一つの因縁が終わる時
リヴァイアサンを食い止めるサレイ達。
そこに歩み寄る、1人の少女。
シズマ・シン。ブライの妹であり協力者。
ラナの意識を誘拐した相手でもある。
「何しにここに来やがった!」
「貸しを作るためって言ったでしょ?」
薄い感情と飄々とした態度は変わらない。
決して油断ならない相手だ。
リーヴァが威嚇するのも当然である。
それでもシズマは一切動じない。
ある意味仕事人気質の彼女。
異常な過去を背負い、尚も理性がある。
そんな彼女に俺は協力を依頼した。
とある"条件"と共に。
結果的に今、彼女はここに現れた。
俺に貸しを作るという名目で。
……逆に俺が貸し1だと思うのだが。
ともかくリヴァイアサンにゆっくりと接近した彼女は、なんの前動作もなくこちらに語りかけてきた。
「サキュバス、そちらの状況を話して」
『こっちの声が聞こえるの!?』
「半分とはいえ私だって貴女と同じ種族なのよ? 心が読めて何かおかしい?」
『アタシは聞こえなかったんだけど!』
「えぇー……?」
妙な会話を交わすリッカとシズマ。
読心はシズマのほうが上らしい。
「召喚陣……そういう事ね」
俺の設置した召喚陣にも気づいた。
だが既に、のんびりしている余裕はない。
俺もリッカもほぼ限界だ。
しかしリヴァイアサンは尚も暴れ回る。
自身の危機を察したかのように。
迫る攻撃をギリギリでよけるシズマ。
2人がかりで食い止めるサレイ達。
ある意味対照的な光景だ。
「リーヴァ! この子を援護しよう!」
「でもコイツは敵の!!」
「いいから早くっ!」
先に提案したのはサレイだった。
シズマは焦りこそ顔に出していない。
だが正直に言えば戦力不足だ。
リヴァイアサンの一撃で散りかねない。
サレイは既に、それを悟っていた。
「そう簡単に、いくかァっ!!」
叫びと共にリヴァイアサンの乱撃が迫る。
これまで以上に見境のない連撃だ。
その全てを、リーヴァとサレイが弾く。
ゆっくりと歩いてきていたシズマも、翼を広げて一気に距離を詰めてきた。
飛行能力もリッカより高い。
接触し魔力を流し込めば、術は起動する。
そこまでのお膳立ては完了した。
魔力の操作は既に取り戻している。
あとは、召喚術が起動すれば。
こちらに手を伸ばすシズマ。
そこへ攻撃を加えるリヴァイアサン。
僅かに後者のほうが早い。
だが、その攻撃は何者かに制止された。
一本の巨大な触手に絡む無数の触手。
リヴァイアサンのものでは無い。
「な……に…………っ!!?」
「————!!」
その主はアビス。
彼女もまた、間一髪で間に合った。
姿はヒトデに戻りかかっている。
リヴァイアサン無しでは、変身能力も完璧に使いこなせるわけでは無いらしい。
触手も以前に比べて非力である。
それでも時間稼ぎは大成功だ。
リヴァイアサンの胸に触れるシズマ。
一気に、魔力は流れ込む。
「ぐ、あぁぁああぁァアアアア!!」
瞬間、青白い稲妻が弾け飛ぶ。
頭の中にバリバリと爆音が響く。
皮膚を剥がすような痛身が全身に走る。
だが苦しみは無かった。
あるのは開放感のみ。
同時に、全ての感覚が戻ってくる。
間接的では無い……俺の体の感覚だ。
「一応聞くけど、無事?」
「まあ何とかな」
『5回くらい死んだと思ったわ全く!!』
俺たちに問いかけるシズマ。
いつの間にか俺は地面に座っていた。
腕にはリッカがしがみついている。
全ての融合が解除されたようだ。
リヴァイアサンも切り離された。
彼女は実体を維持できないらしい。
そんな彼女の声が、細く聞こえてくる。
「く、そ……ぉ…………っ!」
地に伏せ、涙を浮かべるリヴァイアサン。
