からかい上手のゴーレムマスターさん
結局日没まで遊んでしまった。
まるで怖い夢を振り払うかのように。
あのホブゴブリンと、今後どんな顔をして付き合っていけば良いのだろう。
……アイツの相方と相談してみるか、今度。
「アリさん? あーりーさん?」
「……おう、マキナか」
「夕食の片付け、しましょう?」
金銀姉妹とラナはもう眠っている。
俺たちが全ての片付けを一任したからだ。
主役には楽しんでもらいたい。
ラナはまだ無垢な子供のようなものだ。
だからこそ、俺たち二人は半ば保護者のように三人を楽しませる事にした。
汚れた皿にバーベキューの火元。
ともかく、食器系の洗浄は大変だ。
海に流すわけにもいかない。
だからこそ、こういう時の召喚術——
「ゴーレムって便利だな」
「ええ。まあ土と水があればですが」
——ではなく、マキナのゴーレムだ。
召喚術の醍醐味は適材適所と応用性。
対してゴーレムの醍醐味は発想のようだ。
自然のモンスターから力を借りる。
人の発想力で自然に抗う。
同じ自然との向き合いなのに、全くアプローチが違う。なるほど、仲が悪い原因がまたわかった気がする。
「食器は終わった。そっちはどうだ?」
「細かい汚れを集めて完了です」
「手伝うか?」
「先に休んでください」
そうは言うが、先に休んだら薄情者だ。
彼女の後ろ姿を眺めながら待つ。
暑いからと、彼女は水着のままだ。
しかし流石にパレオは付けていない。
代わりに少し使い古されたエプロンとショートパンツを履いている。
露出の少ない前と比べ、背中は丸見えだ。
細く美しい肢体が、筋肉で小さく流動する。
「背中に何か付いてますか?」
「い、いや、すまん、そういうつもりじゃ」
「結構綺麗でしょう? 別にいいですよ」
何が別にいいんだ。
まさか見ていろって事じゃないだろうな?
……何の目的で。
彼女は俺の歯車を空回りさせてくる。
村に来たときからずっとそうだ。
なのに、未だに目的は不明のまま。
いずれ何を企んでるか必ず暴いてやる。
「そうだ、背中といえば」
「ん?」
「ラナさんの背中、どうしたのです?」
あの傷の話か、まあ気になるだろう。
さて、どう説明すればよろしいのやら。
モンスターには彼女の正体がバレている。
だが人間には未だ話したことがない。
当然村長やシーシャ、彼女にもだ。
暗黒龍に変身能力がある。
それが世間にバレたら、一体どうなるか。
「どうして傷を負ったのかは知らない。でも治療したのが俺でな」
「へぇ、あなたが」
「ラナとはその時からの仲だ」
言っていない情報はいくつもある。
だが、肝心な部分はぼかしていない。
ラナと他の人々を繋ぐには、どうしても彼女の正体を知られてはいけない。
今はまだ、人間と龍の距離は遠すぎる。
「ボクばかりアリさんを知ってるのも何か失礼ですし、ボクの過去も語りましょうか」
俺の複雑な心境をよそに、マキナが口を開く。
別に俺は気にしていない。
……だが。
それはそれとして彼女の過去は気になる。
俺のスローライフを掻き回すマキナ。
彼女の過去に、何があったのか。
「ボク、元は研究員だったのです」
「それはゴーレムのか?」
「当然です。ゴーレム一筋ですから」
ゴーレム研究か。
名前だけなら昔にどこかで聞いた。
しかし、いかんせん専攻が正反対だ。
まあだからこそこれ程の腕なのだろう。
土と水の塊を手足のように動かしている。
「でも上司がとんでもない人間でして」
ああ上司か……。
上の人間がゴミだったので共感できる。
勇者様と並べて良いのかはわからないが。
今の実質的な上の人間はシーシャだ。
……現状信頼度の差がデカすぎる。
「追い出された時も酷くて、ボクの論文とサンプル没収して即日追放ですよ?」
「……そいつはすげーな」
俺は信用と経験値、時間を。
マキナは功績と仕事と研究を。
それぞれ自分たちの人間関係に対する不運に奪われたって事か。
しかし論文とはあまりにも露骨だ。
文字通り手柄の横取りだろう。
同時に彼女の書いた論文の内容というのも少し気になるところ。一度拝読してみたい。
「ふぅ、完了です」
「お疲れ様、汗流してくるか?」
話している間に掃除も終わったらしい。
ここは無人島だ。
だがなんと、マキナが簡易風呂を用意してくれた。しかもゴーレムとは全く関係無いやつだ。
俺もさっぱりしたいが、ここは先を譲る。
先に男が入った風呂は嫌だろう。
「そうだ、一緒に行きますか?」
「冗談も大概にしろ」
「フフフ……さて、どうでしょう」
……ほら、またそうやって冗談を言う。
「ボクは別にいいですよ?」
「先に行けっ!」