『四』番目のアンデッド!
視界に真っ黒な世界が広がる。
……それだけで、俺は異常を察した。
考える時間も必要なく記憶を遡る。
俺達は『剣士』と戦っていた。
そしてリヴァイアサンの奇策で攻略した。
これが俺の直前の記憶。
記憶と現在の状況が繋がらない。
改めて周囲を見渡す。
光一つない、漆黒の空間に俺はいる。
しかし俺の色は何故か知覚できる。
まるで俺にだけ色が宿っているように。
目に見えない床もあるが、それだけだ。
ラナもリッカも見当たらない。
「誰かいないのか!」
叫んだ声がどこまでもこだまする。
ここには本当に何もないようだ。
敵も味方も全壊剣もない。
本当に誰も、何もないのだろうか。
……違う。
近くに誰かの気配を感じる。
明らかに敵意むき出しの、何者かが。
『お目覚めですね〜』
「……!?」
『や〜っとお気付きですか〜』
俺以外の声が響く。
しかしラナ達の声ではない。
他の味方の声とも違う。
しかし、聞き覚えのある声だ。
声の主は真正面にいた。
俺と同じく、彼女にも色がある。
灰黒色の皮膚からアンデッドだとわかる。
豪勢な礼服は生前と全く変わらない。
声質も背の高さも、あの時と同じだ。
漆黒の空間で死んだ僧侶と二人きりか。
とても安全とは言えない。
『お久しぶりです〜』
「何故お前が! ここはどこだ!?」
『質問は一つずつで〜』
「いいから答えろ!」
軽い口調で語りかける僧侶・ネム。
その細い目からは感情を読み取れない。
何かを企んでいるのは確かだ。
そして俺が、その企みに嵌ったのも。
からかい飽きたのか、ため息を吐く彼女。
俺の記憶の断絶に気がついたようだ。
落ち着いた口調で、ネムは告げた。
『……いいでしょう、教えてあげます』
言葉と同時に頭上から光が差す。
即座に俺は天を見上げた。
そこには、信じられない光景があった。
「アリク様! 目を覚ましてください!!」
「意識が回復しない……シズマ!!」
「わかってる! リッカは止血に専念!」
「私がいながら……何で…………!」
「ラナは呼びかけ続けてあげて!」
俯瞰するような視点の光景。
原理は不明だが、そこには俺達がいた。
アンデッドに単騎で挑むリヴァイアサン。
必死に誰かを治療するリッカとシズマ。
それを見守りながら叫ぶラナ。
治療されているのは……俺だった。
流れ出るおびただしい量の血液。
徐々に生気を失っていく自分自身の顔。
観察も虚しく、光景はネムに切断された。
そうだ——思い出した。
剣士を倒した直後。
俺は突然現れたコイツに刺されたのだ。
あの時、彼女が自身を殺傷したナイフで。
『思い出したようですね〜……そうです、正面からざっくりと』
「なら、ここは!!」
『あなたの生と死のハザマですよ〜』
到底信じがたい言葉ではある。
だが信じざるを得ない。
この空間がそれを物語っている。
あの光景がそれを裏付けている。
だが、まだ諦める時ではない。
何が起きているのかは分からない。
ならばそれを知る者に吐かせればいい。
……たとえ、力づくでも。
『生存以外は考えないほうがいいですよ〜』
謎の忠告を語るネム。
そんな事、言われなくても承知の上だ。
生きるためにお前と戦うのだから。
召喚術は……やはり封じられている。
だが虚影召喚は生きている。
対してネムはナイフを持つのみ。
呪術の類は今のところ見えていない。
彼女のナイフ捌きは結構な腕前だ。
だが、武器自体のリーチが短い。
虚影召喚・長剣。
俺がそう唱えようとした時だった。
「…………っ!?」
意識が一気に遠のいていく。
まるで肉体から引き剥がされるように。
俺は必死にそれを抑え、自我を保つ。
一体何が起きた?
『まだまだ考えが甘いですね〜』
「どういう、事だ!」
『言ったでしょう? 生存以外考えたら〜』
「まさか……!!」
『くっひひ、その通りです〜!』
理解が及んだ時にはもう遅い。
隙だらけの俺に彼女は襲いかかる。
目の前に迫るナイフの切っ先。
ギリギリで身を翻し、何とか回避した。
生存以外を考えないほうがいい。
これは比喩ではなかったのだ。
別の事で思考が満たされた途端、俺の肉体に『死』は恐ろしい速度で近づいてくる。
それが先ほど体験した意識の乖離だ。
何と厄介な……何と彼女らしい。
思考に束縛を加える。
そしてじわじわと追い詰めていく。
俺達への当て馬としては最適解だろう。
『いわゆる適材適所、ですね〜』
笑みを浮かべてネムも語る。
適材適所。召喚術の極意と同じだ。
そしてこの配役は完璧である。
『私は貴方達への恨みが格段に強かった。だから私だけ、このように意識を保っているのです〜』
二度も戦い、血で血を洗い合った相手だ。
俺達の因縁は他のメンバーより強い。
意識を奪う量産より、特効性を選んだ。
数と再生力で押してくるイゴウ。
特殊能力で翻弄する『剣士』。
俺達を倒す為だけに作られたネム。
なるほど、上手い量産計画だ。
決して褒められたものではないが。
再びネムがナイフを掲げにじり寄る。
突進はしない。追い詰めるかのように。
どう生き残る? どう打開する?
意識を保つため、俺は思考を反芻させた。
『さあ、どうします〜?』
「…………っ!」
『ここで貴方が死んでも終わりですよ〜?』
目の前に迫るナイフ。
ここで俺が死んでも終わり。
生存の思考を忘れても終わり。
どうする? どうすればいい?
俺は、俺は——!!
「——お前を倒せば、いいんだな?」
『……えっ?』
思考が一気にクリアになる。
「『虚影武装・盾』!」
召喚した盾でナイフを弾き、ネムを殴る。
するとネムは一気に吹っ飛んだ。
確かにルールの多い空間だ。
だが同時に、まだ妙な違和感がある。
まるでまだ秘密があるような。
それをネムが隠しているような違和感。
そこに到達した時、俺の思考は鮮明化した。
謎の答えに辿り着け。彼女の隠す秘密に。
生存の未来は、きっとそこにある。
『やる気ですか〜……』
「とっとと現実に戻らないといけないからな』
『くひ、くひひ……!!』
不気味に笑うネム。
コイツと戦うのも、もう三度目か。





