敵本陣へ!!
砕けた地面の穴に飲み込まれた俺。
視界に広がったのは、白で覆われた世界。
しかしそこにブライの姿はない。
いや、ないというよりは見つからない。
予想を超えた広さと、空間自体の異常性。
それは上空からでも認識できた。
落下中の身を翻し、召喚陣を展開する。
「『移動召喚・ガルー——』」
だがここにも異変が起きていた。
移動召喚は普通の召喚より簡単に使える。
なのに召喚陣は展開されない。
地下を満たす高密度の魔力。
見たこともない思えない奇妙な植物。
僅かに覚えがあるこの肌感覚。
地下に広がる世界は、現代ではない。
8000年よりも前の世界を再現している。
つまり、魔王や龍皇の時代だ。
何かが俺の召喚術に干渉している。
「冷静なのはいいけど、自分がピンチだって忘れてない?」
不意に上からつままれる感覚。
誰かと思えばシズマだ。
確かに今の俺はかなり呑気だった。
黒翼を羽ばたかせ、地上に降りるシズマ。
俺も彼女に合わせて着陸する。
同時に降ろされるもう一つの人影。
彼女が助けたのは俺だけではなかった。
「あー、完全に気絶してるわ」
「リッカまで助けてくれたのか……」
「嫌いじゃないからね、この子」
目を回したリッカを地面へ降ろす。
環境はこの上と大きく異なっている。
岩盤に覆われた地上に対し、植物が多い。
地面も柔らかな土だ。
そして、その全てが白一色。
「他のみんなはどこへ行った?」
「勇者の2人は一緒に落ちてきたけど、暗黒龍とリヴァイアサンは見なかった」
「……はぐれたってことか」
「そういうことになるね」
未知は空間において困ったことになった。
サレイ達なら恐らく無事だろう。
しかしそれは着地したところまで。
この空間自体に何があるかわからない。
俺の予想が正しければ、この空間はリーヴァが生まれた時とほぼ同じ環境のはずだ。
今は二人の無事を祈るしかない。
さて、俺たちはどうするか。
召喚術の起動が鈍いのは理解した。
だがそこで諦めてしまっては仕方ない。
俺自身の召喚術を最適化する。
できないことはないが複雑な仕事だ。
しかしそればかりに集中もできない訳で。
「この子、どうする?」
「連れて行くに決まってるだろ」
「いやそこは当然として、どうやって連れてく? 抱えていくのはかなり危険だと思う」
気絶したリッカの前にしゃがむ。
目を回し、口を半開きにした間抜け顔。
それでも美人なのはある意味流石だ。
当然彼女をここに放置する訳にいかない。
シズマの意見に一理ある。
抱えて歩くには大きな荷物だ。
何故か人間態になっているが、それでも人間一人を担いで歩くのはなかなか手間になる。
気絶した彼女を同行させる方法……。
「……もう一回やるか」
俺の現状と並べて現れた一つの案。
一瞬躊躇ったが、恐らくこれが最適解だ。
「気絶した子と融合ね……」
「たぶんできると思うのだが」
少々憚られるものがあるのも確かだ。
前回の融合時はかなり嫌がっていたし。
それでも有事、選んでいる暇はない。
魔王の能力を起動し、融合する。
死にかけていた者とも融合できるのだ。
気絶した相手にも有効なはず。
強引かもしれないが許してくれ、リッカ。
「……ふぅ、うまくいった」
「失敗してるでしょ、性別変わってるし」
「いや、リッカの場合はこれで成功だ」
融合自体をシズマが見るのは初めてか。
だとしたら、いきなりトップクラスのイレギュラーを見せてしまったかもしれない。
龍皇との融合は普通だったのだが。
まあ、これで危険を減らせるなら良いか。
地面の全壊剣を拾い上げる。
……いつもより若干重く感じる。
この空間の異常性だろうか。
それとも融合の影響か?
どちらもあり得るのが怖いところだ。
これで露出していた弱点は消えた。
ここからは俺達が動いて調べるしかない。
「いや……そうでもないみたいだよ」
目を鋭くしたシズマが呟く。
同時に俺も、周囲の異常を察した。
一切の音がない真っ白な植物の森。
遥か遠くから、何者かが迫る音がする。
離れてもわかる膨大な魔力の塊。
俺は全壊剣を構え、来襲に備えた。
『…………!!』
森の中から飛び出した影。
その影の正体に、俺は度肝を抜いた。
「イゴウ……!?」
イゴウ・モルツ。
勇者パーティにいた"元"格闘家だ。
……ネムによって殺害されたはずの人物。
それが何故か、俺達を狙って現れた。
飛びかかりざまに迫る拳。
俺はそれを、全壊剣の峰で防ぐ。
鉄塊に勢いよく衝突した拳はひしゃげ、人体としてはあらぬ方向へと曲がっていく。
しかしイゴウは、全く意に介していない。
それどころか彼女は笑っていた。
張り付いたような笑みで俺を見るイゴウ。
その表情に戦慄を覚える。
アンデッドだ。
皮膚の色も生前に比べ非常に悪い。
恐らく思考も単調化しているのだろう。
「アリク・エル! しゃがんで!」
その指示に俺は従った。
直後、俺の上を跳ぶシズマ。
彼女は電気を纏った拳で彼女を殴る。
俺との戦闘では使っていなかった技だ。
勢いよく吹き飛んでいくイゴウ。
……恐らく、今の攻撃は効いていない。
大したダメージにはなっていないだろう。
『……!!!』
「そんな、立った!?」
「奴はダヌアのような丁寧に復活させられたアンデッドじゃない! 痛みや感覚が薄いはずだ!」
見た目は確かにイゴウのままだ。
しかし彼女は一アンデッド。
そこにネムのような偏愛は感じない。
都合の良い手駒のような扱いだ。
イゴウの損傷が緩やかに回復していく。
アンデッドなら珍しくない光景だ。
だがこれが、イゴウだと厄介になる。
攻撃特化の生前に回復が付くのだ。
面倒なことこの上ない。
傷が治る前に再び襲い来るイゴウ。
俺達も当然身構える。
しかし、そこに頭上から声が響いた。
「伏せろマスター!!」
叫びと共に迫るリヴァイアサン。
直後、巨大な触手にイゴウは潰される。
容赦ない一撃に、敵は一沈黙した。
しかしリヴァイアサンの表情は険しい。
その背後にはラナもいる。
「アリク様、こちらへ!」
「……よし! 引くぞ!!」
青ざめた表情で俺の手を引くラナ。
慌てるように扇動するリヴァイアサン。
厄介だが、敵わぬ相手ではない敵だ。
一体何が……?
「もし……あれが無限にいるとしたら!」
走りながらそう呟いたリヴァイアサン。
突拍子も無い発言に、俺は困惑した。





