VS『武装召喚』!(上)
「ラナ! マスターを傷つけるなよ!」
「リヴァイアさんこそ! はあぁっ!!」
最後の壁、最大級の敵の軍勢。
本当に無限と錯覚するアンデッドの大軍。
地上の密度を遥かに超えた敵の数。
それでも俺達のやる事は変わらない。
切り開いて目的の場所を目指すだけだ。
ラナとリヴァイアサンが先頭に立つ。
流石の彼女達でも侵攻は遅い。
それでも軽く走る程度の速度だ。
確実に、着実に進んでいる。
敵の本丸。ブライの元へ。
『随分勢いが良いじゃねェか!』
「お前にケジメをつけさせるからな!」
『何のケジメをつけるってェ!?』
「……何もかもだ!!」
アンデッドを斬り払い叫ぶ。
もう陳腐な足止めにはこりごりだ。
時間稼ぎには散々付き合った。
次はこちらの要件に付き合ってもらう。
感情任せに俺達は進み続ける。
そうすれば彼も、感情任せに拒む。
嫌らしく、悪質に、弄ぶかのように。
『そろそろ地獄でも見てもらうかァ』
嬉々とした様子でブライは呟いた。
また何か新たな罠か。
次はどう出る? やはりダヌアか?
もう何が来ても驚かない。
俺達の力で無理やりにでも突破する。
そう信じ、侵攻は一層速度を増す。
しかし予想は外れ、罠は一向に現れない。
それどころかアンデッドが減っている。
先程までは文字通り人海戦術だった。
これが罠だと言うのだろうか?
それにしては、壁を減らして少し妙だ。
その不審さに俺は身構えていた。
しかし、俺の予想はまたも外れた。
目の前に現れたのは罠ではなく——。
「サレイ!」
「…………先輩」
俺達と共に穴へ落ちたサレイの姿だった。
彼を見て、俺は全てを納得した。
確かに彼ならばこの波も凌げるはず。
俺達より早く乗り込んでもおかしくない。
ひょっとすると、罠も彼が倒したのか?
やはり相変わらず頼もしい奴だ。
地下ではぐれた時は少し心配したが。
「お前も無事だったか! これで——」
これで一安心だ。そう言って手を伸ばす。
サレイも同じく手を伸ばす。
瞬間、彼は——長剣を召喚する。
そして俺を牽制するように横薙ぎした。
「なっ!?」
『どうだよアリク! この趣向はよぉ!』
咄嗟に俺は背後は下がる。
そこにアンデッドの姿はない。
俺達を囲むように円を作っていたのだ。
当然リヴァイアサンは身構える。
だが、ラナとリッカは困惑していた。
彼女達もサレイとはそれなりに親しい。
現状のおかしさを彼女達も理解していた。
こんな事はしたくない。
そう思いつつ、俺も全壊剣を構える。
「一体何があった!?」
「………………」
「何でお前がそっちにいる!」
いくら呼びかけても何も語らない。
ただ『武装召喚』で身を固めている。
彼の用いる、最大級の交戦態勢だ。
どうやら本気でやる気らしい。
となると、本当に最大の敵になり得る。
彼がブライ側に立っている意味。
それをラナは、直感的に問いかけた。
「サレイさん! リーヴァさんは!?」
「………………ッ!」
一瞬で曇るサレイの表情。
俺もやっと、その欠落を察した。
そしてブライも答え合わせをする。
『チッ! 気付くのが早ェーんだよ!』
唖然としながらブライを見る。
その表情は、彼らしさの欠片もない。
苦悩と挫折に満ちた焦燥。
それだけで何が起きたのかを理解した。
全壊剣を握る手に汗が滲む。
サレイと彼女の関係は承知の通りだ。
未来を約束した仲かもしれない。
それが今、ブライの手に握られている。
だから俺に刃を向けたのだ。
だが俺はブライの真理を知っている。
彼は俺達の戦いで行動を変えないだろう。
リーヴァは絶対に彼の悪を受ける。
どちらが勝とうと変わらない。
それを指摘すればブライはすぐに動く。
俺はサレイと戦うしかない。
となれば俺のできる事は決まった。
「お前達は先に行け」
「マスターはどうするつもりだ!」
「先にこっちを片付ける!」
身構えるラナ達に俺は告げる。
その無謀は、彼女達も理解している。
白兵戦ならサレイに勝てるわけがない。
それでも俺は彼女達に呼びかけた。
ラナ達は俺に協力を告げている。
シズマも例外ではなかった。
俺の命を心配しての言葉なのだろう。
ただ一人、リッカを除いて。
「……行こう、みんな」
「お前、マスターを見捨てるのか!?」
「アリクはもう弱くない。そうでしょ?」
「だが相手は!」
決心したように呟くリッカ。
それを強い口調で咎めるリヴァイアサン。
彼女達の力関係は比例にも値しない。
戦えばリヴァイアサンの勝ちだ。
それでもリッカは、なんとか張り合う。
ラナはひたすら困惑していた。
彼女も何かが引っかかっている。
そこにリッカは更なる追い討ちをかける。
「アリクがアタシ達を信じてくれるなら、それに答えなきゃ。ね、アビス?」
「————ん」
「アビスさんまで!」
「で、ラナはどう思う?」
一瞬だけ呟いたアビス。
それだけでリヴァイアサンは断れない。
彼女はアビスの意思決定を尊重する。
残るはラナの意志だけだ。
不安げな瞳が俺を見ている。
それに俺は、小さく頷いて返した。
これだけでラナには伝わるはず。
俺はラナを信頼していた。
改めてリッカを向くラナ。
彼女はゆっくりと、静かに頷いた。
それを見届けサレイに向き直る。
彼は武器を構え、静かに待っていた。
「くっ……ここは任せたぞ!」
「————がんば、って」
「兄さんと先に話をつけてくる」
「何かあったら、呼んでくださいね!」
俺の横を走り去るラナ達。
リッカのみが何も言わず瞳を合わせる。
後は任せた。俺はそう瞳に込めて伝えた。
『いつまでクッセェ事やってんだァ! とっととアリクをぶっ殺せ!!』
「……すまん、先輩!!!」
そう言ってサレイは俺に斬りかかる。
俺はその一撃を全壊剣で払った。
仰け反り、よろけるサレイ。
その後方ではアンデッドが手を伸ばす。
下がりすぎればアレの餌食か。
この一撃で俺は確信した。
サレイは確実に手加減をしている。
もしくは本気を出せていない。
俺が彼の攻撃を弾くなどあり得ない。
だが、これは不味い状況だ。
手加減がバレればブライは許さない。
そうなれば、リーヴァは……。
全身に緊張が走る。
だが、俺は意を決して告げた。
「謝るなよ」
「えっ……?」
「本気を出さなければ死ぬのはお前だ」
俺はお前を殺す気で戦う。
その意思を込めた挑発だった。
彼の本気を引き出す為の挑発行為。
俺からすれば自殺行為に等しい。
それでも俺は、彼に告げた。
挑発を受け、呼吸を荒げるサレイ。
彼を縛り付けるいくつもの苦悩。
今はまずそれを破らなければ。
何かを吹っ切るように彼は身を反った。
「うおおおぉぉおおオオォォォォッ!!」
空気すらもヒリつく咆哮。
暗黒龍の咆哮にも等しい気迫だ。
そして、機敏な動きで武器を構え直す。
彼の目は鋭く、俺を射抜いていた。
「……行くぞ先輩——いや、アリク!!」
「来い、サレイ!!!」
初めて俺を呼び捨てたサレイ。
その決意に、俺も全力で応えた。





