決意の一撃!
頭上に浮かぶ光景を目指して飛び立つ。
背中に翼の類は生えていない。
だが俺は飛び上がる事ができた。
長剣でネムを刺した勢いに任せて。
漆黒の空間から俺は脱出する。
「魔力が急激に膨張している!?」
「みんな、離れて!!」
俺を観察していたシズマとリッカが叫ぶ。
それと同時に俺の肉体から逃げる面々。
ラナだけが唯一俺から離れなかった。
そんな彼女を避け現実へと浮上する。
体験したことのない妙な感覚。
まるで昆虫の羽化を体験しているようだ。
自らの古い肉体を抜け出て、突き破る。
しかし所詮、それは感覚でしかない。
気づかぬ内に意識を取り戻した俺の肉体。
俺はそのまま空高く跳躍していた。
目の前には串刺しになったネム。
何故現実に反映しているかはわからない。
だが、逃がさなくて良かった。
『が……は……はぁ…………!』
「まだ意識があるか……!」
『くひ、くひひ……!』
重力に引かれネムと共に落下する。
そのまま俺は大地に長剣を突き立てた。
剣と地面に挟まれ拘束されるネム。
足止め程度にはなるだろう。
一度姿勢を立て直し、周囲を見渡す。
唖然とした表情のシズマとリッカ。
何故か満足気なリヴァイアサン。
そして、地面に座り込んだままのラナ。
その頬には涙が輝いている。
倒れている間、膝を貸してくれたのだ。
お礼も兼ねてラナに手を貸す。
「アリク様……!!」
「お前の声、聞こえたぞ」
立ち上がったラナが俺の手を強く握る。
どこまでも献身的で健気な少女の姿。
俺は空いた片方の手でその頭を撫でた。
同時に顔を上げ、皆の表情を見る。
最後の気力は彼女達に繋いでもらった。
お陰であの状況から復活できたのだ。
彼女達は全員、命の恩人だ。
『甘いんですよ〜!!』
そんな余韻をぶち壊す叫びが響く。
声の主は当然、ネムだ。
彼女を封じていた剣を持って襲いかかる。
その表情に余裕は一切感じられない。
必死の不意打ちだ。
「マスター!」
「……わかってる」
リヴァイアサンの怒号が響く。
しかし俺は、何故か動じなかった。
俺自身に宿った妙な余裕を自覚する。
精神的にも肉体的にも、違和感がある。
それも善悪で分けられない違和感。
ともかく俺の体は非常に軽い。
まるで自分の肉体ではないかのように。
襲いかかってくるネムがゆっくり見える。
その動作を確認し少し身を返す。
たったそれだけで、奇襲をかわした。
『そんなっ!』
「諦めろ、ネム」
『なら、これでどうですか〜!?』
無理やり自分自身を取り繕うネム。
対して俺は、何故か落ち着いていた。
彼女が2の矢で放ったのは呪術泥。
散々苦戦させられたアレだ。
しかも恐らく、改良されている。
だが、無意味だ。
泥の真正面に手をかざす。
空間に黒いヒビが入っていく。
「『虚影武装・大楯』」
一滴だって俺の後ろには通さない。
そこにはラナもリッカ達もいる。
彼女達にあの苦痛を与える気は無い。
当然、俺自身も食らうつもりは皆無だ。
召喚した楯はナマクラ同然。
メリッサの盾とは比べものにならない。
にもかかわらず泥は楯に防がれる。
当然だ。もはや呪術は脅威じゃない。
散々研究させてもらった。
おかげで対策も一瞬で組み込める。
術の強弱は変わらない。
それを解らせるため、告げる。
「お前の攻撃は効かない」
戦慄するネムの表情。
彼女の体はあまりにガラ空きだ。
すかさず俺は、召喚した楯で殴る。
『ごえぁっ!!?』
ひしゃげた悲鳴と骨の砕ける音。
勢いよくネムは地面へ叩きつけられる。
威力は抉れた地面が証明してくれる。
並の人間ではタダじゃ済まない。
その姿を見た時、俺の中で何かが揺れる。
自分でも異常と認識した冷静さ。
俺は無意識に冷静を装っていたのだ。
この時のために。
そして、今がその時だと。
「ラナ……みんな、目を瞑っていてくれ」
「……はい」
「できれば……耳も塞いでくれ」
「…………はい」
彼女達には見て欲しくなかい。
見せたくない、という気持ちが多い。
それでも、やるしかない。
徐々に解けていく俺の冷徹。
だが今はその行いを冷ややかに語る。
「ネム」
もう永く平静を保てない。
矢継ぎ早に告げるしかない。
「俺は、今から」
覚悟を決め、全壊剣を拾う。
そして彼女の喉元に……刀身を突きつけた。
「お前を——殺す」
『……くひ、くひひ!!』
俺の言葉を聞きネムは笑い出す。
対して俺は、言い切るので精一杯だった。
保っていた平静は完全に消え失せる。
同じ人の形をした者を殺す。
思考し、喋る相手を殺害する。
存在自体はイゴウや『剣士』と同じはず。
だが、そんな些細な差ではないのだ。
『……いいですよ〜』
「…………」
『ほら、今なら無防備ですよ〜』
執拗なネムの挑発。
首元に押し付けられる全壊剣。
俺の手は、少しずつ力を失っていった。
……殺さなければいけない。
そうしないと、脅威は去る事がない。
わかっているのに殺せないのだ。
惑う俺を見つめるネム。
その表情は徐々に険しくなっていく。
そして突如、堪忍袋の尾が切れた。
『殺すなら早く殺しなさい!』
「!!!」
『ダヌアさんを見殺しにした癖に! イゴウさんを殺そうとした癖に!!』
そこにいつもの癖はない。
ただ、殺される事を受け入れた者。
野望の為に大勢を殺した者。
俺の前を歩く、参加者の叫びだった。
ああ、そうだ。その通りだ。
ダヌアを助けず見殺しにした。
イゴウの行いに怒り、殺しかけた。
俺の手はとっくの昔に汚れている。
今更何を潔癖になっている?
早く倒さなければこれまでの二の舞だ。
回復され、反撃される。
螺旋を断ち切る方法は、1つだけ。
『私に貴方ほどの力があれば!』
俺を地獄へ引きずり降ろさんとする絶叫。
恐怖混じりの笑顔を浮かべるネム。
思考も視界も、真っ白になっていく。
殺さなければ螺旋は切れない。
殺すしか選択手段はない。
ならここで、彼女を断つしかない。
全ての覚悟が——決まった。
『今頃貴方達全員を殺しています!!』
「ぐぁぁ——————っっ!!!!!!」
彼女の断末魔をかき消す。
叫び、目を見開き、刃を引く。
たったそれだけでネムは沈黙した。
途端に崩れていくアンデッドの肉体。
激闘の最期は、あっけないものだった。
「アリクさ——」
背後からラナの声がする。
しかしその声は何者かに止められた。
代わりにラナではない誰かが俺を抱く。
背後から優しく、誰かが抱きしめた。
「大丈夫だから、アリク」
全壊剣を握った手が離せない。
空いた片方の手を、今度は後ろから伸びたリッカの手へと俺は重ねた。





