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凶刃と不屈

 

「『虚影武装・長剣』!」


 俺に一切の隙は無かった。

 例え、相手の武器がナイフであろうと。

 全力で戦い全力で生き残る。

 今の俺にできることはそれしかない。


 ナイフと長剣が衝突する。

 普通ならこちらが押し勝つ物量だ。

 だがそう簡単にはいかない。

 虚影召喚で作った武装は脆い。

 武器同士が衝突すれば、如実に現れる。


 シズマとの戦いを経て強度は増した。

 それでも本物の武器には及ばない。

 当然、ナイフと互角にもなる。


『召喚術以外の戦型ですか〜』

「シズマと戦うために編み出した術だ」

『かなりの付け焼き刃ですね〜』

「それも承知の上だ」


 安い挑発には乗らない。

 修行の時点からそれは知っていた。

 召喚術が有効ではない相手との戦闘用。

 非常時のために鍛えた新たな力だ。


 その非常時が今である。

 今ほどこの力を十全に使える時は無い。

 例えそれが付け焼き刃であろうと。


「俺も成長させてもらっている!」

『ぐぅ……っ!?』


 力任せにネムを弾き飛ばす。

 その一撃に彼女は大きく怯んだ。

 同時に、限界を迎えた長剣が崩れる。

 だが攻撃の手を止める訳にはいかない。

 新たな武装でたたみかけていく。


「『虚影武装・薙刀』」


 一撃で仕留める。

 最長最大のリーチを持つこの刃で。

 自らの身長を優に超える薙刀を握る。


 大きく足を踏み込む。

 弾き飛ばしたネムが直前まで迫る。

 白兵戦での距離の縮め方は散々練習した。

 サレイ程早くはないが、実用はできる。

 これで相手に避ける術は無くなった。


 あとは刃を振り下ろすだけ。

 そうすれば俺は現実へと帰還できる。

 それはネム自身が物語った答えだ。

 ここで足止めを食らう訳にはいかない。


 全てを理解した攻撃のはずだった。

 しかし俺の体は意志すらも逆らった。


『ひぃっ!!?』

「…………っ」


 恐怖に固まるネムの表情。

 口から漏れた悲鳴。

 それが俺の脳を一時的に占拠する。

 これまでのアンデッドとは訳が違う。

 彼女にはまだ、人間らしい意識がある。


 それを自らの手にかかるという覚悟。

 確かに決意したはずの覚悟が瓦解する。


 完全に停止した俺の攻撃。

 徐々に遠のき、鈍っていく思考。

 一切の躊躇や油断はないはずだった。

 その考えが、楽観的だったと絶望する。


『甘いですね〜』


 途端に表情を喜びへ変えるネム。

 同時に俺の持つ薙刀は粉々に破壊された。

 目の前には、彼女の顔が迫る。

 胸にはナイフが突きつけられていた。


 一瞬で形勢は逆転された。

 俺は飛びのいて彼女との距離を取る。

 しかし彼女もそんな俺を追跡する。


『生きる事を考え過ぎましたか〜?』

「それは——っ!」

『それとも、今更躊躇いましたか〜?』


 彼女の言葉が俺の弱点をなぞっていた。


 複数の情報が入り混じる戦況。

 それが俺の目の前にブラインドをかけた。

 現在の戦闘は、その考えが命取り。

 これまでで最も苦手とする戦闘である。


 甘すぎる躊躇いもその一つだ。

 これまでにもう人の形は切ってきた。

 にも関わらず、意思の有無で躊躇する。

 覚悟のなさの表れだ。

 全て納得する。全て飲み込む。


 その全てを克服しなければ。

 回避を止めて俺は深くしゃがみ込む。

 何とか形勢を取り戻すために。


「『虚影武装・短刀』……次こそは」

『……次なんて、ありません』


 超至近距離で互いに斬り結ぶ。

 衝突し合うナイフと短刀。

 これで互角に渡り合えるはずだった。


 だが次第に俺は押されていく。

 武装の優劣ではない。

