魔王の遺産、完成!!(後)
ギガ・キマイラが俺に喰らいつく。
回避行動をとる暇すらない一瞬。
腰から下を噛みちぎらんとする殺意。
誰に阻止される事も無く、降りかかる。
「……何でまた融合した、龍皇」
結論から言えば、俺は死ななかった。
確かに奴の大顎は俺に牙を突き立てた。
並の人間ならば既に死亡している。
腹部に歯を突き立てられ、真っ二つ。
腰から下は食われていただろう。
だがその巨大な牙は俺を貫けない。
正確には"暗黒龍の鱗"を砕けなかった。
俺の腹部を覆う鱗に阻まれる牙。
分離したばかりの龍皇が俺の内にいる。
彼の意思で、再び融合していたのだ。
『貴様は魔王様の術を完成させた』
「まだ完璧とは言えないけどな」
『最早融合への懸念など無い』
龍皇の語る理由を聞きながら、ギガ・キマイラの口を力任せにこじ開けていく。
魔王の果たせなかった術の完成。
俺はそこへと一歩近づいた。
だから龍皇は自ら俺と融合したのだ。
欠点が消えたからこそできる術だ。
『我が認めてやろう、貴様の才を』
「そうか……ありがとうっ!」
ギガ・キマイラから逃れ、蹴りを見舞う。
見事蹴りはその顎を深く捉えた。
合成獣の巨体は、勢いよく吹き飛ぶ。
龍皇から改めて評価を受けた。
しかしその言葉には何か含みがある。
まるで次を望んでいるかのようだ。
起こした奇跡を、もう一度と。
そして俺の予想は的中する。
『我が能力も完璧に身につけてみせよ』
「そうは言ってもだな!」
『知識が無いから難しい、か』
「正解だっ!」
俺が返す前に、龍皇は言い当てた。
この能力の完成は正しく奇跡だ。
召喚術の知識があるからこそ起こせた。
龍皇の能力とは別の領域だ。
龍皇との会話中も戦闘は止まらない。
再融合しようが奴にとっては無関係だ。
2本の腕と無数の触手が、俺に迫る。
このままでは、俺の劣勢も変わらない。
先程使った火炎弾の応用を再度使う。
口からでは無く掌に収束する魔力。
基礎である口よりは威力が僅かに劣る。
しかしそのぶん、制御がしやすい。
更に両手で作れば威力低下も補える。
奴の一撃を避け、火炎弾を投げつけた。
「はあッ!!」
『口ではそう言っているが、我が能力に妙な応用を用いているではないか』
ギガ・キマイラの左肩で炸裂する火炎弾。
少々狙いから外れてしまった。
龍皇の言葉に少し集中を削られた。
……いや、言い訳をしてはいけない。
今のは完全に俺の力不足だ。
『気をつけろ、次撃が来るぞ』
撃ち落とせなかった触手が迫る。
火炎弾によって左腕は抑制できた。
それでも右腕は健在。
攻略の難題は、未だ変わらない。
攻撃を避けつつ俺は思考する。
魔王の能力を完成させた時。
龍皇は俺を信頼していた。
今もまた、彼は俺を信じている。
『辞退は許さん』
「……ああ、そこまで言うなら」
龍皇の叱咤が走る。
時を同じくして、俺も気づいた。
何も変わりはしないのだ。
彼の信頼に応えるという一点で。
ならばやる事も、何一つ変わらない。
迫るギガ・キマイラの触手に対峙する。
回避ばかりではキリが無いからな。
——ギアァァアアアア!!!——
数十の触手を鈍色に輝く爪で切り薙ぐ。
数百の触手を火炎弾の爆炎で吹き飛ばす。
数千の触手と巨腕を纏めて睨みつけ、天へと昇る炎柱の中で燃やし尽くす。
——グオオァァァアアアア!!——
迎撃を抜けてギガ・キマイラに届いた。
獣の右足と俺の脚が衝突する。
簡単に押し返されそうな圧倒的質量差だ。
だがまだだ。まだこの程度では無い。
翼を羽ばたかせ、無理やりに押し込む。
更に駄目押しで火炎弾を連続発射。
質量で負けるなら、質のみで押し通す。
一撃を、極限まで研ぎ澄ませ。
衝突から数秒、奴は突然飛び退いた。
しかし着地寸前で前足を崩して倒れる。
俺の攻撃は通用していた。
故にギガ・キマイラは退いたのだ。
このまま行けば有効に戦える。
……いや、まだだ。
「まだだ、まだ研ぎ澄ませる!!」
『ク、フハハハハハ! そうだ小僧!』
着地と同時に俺は地面を蹴る。
視界は歪み一瞬で巨躯の懐に入る。
露わになった獣の腹部。
勢いを殺さず、俺は下から蹴り上げた。
足の爪が皮膚を切り裂き、ギガ・キマイラの肉体を空高く打ち上げた。
『その鋭利さ、正しく暗黒龍の爪』
瞬時に俺も上空へ飛び上がる。
無防備になったギガ・キマイラ。
その上へ回り込み、火炎弾を構える。
両手には完全に収束した炎の塊。
口からは赤黒の火炎放射。
暗黒龍が用いる2種の炎撃を、同時に無防備なその肉体へと叩き込んでいく。
上空から地面へ叩きつけられる合成獣。
だが、これではまだ召喚解除に至らない。
『地を抉る爆炎は、暗黒龍の証』
爪も炎も『暗黒龍』の能力だ。
俺が力を借りている『龍皇』では無い。
同族最強の力を誇る戦士。
彼の力が、こんなものの筈がない。
これまでは俺の力不足だった。
怠慢が彼の能力を殺してしまった。
だが、もうそんな事は起きない。
再び立ち上がらんとするギガ・キマイラを睨みつけ、俺は叫ぶ。
「『これで、終わりだッ!』」
燃え滾る闘争心を炎へ変える。
感情の昂りに応じ、炎柱は天をも焦がす。
これが正真正銘——龍皇の持つ能力。
厳格な内に秘めた熱き精神。
『燦然たる炎柱は、我が魂の光輝』
精神高揚に比例した威力の向上。
超威力の秘密は、龍皇の昂りにあった。
——グ、グァ……!!!——
最早ギガ・キマイラは反撃すらできない。
遂にその身を横たえ、光の粒子となる。
……すまない。こんなに傷つけて。
もしも再び会う時があれば、仲間として。
言葉にはせず、召喚解除を見届けた。
『受け入れよう、我等暗黒龍の同胞と』
「随分と楽しそうだな」
『偶には良かろう?』
龍皇には珍しい弾んだ言葉遣いだ。
相当気分が高揚しているらしい。
……正直、最後の言葉には感動した。
やっと俺を仲間と認めてくれたようだ。
少し誇らしい気分に浸っていると、懐の通信用ゴーレムが強く鳴り響いた。
この激戦で故障しなかったか。
相手は当然マキナである。
「そちらは大丈夫ですか?」
「ああ、俺も一度そっちへ戻る」
「……出来るだけ早くお願いします」
言い終わると同時に通信が途絶える。
僅かだが明らかに不穏な様子だ。
巨大なゴーレムの背へと急ぐ。
一体、何が起きている?
次回は11/28(水)投稿予定!
22時〜23時ごろの予定です!
お楽しみに!





