は取れた。
まあ心拍が止まって正常とは言えないが。
遂にリッカは宝石の塊を手に取る。
膨大な魔力が蓄積された宝石塊。
そこにリッカは、自らの魔力を注ぎ込む。
青い宝石が少しずつ赤熱する。
俺の持っていた宝石と同じ状態だ。
どうやらその効果を圧縮しているらしい。
急激に圧縮されていく魔力。
当然、何も起きないわけがない。
「くうぅ……っ!」
「大丈夫ですか!?」
「うん……! 平気、こんなの……っ!」
リッカの掌から白い煙が上がる。
僅かに聞こえる肉の焼けるような音。
赤熱してる石を見れば当然だ。
それを必死にリッカは堪えている。
痛々しい光景だが、リッカは引かない。
俺の目を真っ直ぐ見つめている。
その瞳に、俺は全てを委ねた。
「なるべく早く終わらせるからっ!」
かけられる一つの言葉。
俺はもう『俺』ではなくなる。
人間である最後の瞬間に別れを告げる。
恐怖がないわけではない。
ただ受け入れるだけの時間があっただけだ。
宝石を俺の胸へゆっくり近づけていく。
これは……そうか、やっとわかった。
ホノンの胸に埋まっていた白濁の宝石。
アレと同じ状態になるのか。
宝石は俺に近づくたび白い光を放つ。
赤熱の温度すら超えた光。
そして遂に石は肉体と触れる。
瞬間、俺の胸は深く抉れ落ち窪んだ。
「ぐ、があぁぁぁあああぁぁぁぁっっ!!」
……何だ、この痛みは。
堪え難いなんてものではない。
自分自身の悲鳴が声帯を切り裂いていく。
だが、そんな痛みはおまけでしかない。
胸を焼き焦がし、肉体に埋め込まれる石。
その石により書き換えられていく肉体。
全身を丁寧に千切られていく。
そこに無理やり別の部品を張り付けられる。
そんな例えようのない痛みが襲いかかる。
しかも、その痛みはやけに鮮明だ。
脳に直接情報が刻まれていくような。
死の痛みと蘇生を同時に食らっている。
「あぁぁぁあアアア! ぐああァアァ!!」
「耐えて、アリクっ!!」
喉がズタボロに引き裂かれる。
込み上げてくる血液の味。
しかし死も気絶も許されていない。
端から一瞬で回復されていく。
耐えるも何も、無理やり耐久させられる。
残されたのはこの意識のみ。
だがその意識すら音を立て崩壊する。
苦痛しか認識できないような状態。
だが僅かに残された感覚がそれを感じ取る。
『ハァ……ハァ……しつけぇなァ!!』
「ん、ぐ……あっ!!」
何かが砕かれるような破砕音。
それと同時に聞こえる二人分の声。
一人は息を切らしているが意識はある。
だがもう一人は、もうだいぶ消耗している。
「シズマ!!」
俺の近くで呼びかける勇ましい声。
確実に状況が悪転したと伝わってくる。
もう時間稼ぎもできない。
悠久に続くような痛みが時感覚を狂わす。
しかし少女は、気丈に返事した。
「大丈夫だから! こっちは!!」
「だがその傷は!!」
「足止めは、私一人で十分!」
命懸けなのは俺だけではない。
足止めをする彼女も命懸けなのだ。
ラナ達もそれは同じ。
それを押して、俺に賭けてくれている。
"耐え切ってみせる。絶対に。"
余計に鮮明に、はっきりとする痛み。
それでも意思だけは絶対に手放さない。
例えどれだけ焦げ付いてしまっても。
残された感情だけは、必ず。
「!!!!! !!!!!!!!」
「——ますたー!」
「もう少しですアリク様っ!」
「お願い、アリク!!!」
ラナ達の声だ。ネムの時と一緒だ。
この声があるから、俺は生きていける。
何だ、前と何一つ変わらないじゃないか。
違うのはこの痛みだけだ。
肉体を書き換えられようと変わらない。
意識を燃やし尽くされようと同じ。
俺の意識は透明になってゆく。
苦痛は全身に根を張っていく。
だが、そんなものはもう取るに足らない。
懸念があるとすれば一つ。
俺達の為に時間を稼いでくれた少女。
彼女が今、危機に瀕している。
『こンの、木偶風情がァ!!』
「そう簡単にやられるか!!!」
『死ね! 死ネ! シネェェエエエ!!!』
狂ったような男の叫び。
何かが空を切る音。
それを認識したと思った時だった。
なぜか俺は、ブライの前に立っていた。
ブライが繰り出した鋭い突き。
人の物から変容した真っ黒な腕を掴む。
俺は何故か、奴の攻撃を止めていた。
「……ハァ……ハァ…………!」
荒れた呼吸がゆっくりと整っていく。
背後には全身を負傷したシズマ。
幸い致命傷は負っていないようだ。
だが全身の傷は痛々しい。
「アリク……!」
「一旦下がれ、俺が引き受ける」
足止めしてくれたシズマと交代する。
完全にゼロ距離の俺とブライ。
両方とも、既に人間とは呼べない。
間違えた魔王を目指す魔人。
ヒトでもモンスターでもない何者か。
だが、これで丁度良いだろう。
同じ人間を捨て去った者同士だ。
戦うならヒトやモンスターより相応しい。
散々時間を食わされた。
何度も苦痛と苦悩を味わった。
ブライとの因縁は、もう断ち切れない。
どちらかが敗北しない限り。
『アリク、テメェ……!!』
「再戦だ、ブライ……!!」
今度こそ——決着をつけよう。