声色も歪んでいる。
そんな彼女に少々同情してしまう。
彼女の目的は、リーヴァとの再戦だった。
しかし彼女はアビスに囚われていた。
今回の乗っ取りはまさに千載一遇。
またと無いチャンスだったのだ。
非常時といえ俺達はそれを無粋に潰した。
そんな彼女にアビスは歩み寄る。
そしてゆっくりと、彼女を抱きしめた。
「何だ、お前……」
「————」
「な、なんのつもりだ?」
リヴァイアサンの体を抱くアビス。
両者は柔らかな光に包まれる。
2つの肉体が、1つになっていく。
魔王の能力とはまた違う形で。
やがて光は解け、1つの少女になる。
自らの姿を見て少女は呟いた。
「これは……そうか、お前は……」
人格は紛れもなくリヴァイアサンだ。
だがアビスの存在も感じ取れる。
彼女達の関係は変化したのだ。
かつてはアビスがリヴァイアサンの能力や肉体を完全に掌握してしまっていた。
先程の俺のようなものだ。
それが今は、完全に共有されている。
1つの体に2つの精神が宿っている。
「あー、リヴァイアサン?」
「ムラサメッ!!」
「そう肩の力を入れんなっての」
気まずそうに話しかけるリーヴァ。
リヴァイアサンは威嚇するが、攻撃しない。
アビスがそれを止めているようだ。
そんな彼女に、リーヴァが問う。
「何でアタシと再戦しようとした?」
「当然だ、私は決着をつけたかった!」
それは散々提出されていた回答だ。
しかし彼女の言葉尻は変化している。
加えて悔しそうなその表情。
まるで決着を"悟った"かのようだ。
リーヴァも神妙な面持ちで口を開く。
その顔は、仄かに笑っていた。
「そーだなぁ、引き分けだ」
目を丸くするリヴァイアサン。
自分の答えとの乖離に戸惑っていた。
リーヴァは続ける。
「実力はアンタのが圧倒的に上だよ、アンタは|死合い(試合)に負けただけ。前の戦いも今回も、アタシ1人じゃ勝てなかった」
リーヴァの理由は頷けた。
確かにリヴァイアサンの強さは圧倒的。
対策が無ければ勝てる相手では無い。
前回も今回も、何とか攻略できた。
それが宿敵に対するリーヴァの印象だ。
因縁がある故の信頼。
リーヴァはそっと、手を差し伸べた。
その手をリヴァイアサンは——掴まない。
自らの力でゆっくりと立ち上がり、告げる。
「それでも私は、敗北を認める」
……リヴァイアサンも頑固だ。
それだけ呟き、彼女は俺へと向く。
「——アリク・エル。此度は大変失敬を働いてしまった。申し訳ない」
頭を深々と下がるリヴァイアサン。
その姿に、俺は僅かに驚いた。
確かに俺は体を乗っ取られた。
死を覚悟する激痛も体験させられた。
だが俺も彼女には失礼を働いた。
彼女の記憶を無断で覗いた。
一方的に謝られるのは俺も困る。
顔を上げさせ、俺も謝罪する。
その様子を見る彼女は不思議そうだ。
「此奴からも謝罪は受けている」
自らの胸に手を置くリヴァイアサン。
此奴とは恐らくアビスの事だろう。
確かに無断で乗っ取っていたわけだ。
謝る理由もわかる。
だが胸に手を置いたまま、なぜかリヴァイアサンはその場へと跪いた。
そして俺の手を取り、呟く。
「私はお前に忠誠を誓う——これはアビスの意思であり、私なりのケジメだ」
……またお堅いな。
しかし彼女らしい選択に思える。
これまでもその義理堅さは垣間見得た。
言う通り、融合したアビスの意思。
肉体を保つ手助けをしてくれた恩義。
迷惑をかけた事への礼。
それが、彼女の決意だろう。
「しかし忠誠っていうのは」
「私じゃ気に食わんか」
やはり彼女も魔王軍の幹部だ。
雰囲気が龍皇に似ている。
それでも何か、吹っ切れたようだ。





