三つ巴の救出劇!
『ギャハ、ヒャーッハハハハハ!!』
タガが外れたような笑い声が降り注ぐ。
頭上には誰もいない。
それでも、声の主はすぐにわかる。
サレイも眉間に皺を寄せている。
消耗しつつも闘争心は潰えていない。
俺は地面に伏していた。
意識は痛みのおかげで残っている。
しかしもう、戦うだけの力は潰えた。
動くことすらままならない状態。
本気のサレイと戦えばこうもなる。
俺もそれを納得していた。
「リーヴァは無事なんだろうな!」
『さァ? 自分で確かめろや』
サレイの問いかけを茶化す声。
彼の表情に怒りが浮かび上がる。
真面目な男だ、この状況自体屈辱だろう。
『そのボロ雑巾、まだ意識はあんのかァ?』
「先輩はまだ生きている」
彼の反応に気を良くした声が問う。
確かに俺はまだ生きている。
それでも放置されれば確実に死ぬだろう。
脇腹の傷は十分致命傷になる。
俺の回復魔術では僅かな延命程度だ。
恐らくサレイの手心だろう。
俺を回復させた上で、地上へ戻す。
それが彼の目的のはず。
だが、それではこちらの策は果たされない。
『ならそいつも連れて来やがれ!』
「何故その必要がある!」
『決まってんだろ? 殺すんだよ俺の手で!』
サレイへの挑発が混ざった死の宣告。
死に体の俺をブライの元へ運ぶ。
そのリスクは、彼でも十分わかるだろう。
俺を生きて返すという理想は潰える。
当然今の彼が断る事などできない。
俺よりも大切な命が敵の手に落ちている。
命を天秤にかけるなどサレイはしない。
そんな彼が苦渋の決断にて俺と敵対した。
ギリギリと、奥歯を噛みしめる。
断ればどうなるか、すぐにわかる。
俺を連行すればどうなるか、明白だ。
実質1択しかない苦渋の決断。
その回答を、沈黙が責め立てる。
彼ができる事は一つだけだ。
「…….クソッ!!!」
吐き捨てるように叫び、俺を担ぐ。
俺は一切抵抗する事は無かった。
* * * * * * * * * *
アンデッドの海を軽々と跳び越すサレイ。
眼下をイゴウや『剣士』が過ぎていく。
一目でその数が無限に等しく思える。
そうこうしないうちに着地する。
結局数十秒は跳び続けていた。
空路で、敵と認識されていないサレイが。
俺達だったら更に時間を使うだろう。
白い壁と床の空間。
ぽっかり空いた、外部と隔絶された場所。
そこにイゴウや『剣士』はいない。
代わりに黒い無機質な玉座があるだけだ。
そこへ腰掛ける、ブライの姿。
『やーっと戻って来たか、おっせぇなァ』
彼は2体のアンデッドを侍らせていた。
両者共に、同じ顔をしている。
作りも他のアンデッドに比べ精巧。
まるで生前そのものだ。
やはりホノンはお気に入りか。
しかしやはり、意思は感じない。
そもそも二人の時点で普通ではない。
愛した女すら道具扱いか。
サレイの手で地面に置かれる俺。
痛みのない優しい手つきだ。
その瞳には涙が浮かんでいる。
彼の正義を、彼自身が壊しているのだ。
『で、そりゃ何だァ?』
「お前が連れて来いと言ったんだ!」
『ハァ? 言ってねーし』
声を荒げたサレイを、ブライは嗤う。
侮辱され、握った拳から血が滴り落ちる。
暴発寸前の感情を彼は堪えていた。
『まァいいわ、アリクは後で殺す』
そう言うとブライは席を立つ。
二人のホノンが後ろへ下がっていく。
同時に、上からゆっくり何かが降りる。
赤い十字架へ磔にされた全裸の少女。
その体は鮮血で真っ赤に染まっている。
……間違いなくリーヴァだ。
あの彼女が、ここまでやられたのか?
サレイと、人質に取られたリーヴァ。
その消耗には明確な差異がある。
俺との戦闘前、サレイは無傷だった。
リーヴァは1人で戦い、捕まったのだろう。
サレイとの再会は恐らくその後だ。
彼女は確かに血の気が多い。
それでも判断力はかなり鋭い。
今のブライに単騎で挑むとは思えない。
戦いを仕掛けたのは恐らくブライだ。
最初から全てブライの策略だった。
そんな彼が、満足げに彼女へ歩み寄った。
『そんじゃ先に……このアマブッ殺すか』
「なっ!!?」
血も涙もないブライの一言。
その言葉に、サレイは当然噛み付く。
彼はリーヴァを守る為に戦ったのだ。
自らの正義を捨ててまで。
それをブライは当然のように踏みにじる。
『気の強ェ女って嫌いなんだよなァ』
「何を言っている……!!!」
『従順なら俺の女にしてやったのによォ』
「俺は先輩を倒した! 約束が違う!』
腹の底からサレイが吠える。
だが、ブライは非常に怠そうである。
飽き飽きしたような顔だ。
散々サレイとリーヴァは遊び尽くした。
恐らくブライはそう思っている。
だからリーヴァを殺して捨てる。
彼は、そういう存在なのだ。
『何で約束を守る必要があンだよ?』
「ふざけるのも大概に……!!」
ついに怒りの限界を迎えたサレイ。
武装召喚した剣で切りかかる。
しかし刃は届かない。
彼自身が、攻撃を止めていた。
先程の戦いでサレイの魔力は枯渇寸前。
しかしブライは万端だ。
更に彼は人質のすぐそばにいる。
挑んでも今のサレイでは勝てない。
攻撃する前に人質が殺される。
迷いなどでは無い。
サレイは完璧に判断していた。
自らの"詰み"を理解したのだ。
『どっちにしろ、この女は死ぬがなァ!』
「やめろ、やめてくれ!!」
『嫌なこったァ!!!』
鋭い手刀がリーヴァへと迫ってゆく。
こだまする2人の絶叫。
悦楽の絶頂へと達したブライ。
後悔の絶望へと堕ちるサレイ。
この状況を脱する方法など、もう無い。
彼等だけなら、の話だが。
「アタシ、大概平和主義だけどさ」
ブライの攻撃がリーヴァの直前で止まる。
当然彼の意思では無い。
そう、彼の体は完全に操られていた。
俺達の背後に現れた言葉の主。
リッカの能力によって。
『か……体、が……!!』
「それでも流石に、怒っていいよね」
その台詞と共に、彼女達はやって来る。
「行くぞ、ラナ!」
「はい! シズマさん、後は任せます!」
「ああ、任せられた!」
丁度サレイが俺を担いできた方向。
そこから更に3つの影が飛び込んでくる。
恐らくサレイは状況が飲めないだろう。
ブライに関しては完全な不意打ちだ。
だが俺は、予めこれを知っていた。
当然だ。仕掛けたのが俺なのだから。
捨て身を覚悟したリーヴァの救出。
「先輩……まさか全部わかってて……」
その問いに答える事もできない。
だが俺は横たわったまま小さく笑う。
作戦成功だ、と。