 運動性は俺が僅かに上回っている。

 なのに少しずつ、劣勢に回っていく。


『貴方は確かに才能豊かな方です〜』

「う、ぐっ!!」

『しかし、貴方には欠落した才もある』

「何を言っている!!」

『さて、何かわかりますか〜?』


 運動能力の差。

 持って生まれた身長差。

 重ねてきた戦闘経験。

 これら全ては俺が優っていた。

 それは当然である。


 しかしそらを束ねても埋められない壁。

 彼女が優位に立ってしまうその理由。

 俺が持たずネムが持つ、類い稀なる才。

 俺達の優劣を逆転させたのは才だ。


 ネムはその正体をよく知っていた。

 だからこそ、無知な俺にそれを語る。


『人殺しの才能、ですよ〜』


 そう言って彼女は俺の腹をナイフで突く。

 俺をこの空間へと誘った時のように。


『貴方の信奉するモンスターがどれほど驚異的なのかは知ったことではありませんが〜』

「……ッ、……!!」

『人間の天敵は、人間ですよ〜』


 静かに笑いながらナイフを回すネム。

 俺の腹がゆっくりと抉られる感覚。

 精神空間にも関わらず、激痛が走った。

 僅かに覚えのある痛みだ。

 現実にもこの痛みを受けたのだろう。


 何度も意識が飛びそうになる。

 しかし、何とか俺は食らいついていた。

 というよりは食らいつけていた。


 俺も何故だかは説明できない。

 それでも俺は意識を保っていたのだ。

 たった一つの思考を強健に保つ。

 対抗手段は、それだけでよかった。


「…………なら」

『……はい〜?』


 間抜けな声を上げるネム。

 彼女も随分と油断していたようだ。

 これで決着と錯覚して当然の状況だ。

 そうなる理由もわかる。


 そんな彼女を俺は蹴り飛ばした。

 ナイフが俺の腹部から抜ける。

 直後に走る激痛を何とか受け止める。

 ……大丈夫だ、まだ生きている。

 腹部の出血を抑えて俺は台詞を続けた。


「ならお前は、人間の天敵ではない訳だ」

『何を言っているのです〜?』

「お前はアンデッドだからな!」

『屁理屈ですか、しぶといですね〜』


 確かに屁理屈だ。今の言葉に論拠は無い。

 しかしそれはネムの言葉も同じだ。

 人間の天敵が人間である。

 彼女には人殺しの才能がある。

 それを決定づける物はどこにも無いのだ。


 加えて現状が彼女の言葉を反している。

 実際に俺はまだ死んでいない。

 現実とここで彼女は二度も俺を殺した。

 なのに俺は死んでいない。


 少なくとも、今はまだ生きている。

 それだけで彼女の言葉に反論できる。

 しかし彼女は俺をねじ伏せるべく動く。


『じきに貴方は死にますが〜……その前に息の根を止めましょうか〜』

「……うぐ、ぁっ!」


 傷口から鮮血が溢れる。

 俺は痛みの声を上げ、その場に崩れた。


 そんな俺にネムはにじり寄ってくる。

 ナイフを回し、満面の笑みで。

 その殺意を一切抑えることなく。


『逝ね、私達の仇』


 俺に跨り、首元にナイフを突きつける。

 ——この時を待っていた。


「『虚影武装・槍』!!」

『な——ぐひゃっ!?』


 勢いよく召喚した槍に貫かれるネム。

 彼女の表情は驚きにまみれていた。

 死を確信した相手の反撃。

 防御札持っていなかったようだ。


 這い出すように俺はその場から離れた。

 傷の痛みを堪え、気合いで立つ。

 まだまだやれそうだ。


『まだ、足掻きますか〜……!』

「生きて帰るまではな……!」


 顔を僅かに怒りに歪めるネム。

 力任せに槍を引き抜き、杖にして立つ。

 そして彼女は、怒りのままに叫ぶ。


『なら付き合ってあげますよ〜……貴方の死の刻限まで!!』


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