その作戦は、シンプルでデンジャラス
『アリク! 聞こえる!?』
リッカの声が体内にこだまする。
体に違和感はないが、その声は異質だ。
揺れるように、その声は響いている。
その変化はリヴァイアサンも感じていた。
ただ効果の程は俺と異なるらしい。
明らかに大雑把に変わる彼女の動き。
回避行動も乱雑になっていく。
防御面に至っては非常に無駄が多い。
技巧がなく、明らかな力任せだ。
「叫ぶな……騒ぐな、女ぁっ!」
「戦闘に集中しろってのバーカ!」
「ぐぁっっ!?」
注意が逸れ、避けられた攻撃を食らう。
それ程リヴァイアサンの神経は鈍っていた。
恐らくはリッカの使う術の応用。
記憶潜航と同じ、意識や精神操作の類だ。
この声もまたその術の効果だろう。
リッカが喋る度に苦しむリヴァイアサン。
咄嗟の行動も、効果は確実に出ていた。
「リッカちゃん、先輩を頼む!」
『うん! 任せて!!』
サレイとリッカの間に会話は成立しない。
俺の肉体をリヴァイアサンから奪還する。
それがサレイの目的であった。
しかしリヴァイアサンの強さは桁違い。
2人で攻撃をさばくのがやっとだった。
俺自身、現状での脱出は困難と予想した。
何か起点がなければ逆転はできない。
そこに現れた光明こそがリッカだ。
本当ならばリッカの強さはリヴァイアサンの半分以下、肉弾戦ではまともに戦える相手ではない。
それでも彼女達は同じS級モンスター。
土俵を変えれば、力関係は逆転する。
精神戦は言わばリッカの独壇場だ。
そんな彼女が、俺に叫ぶ。
『アタシの声が聞こえてるかはわからないけど、でも聞こえてると信じて伝える! もしわかったら、アタシの指示通りに動いて!!』
それは逆転を狙う彼女の作戦だった。
内容は当然、リヴァイアサンにも伝わる。
しかし彼女は何もすることができない。
もう既に始まっているからだ。
まずリヴァイアサンの精神力を弱める。
既にリッカが実行済みの手順だ。
これにより無理やり繋がった融合は破壊され、少しずつ曖昧になる……らしい。リーヴァ曰く。
その間に俺のすることはただ1つ。
リヴァイアサンの召喚陣を、融合解除と同じ要領で体の内部に展開しておく。たったそれだけだ。
奪われているが元は俺の肉体。
脱出不能なら、相手を出せばいい。
シンプルながらとてもわかりやすい。
ほぼ力技ととんちのようなものだ。
「やめろ! 召喚術師!!」
だが、答え合わせは容易だった。
頬には疲労ではない汗が伝う感覚。
リヴァイアサンは露骨に嫌がっていた。
それにしてもリッカの手際には驚いた。
たった1回しか俺達は融合していない。
なのに術を理尽くしていた。
確実に俺よりも詳しい気がする。
だが、リヴァイアサンも黙ってはいない。
「戦わせろ……ムラサメと、全力でっ!」
『ならアリクを返して!』
「それはできない相談だ!』
『それじゃあ諦めるんだね!』
しぶとく俺の肉体にしがみつく。
大木が強く根を張っているかのように。
「諦めるものか! またとない好機を!」
『アタシだって諦めたくないの!』
リッカも全力で対抗している。
全身に駆け巡る彼女の術が篭った魔力。
それがリヴァイアサンの根を壊していく。
互いの魔力量は、完全に拮抗した。
神経をちぎり合うような戦い。
当然、俺にも激痛が走る。
だが意識ははっきりとしていた。
感じたことのないような新たな痛み。
それは俺の意識を滅茶苦茶にこじ開けた。
冷静を保たなければ、気が狂う。
極限の危機管理能力が働いていた。
「うぐあああぁぁあぁぁぁっっっ!!!」
『ぐ、うぅぅっっ!!』
痛みは恐らくリッカも同じはずだ。
だが僅かにリヴァイアサンが押している。
技量ではなく、これまた力づく。
当然激痛も俺達以上に感じているはず。
それを彼女は気合で無視している。
冷静を保ち、狂気から逃れる俺。
リヴァイアサンは自ら狂気に身を浸す。
奇しくも真逆の対処法を取ったのだ。
「ムラサメェェェエエエエエ!!!」
その選択肢が、彼女の雑念を洗い流す。
リッカの妨害も狂気の上では通用しない。
融合は確実に曖昧になっていく。
それでもなお、リヴァイアサンはサレイ達……いや、リーヴァを殺すためだけに襲いかかる。
その攻撃を2人の勇者はいなしていく。
表情に余裕は一切感じられない。
いつもの軽口を言う余裕すら無い。
一刻も早くリヴァイアサンを止めねば。
俺もリーヴァへ魔力を繋ぐ。
しかしそれでは僅かに足りない。
時間さえあれば、肉体を取り戻せる。
だがその時間が今はないのだ。
あと少し、もう少しなんだ。
せめて召喚陣を起動できる誰かが。
「それ、私が手伝うよ」
声と共に、空から影が舞い降りる。
低く透き通った女声。
リッカとはまた違う『魅惑』の声だ。
確かに召喚術師である彼女なら。
同時に"ハーフサキュバス"の彼女なら。
この逆境にもってこいの助っ人だ。
合流は予想よりも遅くなってしまったが。
「「…………は!?」」
『な、何であの子がここに!?』
唖然とするサレイとリーヴァ。
状況を忘れ驚愕するリッカ。
まあ、それも仕方ないか。
それは俺とシーシャだけが交わした約束。
……ありえない協力者なのだから。
「シズマ・シンいろいろお世話になったし、これからも迷惑かけるだろうから。先に貸しを作っておこうか」





