兄との決別
絶体絶命の戦況は一変した。
元は俺が咄嗟に思いついた作戦。
それをリッカが察すると信じ、行った。
リーヴァを救うにはこれしかない。
彼女達に全てを託したのだ。
『テメェ等! 何故ここがわかったァ!』
「自分で考えろ、魔王様の紛い物が!!」
リヴァイアサンがブライを迎撃する。
リッカの術は既に解けていた。
縛り自体が長時間使えるものではない。
既に彼女は俺の治療を始めていた。
シズマとラナがリーヴァを救出する。
杭のに似た物で深々と刺された磔の彼女。
痛みを緩和するのがシズマの役目だ
その間に、ラナが杭を引き抜く。
両者共に飛び散る血も気にしない。
全員が己の役目に徹している。
長所を把握した上での立ち回りだ。
やはり彼女達に任せて良かった。
「暗黒龍!!」
「はいっ!」
杭を抜き終わり、リーヴァを担ぐラナ。
そのまま一跳びでこちらに向かってくる。
その後をシズマが走って追う。
一瞬すれ違う、兄と妹。
その視線が交わった時、空気が淀んだ。
ラナがリーヴァをサレイに渡す。
その手は血に塗れ、微かに震えていた。
しかしリーヴァはまだ生きている。
微弱だが呼吸音も確かにある。
「リーヴァ!」
叫び、彼女を一度地面に置く。
そして服を脱ぎ捨てつつ回復を始めた。
遅れてきたシズマが彼の魔術を支援する。
サレイにはもう魔力など殆ど無かった。
全て見届け、俺達の元に駆け寄るラナ。
俺の手を取った彼女の顔は顰め面だった。
その怒った表情のまま、口を開く。
「何故こんな無茶をしたのですかっ!?」
「これしか、思いつかなかった」
「でもそれなら……囮なら! 私が!!」
怒りながら涙を流すラナ。
荒げた声も喉で絡んでいる。
後悔と不安、心配が刺さるように伝わる。
それでも俺はラナの手を握り返した。
俺の感情が伝わるように。
仲間の誰にも傷ついて欲しくない。
俺の身を差し出すしか無かったのだと。
俺とラナの目が合い、涙が頬に落ちる。
彼女の思いは言葉で返事にできなかった。
しかし悠長にはしていられない。
リヴァイアサンを掻い潜り、迫るブライ。
リッカは手が離せず術を使えない。
その彼を食い止めたのはサレイだった。
咄嗟に召喚した盾で攻撃を妨害する。
『テメェは何でアリクを連れて来たァ!』
「お前が頼んだんだ!!」
『オレはそンな事1っつも——』
「私を無視とは、余裕だな!」
食い違う二人の会話。
そこへリヴァイアサンが飛び蹴りを見舞う。
当然ブライは吹き飛び、倒れた。
しかしゆらりと立ち上がるブライ。
そこにリヴァイアサンが追撃を加える。
ぶつかり合う二つの拳。
互角に渡り合うブライとリヴァイアサン。
戦いながら、彼女は全てを明かした。
「お前が聞いた声はコイツの物ではない」
「でも、あの声はコイツの!」
「アレは私達が作った幻聴だ!」
これが作戦の要であり全容だ。
サレイの言動で彼の立場は予想できた。
彼はブライの居場所を知っている。
しかし俺達に協力はできない。
だから敵として、焚きつけたのだ。
確かに召喚術を取り戻す目的もあった。
だがそれは二次的な成果の一つ。
本来の目的は、彼にここを案内させる事。
ブライの罠に嵌らず辿り着く事だ。
必要以上に彼を煽ったのもその為。
ブライの幻聴もうまくやってくれた。
恐らくシズマとリッカの手柄だ。
『折角の罠だったのによォ!!』
「お前と付き合う気など、更々無い!」
拳が雄叫びと共に交わる。
互いの顔面を捉えたクロスカウンター。
しかし筋力はリヴァイアサンが勝る。
彼の体が地面から僅かに浮いた。
その光景を、サレイは立ち尽くして見る。
