第拾伍話 お嬢様、来訪
「お嬢様が来ます」
「は?」
少し呆れた表情でマキナが言う。
いや、唐突すぎるだろ。
船がないのにどうやって来るつもりだ?
顧問魔術師と言っていたし、マキナがある程度ゴーレムの技術を教えていたとか?
それとも自分でチャーターしたのか?
政事を疎かにして大丈夫なのか。
結構忙しいって聞いたが。
「その心配はないわ!」
えぇ……?
今のは確かにシーシャの声だ。
声は聞こえるが、姿は見当たらない。
一体何をしたのだろう。
というか何だその行動力は。
「今の声、上から聞こえませんでした?」
「確かに上から——お嬢様!?」
ラナとマキナの意見が一致する。
その上、マキナは目を剥いて驚いている。
……いるのか、上に。本当に。
……いたわ。
小型ドラゴンに乗って空を飛んでいる。
「意外と難しいものね! 召喚術!」
「危ないですお嬢様! 降りてきて下さい!」
「わかったわ! とうっ!!」
「誰が飛び降りろって言った!?」
マキナの心配を大幅に曲解し、彼女はドラゴンの背から大の字で飛び降りる。
一体何をやっているんだ。
クッションの為にスライムを召喚する。
しかしそれより早く、ラナが跳んだ。
そのままシーシャをキャッチし着地する。
「ありがとう、ラナ」
「あ、あはは……」
こいつが反応に困るなんて、初めて見た。
「シーシャ、あれは一体」
「独学と通信教育で勉強したの」
「はぁ」
「でも緑色の鳥は出なかったわ」
「……今度から俺が教える」
彼女が乗っていたドラゴン。
あれはドラゴンゾンビという危険種だ。
戦闘力は低いが、非常に獰猛である。
しかも使役状態になっていなかった。
つまり、シーシャはあのドラゴンと信頼を結ばず、無理矢理操作していたのだ……凄いんだかどうなんだか。
しかしそんな事をお嬢様は意に介さない。
顔色一つ変えず、シーシャは口を開く。
「アリク、あなたに用があるの」
「はい」
「お仕事の時間よ、この無人島でね」
* * * * * * * * * *
無人島の中心付近。
鬱蒼とした熱帯の森をかきわけ進む。
海岸に比べ、森はモンスターは少ない。
動物レベルの鳥や蛇ならかなりいるが、それすらも今日はやけに静かだ。
「俺、この島何度か来てるんだけど」
「あらそうなの? 期待できるわね」
「いや、そうじゃなくてだな」
依頼を聞いた時、俺は反応に困った。
ある意味夢のある内容だ。浪漫がある。
だが、同時に非現実的すぎる。
そんな夢物語、本当にあるのかと。
それでもシーシャは本気らしい。
「この島が宝島なんて、聞いた事がない」
俺が指摘しても、彼女は笑みを崩さない。
いや、今時宝島なんてあるわけない。
数年前に海賊は駆逐されたって聞いたし。
あらかた財宝も発見されたと聞く。
「クク……別に海賊の宝ではないわ」
「じゃあその宝ってなんだよ」
俺が聞くと、彼女は島の伝承を話し始めた。
「この島は昔、神殿だったのよ。あるモンスターを鎮めるためのね」
「あるモンスター……?」
「リヴァイアサン。当然知ってるわよね?」
知っている、どころではない。
もはや聞き飽きた名前ですらある。
海の代表格であり、同時に最強モンスター。
地上の暗黒龍、海のリヴァイアサンと並べ立てられ危険視されるレベルの存在だ。
「原因不明の海難事故が多発していてね」
「その原因が、リヴァイアサンだと」
「ええ、だからこの島を調べていたの」
「忙しかった理由はそれか」
「そういう事よ」
奇しくもバカンス先と重なったのか。
というか島にそんな秘密があったなんて。
俺、普通に遊びに来てたのに……。
しかしそれなら、この島がリヴァイアサンを鎮めているはずだ。なのに海難事故が多発してるとは。
何が原因でもあるのか?
「ある事と海難事故の時期が重なってね」
「まさか俺たちが来たから?」
「違うわ。まあ少し関係はあるけど」
少し関係している?
どういう事だ?
「ある一団が、この島に来たのよ」
「一団? パーティって事か?」
「大正解。そのパーティが」
「……まさか」
「あなたの所属していた勇者パーティよ」
…………最っ低だ。
何でこう、ちょいちょい因縁があるんだ。ビンボー神的な何かか?
何をしたのかはわからない。
だが恐らく、奴らの尻拭いをさせられる。
はぁ……あっちからパーティ追放してきたのに、なんで遠回しに協力させられてんだ、俺。
「まあまあ、そのぶん活躍は宣伝するから」
「それだけが救いだ……あれ?」
道無き道を切り開いていく。
すると、突如として森がいきなり開けた。
眼前に広がった光景。
それは朽ち果てた古代の遺跡。
苔むした石造りの神殿が、そこにあった。
「……ここね」
その美しさに、俺は息を飲んだ。





