信頼と、覚悟と……。
俺がネムを殺害し半刻ほど過ぎた。
正しくはアンデッドを止めた、だが。
それでもこびりついた感覚は消えない。
罪悪感を拭う事は難しかった。
そんな俺の支えは、やはり仲間だった。
今もリヴァイアサンが側にいる。
命のやり取りを多く経験した彼女。
その立場的に、俺を気にかけてくれている。
有難いが情けないままではいられない。
「もう大丈夫だ、ありがとう」
「無理するな。お前は結構繊細だからな」
俺の内心を見抜くような言葉。
これも年の功、経験の差というやつか。
その余裕は龍皇によく似ている。
彼に比べ少々脳筋的ではあるのだが。
今は、その余裕が頼もしい。
だが彼女は気づいている。
内心をここまで読めるなら当然だ。
多少無理をしてでも立ちたい、俺の意思。
しかしその意思を状況が阻む。
物音一つしなくなった白い森の中。
俺達は束の間の休息をしていた。
正直、休む暇も惜しい。
「何も意味無く休んでいる訳じゃないぞ?」
「状況が変化したからだろ?」
「その通り、流石私のマスター」
俺達の会話が、現状を簡潔に表している。
この状況自体が異常なのだ。
散々俺達を襲ったアンデッドがいない。
いや、実際にはまだ残っている。
なのに俺達を襲ってこない。
そこでシズマが偵察を出した。
俺と同じ、カラスの偵察だ。
空間の広さ、アンデッドの配置。
何故攻撃の手が止んだのかという考察。
全ての状況を加味した結果の行動。
それが今の休息であった。
俺は一連の話し合いに参加していない。
リヴァイアサンの判断が大きい。
おかげで俺は平静を回復できたが。
しかし俺には一つ疑問が残る。
それを確かめるため、シズマに尋ねた。
「何でお前は召喚術が使えるんだ?」
「私も加担してるからね、何とか」
簡潔な回答に納得はいく。
ブライがここまで出来るとは思えない。
シズマの協力があるのは妥当。
自身の力を復旧する余地を作れた。
それでも彼女すら全容を知らない。
召喚術の復旧も手こずったと言っていた。
彼女の言い分はそれだけ。
素直に言えば少し疑わしい。
少し不都合というか、何か不透明だ。
疑念はリヴァイアサンも同じらしい。
俺に続いて、彼女も窘める。
「というより、だ。シズマお前、何で最初から全てを知っているのに私達に教えなかった?」
「それは……ごめんなさい」
「謝る前に理由だ」
そう、彼女は地下の仕組みを知っていた。
ブライの潜伏先も全て知っていたのだ。
これには擁護の余地もない。
しおらしく謝るシズマ。
恐らく彼女に悪意はない。
彼女もまたブライの掌の上にいる。
それを承知の上での協力、対抗なのだ。
術の構築をシズマは確かに手伝った。
しかし実際に使ったのはブライ。
起動した後は、使用者の思い通りに動く。
そこに一切手出しはできない。
これが彼女の弁明だった。
「納得できないな。大体お前は——」
「————ん、だめ」
「シズマは敵の参謀格なんだぞ?」
「——でも、今は————味方」
リヴァイアサンの言葉を止めるアビス。
性善説にも近い、かなり甘い考えである。
だからこそ、だ。
「コイツが嘘をつくならもっと巧妙だ」
「むぅ……確かに」
彼女の悪の気質は知っている。
忍耐も演技も非常に得意である。
ただ悪者には向いていない。
特にこの手の嘘をつくのは苦手だろう。
自分に不都合でもはぐらかさない。
隠すなら最初から隠しているはずだ。
彼女は今、それをしていない。
つまり真実と仮定できる。
ある意味彼女の人の良さが招いた勘違い。
格好はつかないが、それが答えだろう。
そんな俺の推理をシズマは遮る。
「私がそこまで読んでいたら?」
「その質問をする時点でお前は白だ」
「ふぅん、なかなか信頼してくれるね」
「俺の命の恩人が何を言う」
結局のところ、これは信頼問題だ。
シズマの善を取るか悪と見るか。
慎重ならリヴァイアサンの反応が正しい。
俺は彼女の善に賭けただけだ。
俺を治療し、命を繋いでくれた。
果たして今から殺す相手にそれができるか?
信頼の根拠はそこにある。
当の本人は浮かない顔をしているが。
その理由を彼女は語る。
「正直、貴方の復活には驚いている」
「お前が治療してくれたんじゃないか」
「そういう意味じゃなくて」
彼女はそう言うと、表情に陰を落とす。
まるで何か不安を抱えるかのように。
「精神論でどうにかできる話じゃない」
「…………」
「貴方はあの時、死に行こうとしていた」
「でも俺は生きてるぞ?」
死の淵からの復活
その立役者の1人が抱く不安。
奇跡を起こしたのは彼女達だ。
しかし本人は、その奇跡自体を疑う。
まるで奇跡という言葉を否定するように。
漠然とした不安を抱えている彼女。
俺はその不安を理解できない。
「凄いで終わらせられたら良いけど」
「やめろ、怖いだろ」
「……わかった」
少々無理矢理に話を終わらせる。
疑いも解け、休息は取れた。
まだアンデッドは活性化していない。
動くなら今だろう。
奇跡であろうとなかろうと、関係ない。
今ある結果だけを俺は抱える。
だからシズマを信頼する。
リヴァイアサンの意見も同じだ。
寝ているラナ達を起こし、俺は立つ
* * * * * * * * * *
「ほ、本当にこの下なの!?」
「もしかして怖かったり?」
「そんなわけない、訳がない!」
「……どっち?」
シズマにしがみつくリッカ。
その目には薄く涙が浮かんでいる。
また頼りないモードだ。
だが……彼女にも同意できる。
ブライの潜む場所。
シズマが示す、第2の入り口。
木々に隠され地面にぽっかり空いている。
真っ暗で何も見えない……丸い大穴。
この下に降りるのは確かに勇気がいる。
相手の本陣に飛び込むのだ。
勢いで来た地上と地下とは訳が違う。
リッカの恐怖はそこではないようだが。
単純に、暗い穴が怖いのだろう。
サキュバスは暗闇が本領なのだが……。
「ごめんなさいアリク様……」
ふと隣に立つラナが呟く。
その表情は少し曇り気味だ。
どうもさっきから調子が戻っていない。
暗黒龍の力を使えないのが悔しいようだ。
確かにあの力があれば百人力だ。
穴に入るのも造作もない。
だが、無いものに頼っても仕方ない。
今の力を持って全力で戦うだけ。
落ち込む彼女の頭を撫で、俺は返す。
「大丈夫、お前は今できる事をやれば良い」
「——はいっ!!」
苦悩を吹き飛ばすような彼女の声。
気迫は鋭くなり、本調子が戻る。
これでこそラナだ。
その勇猛さこそ、お前の最大の武器だ。
……よし。
「準備はいいな?」
穴の周りに並び立つ仲間達に聞く。
「当然です!」
「だ、だだ、大丈夫!!」
「私も準備万端だよ」
「——ん!!!」
「いつでも行けるぞ、マスター!」
覚悟を確かめる言葉への返答。
不安を隠しきれていない答えだ。
だが、覚悟は決まっていた。
ならば俺達の行動は一つ。
呼吸を整えて、足を出す。
それは誰が最初という事もない。
俺達は、穴の中へ突入した。