魔人に関する仮説
「準備できました」
ゴーレムの背に並ぶ数台の通信ゴーレム。
妙な景色だが、これで会議が行える。
相変わらず利便性は半端ない。
「全員いるな?」
俺の言葉に、息のずれた返答がくる。
参加者全員の声が聞こえた。
これで意見交換が行える。
と言っても悠長な事はしていられない。
あくまで迅速に、用件だけを伝える。
まずは現在の戦況からだ。
これはシルバゴが観察していたらしい。
金銀姉妹がいるのは最前線と呼べる場所。
敵のS級も、今はそこに集っている。
『小型モンスターは半分以上が撃退完了。ペガサスはウシオニと、フェニックスはメリッサさん率いる勇者連合と衝突中です』
「大丈夫なのか?」
『優勢とは言えませんが、拮抗状態です』
「S級相手に拮抗か……凄いな」
ウシオニは同じS級だからわかる。
しかしメリッサと勇者連合は何なんだ?
数の多さはS級との戦いにおいて無意味。
なのに互角という事は、それだけの実力者が集まっているという事か。
……良かった。
少しだけ、俺が全て倒す事を考えていた。
肩の荷が少し降りた感覚がする。
戦況の把握はだいたいできた。
しかしこのままでは決着に至らない。
事件を引き起こした全ての元凶。
——ブライを何とかしなければ。
「でも奴の場所はわからないんだろ?」
サレイが冷静な口調で指摘する。
俺の目的は既に全員が知っている。
会議を始める前に、先んじて話した。
しかし返答はサレイのものとほぼ同じ。
未だ今場所の特定すらできていない相手を倒すなど、そもそもが不可能であると。
だがそれは、否定材料にはならない。
見つかっていない事が前提なのだから。
俺の思考に芽生えた仮説。
それはリッカの言葉で確信へ変わる。
凶暴ながら、高い計画性を持つブライ。
彼の目線に立てば、恐らく……。
「潜伏地点の見当はついた」
俺の言葉に、全員がざわついた。
「本当ですか、アリさん!?」
「ああ、多分ここしかないと思う」
『是非とも詳細を』
シルバゴに急かされて俺は仮説を語る。
気づいたのは、制圧魔術の解除後。
更に三本の光の柱を見つけた時だった。
これまでもブライは慎重に活動してきた。
ブライが活発に動くときは、決まって絶対的な立場に立てる算段があるときだけだ。
1度目の戦闘、あの暗殺未遂事件。
その時に連れていたのがシズマだ。
ブライは彼女を秘密兵器と呼んでいた。
そして2度目はつい最近の覚醒時。
魔王という絶対的な力を手に入れた時だ。
しかし結果は両方とも失敗。
だが彼はどちらにも保険をかけていた。
自信を持って強いと言えるものがあるにもかかわらず、だ。
『あ、さっきの質問……』
端的に言えばブライは臆病なのだ。
それ故にいくつもの保険をかけていた。
1つで十分な制圧魔術を4つ。
解除される度に現れるS級モンスター。
更には魔力の再利用までしている。
安全な場所から高みの見物をしているなら、ここまで綿密に保険を立てるだろうか。
ただ隠れる場所はない。
自らを回復できるような場所も。
地上には、無い。
ならば一体どこにあるのだろうか?
自由に操作できる膨大な魔力を蓄積し、なおかつ自らの傷ついた体を癒し強化する事が出来る場所は。
『待てアリク様、ってことはまさか!』
最初から彼の本拠地は見えていた。
シズマと戦っている時から、ずっと。
「勇者は地下にいる……そうだろ、シズマ?」
「一応正解って言っておく」
目を覚ましたシズマが答え合わせする。
再び全員がどよめいた。
目を覚ました彼女は今、憲兵達が監視する中で通話している。
しかし彼女はブライの妹。
全面的には信じられない者も多い。
正直に言えば、俺もまだ信頼していない。
庇うために嘘をついてもおかしくない。
昔の俺なら、そう考えただろう。
だが俺は、彼女の涙を見た。
彼女の過去を見た。
彼女の慟哭と謝罪を聞き届けた。
故に俺は信じる事にした。
「なら次はどうするか……ん?」
「どうしたサレイ、何かあったか」
「————先輩! マキナ女史! 逃げ」
サレイの言葉を最後に、通信が途絶えた。
……いや、途絶えたのは俺たちか。
シルバゴの戦況報告を思い出す。
足止めされていたのは、2体のモンスター。
だが、召喚されたS級は3体。
アトラスの足止めが成されていなかった。
「うわっ!?」
「アリさん!!?」
激しい衝撃がゴーレムに走る。
それによって俺は背中から落下した。
頭上を見れば、アトラスがゴーレムに回し蹴りを入れている姿があった。
「ぐ……っ!」
翼で滑空し、俺は地面へと着陸する。
直後、懐のゴーレムが鳴り響いた。
「アリク・エル。大丈夫?」
「何とかな。それよりマキナは」
「あの女性ならゴーレムと一緒にアトラスを食い止めてるよ」
通信相手はシズマ。
彼女とは、会議前にとある契約をした。
それは会議終了と同時に履行する予定だった。
しかし見ての通り、アトラスの攻撃によって会議は突発的に中断された。その場合の対処を聞きたいようだ。
「ああ、それなら」
「……ちょっとごめん、その前に1つお願いいいかな」
通話越しにシズマが訪ねてくる。
お願いと言われても、それは内容次第だ。
まだ完全には信頼していない。
内容次第では当然却下——。
『た、助けてアリク〜!!』
「私の記憶を覗いた半同族を助けてあげて」
アトラスの足元で悲鳴をあげるS級魔族。
彼女のお願いはその救出だった。
……落ちてたのか、リッカも。
「今から助けに行く」
リッカを助け次第、地下への突入法を探そう。