彼からすれば全てが無駄骨だった訳だ。
放心する理由もよくわかる。
だがそんな暇はない筈だ。
傷の痛みを堪え、サレイに話しかける。
「お前、余力は」
「まだ少し戦える」
側から見れば残存魔力は完全にゼロ。
リーヴァの回復にも参加できない。
だが肉体面の体力はあるようだ。
剣を握った拳が、その感情を滲ませる。
よし、それなら大丈夫だ。
「それじゃあ、リーヴァを連れて帰還しろ」
俺は彼にそう命ずる。
彼が戸惑う前に、更に俺は続けた。
「リーヴァの安全が最優先だ」
「………………!」
「安全を確保したら、戻ってこい」
これがお前のやるべき事だ。
リーヴァの傷はもう塞がっている。
あとは意識の回復を待つだけ。
彼女を戦闘に参加させる事はできない。
帰還、これがお前のやるべき事だ。
目を潤ませて顔を食いしばり、俺を見る。
先程のリッカとほぼ同じ表情だ。
今の彼はここにいても何もできない。
余裕のない彼は、こんなに空回るのか。
全く、仕方ない。
俺は最小限の動きでガルーダを召喚する。
彼等の帰還を手伝うために。
「早く行け、それで早く戻っ……ぐっ!」
話す途中で響いた痛み。
傷は未だに回復していない。
これは流石に無理をしすぎたか。
それでも俺は、彼の目を見つめる。
「…………」
やがてサレイは無言で頷く。
リーヴァを抱え、ガルーダに乗る二人。
そのまま彼等は上へと続く大穴に飛んだ。
やっと心配事が一つ減った。
その瞬間に遠のく意識。
痛みも徐々に鈍くなってきた。
回復は、していない。
ラナの手を握る力が入らない。
リッカの表情が僅かに青ざめていく。
……意識が生存に向かって足掻く。
それでも遠のいていく生の感覚。
リッカ達の努力を無駄にしたくない。
何でもいい。生きる為なら何でも——!
「リッカ」
そう呟いた、リッカの近くに寄った声。
リーヴァの回復をしていたシズマだ。
彼女がリッカの手に自らの手を重ねる。
僅かに増大した魔力の量。
そのおかげか、少し意識が戻ってくる。
それでも回復には至らない。
死の足音が耳元で響いている。
だが彼女は、策を持っているかのようだ。
彼女はその正体を、リッカに渡した。
「あなた達にこれを託す」
「これって……!」
「そう、私達が盗んだ"原石"」
"白濁の宝石"。
俺達の因縁の裏に必ずあった存在。
その始まりとも言える最初の塊。
大きさは随分と小さくなっていた。
ラナの顔とほぼ同じ大きさだ。
そしてやはり、石は青く染まっていた。
俺の持っているものと同じだ。
「リッカ、あなたには先に教える」
「何の事?」
「あなた達なら、判断できると思うから」
「だから、何の事なのさ!!!」
何かを感じたリッカが声を上げる。
それを遮るように駆けるシズマの魔力。
この感覚、前にも感じたことがある。
記憶潜行をした時と同じ感覚だ。
「そんな、これって……!」
「————ッ!」
記憶を受け取っただろうリッカ。
そんな彼女を置いてシズマは走り出す。
向かうはブライの真正面。
リヴァイアサンが戦う、その場所だ。
未だ互角の激戦を続ける二者。
そのリヴァイアサンを、引き剥がす。
「な、シズマ……!?」
「ごめん、少し二人きりにしてほしい」
シズマとリヴァイアサンが入れ替わる。
当然シズマへと手を伸ばす彼女。
しかしその手は、届かない。
リヴァイアサンの手が何かに当たる。
見えないバリアのような壁だ。
中にいるのは、シズマとブライ。
彼女の言った通りだ。
透明な壁に阻まれた俺達とシズマ達。
そんな俺達を見て、シズマが笑う。
「私もケジメをつけなきゃね」
少し悲しげな表情で。





