魔王の遺産、完成!!(前)
ギガ・キマイラ第2形態。
容貌は洗練され、神々しさすら感じる。
だが神秘的なその姿も俺からすれば脅威だ。
ガルーダから降り、地面に立つ。
周囲には翡翠の翼が奏でる羽音が響く。
見上げると金色の瞳が俺を射抜かんとする。
視線だけで皮膚が焼けるような威圧感。
息を飲んだ直後、大気が揺れた。
同時に視界からギガ・キマイラが消える。
『来るぞ!』
警鐘を鳴らす龍皇。
が——俺は出遅れた。
何もわからないまま吹き飛ばされる。
ガルーダのドームを突き抜ける俺。
世界がぐるぐると乱回転する。
空飛ぶモンスターを弾き飛ばしていく。
龍皇と融合していなければ即死だ。
散々飛ばされ、地面へ衝突し抉っていく。
周囲を見てもここが何処かわからない。
敵モンスターの群れの中にいる。
それだけが確かな情報だ。
この一撃で俺の策は全て台無しだ。
それどころか初期より悪化している。
『此奴、学習しておる』
「この為の第1段階か」
『別の戦法で行くしかあるまい』
周囲には何もいない。
モンスター達も俺を避けたらしい。
即座に俺は身を起こす。
すると、急激に辺りが暗く陰り出した。
咄嗟に俺は空を見上げる。
やはりギガ・キマイラだ。
俺を殺す為、追撃の為に飛んでくる。
だがそれだけでは無い。
無数の影が奴の飛来を阻んでいた。
「ガルーダ!?」
影の正体を俺は叫んだ。
勝ち目のない相手に、ガルーダは挑む。
その目的を俺は知る事ができない。
本能か、それとも俺を庇っているのか。
どちらにしろ彼等に助けられている。
それでも長くは持たないだろう。
考える余裕は今しかない。
周囲の敵を倒しつつ、俺は思案する。
『どうする、小僧』
「…………」
『アレは我等で倒すしか無いのだぞ』
俺に説教する龍皇。
そんな事、百も承知だ。
龍皇の力を持ってしても俺では敵わない。
ギガ・キマイラは想像以上だ。
だからと言って奴を止める術は無い。
対抗できるであろうモンスター達も、今は他の場所で己のやるべき事を全うしている。
龍皇の力を俺が使いこなせれば。
そんな悔いなど考えている時では無い。
完璧な龍皇の力が今は必要だ。
ならば俺のすべき事は一つだろう。
魔王の能力を、完成させる。
「——ぐっ!?」
まずは自らの能力を解体する。
全身が痛むが、そんなものは無視していく。
幸い能力の構造は何故かよくわかった。
恐らく龍妃が詳細な知識もくれたようだ。
魔王の時には出現しなかった召喚陣。
きっとこれが完成のカギになる。
苦痛を食い縛り、問題の地点へ辿り着く。
『何をしている?』
「龍皇を、俺の肉体から解放する!」
『……やってみるがいい』
彼も俺の意図に気づいたらしい。
反論も無く俺に一任する。
それだけの信頼を勝ち取れたのか。
答えなければ、絶対に。
最後に改良されたのは決戦直前。
使われる事は無かったが、魔王が能力を所持している時点で召喚陣を用いた形式を採用したようだ。
ならば召喚術が注目すべき点だろう。
龍妃が能力を俺に託した目的はこれか。
ーー考えろ。
召喚術を取り入れた理由を。
完成形として最も望ましい形を。
融合するモンスターと術者。
その二者を、分離する方法は——!!
「そうか!」
『何か思いついたようだな』
「ああ、付き合ってくれるか?」
『致し方ない』
一瞬の閃きが俺の脳を駆け巡る。
やはり答えは召喚術にあった。
魔王が完成できなかった理由もわかる。
もう一つのカギは——虚影召喚だ。
「準備してくれ龍皇!」
『承知した!!』
手段を伝え、龍皇と連携を取る。
恐らく魔王の発想はこうだ。
移動召喚の要領で、自らの内側から外部へと召喚陣を繋いで対象を実体化する。
しかしそれには欠点があった。
対象と術者は完全に融合している。
ここから対象の肉体のみを分離する。
砂山から特定の粒を集めるような難題だ。
だがここに虚影召喚を利用する。
情報を金型に、肉体を生成する術。
この技術を召喚陣へ融合させるのだ。
龍皇の情報は俺の中にある。
その情報を基に『龍皇』を再形成する。
名付けるなら、そう。
「『実体召喚』」
詠唱と同時に青い光が辺りを包む。
魔王の発想通りに内と外を召喚陣で結ぶ。
その召喚陣を、巨大な何かが通過した。
体に風穴が空いたような感覚だ。
——グオオォォオオオオオオオ!!——
地面を揺らすような咆哮。
それはギガ・キマイラのものだった。
ガルーダの妨害を突破したのだ。
俺に突撃するギガ・キマイラ。
視線を逸らさず静かに見つめる俺。
しかし奴はピタリと空中で停止した。
巨大な漆黒の翼に阻まれたのだ。
本物の、暗黒龍の翼である。
『我が同胞の威を借るとは……しかし』
龍皇は呟き、ギガ・キマイラを前足で掴む。
『貴様を同胞とは認めんッッ!』
そのまま勢い良く地上に叩き落とす。
地面は抉れ、土ぼこりが宙に舞う。
だがこれだけでは終わらない。
翼と頭部は暗黒龍のものだ。
同じ暗黒龍でも傷つける事は不可能。
だが他の部位は別のモンスター。
攻撃すれば、しっかりダメージになる。
巨人の両腕を龍皇は掴んだ。
それに対抗するギガ・キマイラ。
前足の爪で切り裂き、尻尾を絡める。
だが龍皇は全くの無傷。
何一つ損傷へ至る気配が無い。
——ギァァアアアッ!!——
ギガ・キマイラの咆哮は苦痛に満ちる。
龍皇が首元に食らいついている。
残念ながらそこは獣の部位。
暗黒龍の防護性は一切皆無だ。
これなら、勝てる。
俺がそう確信した瞬間だった。
——グオオォアアァァァァァァ!!——
龍皇による攻撃を、ギガ・キマイラは渾身の力をもって振りほどいた。
『しまった! 小僧!!』
満身創痍のギガ・キマイラ。
それでも移動速度は尋常では無かった。
超速の巨躯は一直線——俺に迫ってくる。
俺はこの時、奴の習性を把握した。
変身した直後から"そのまま"だ。
ガルーダに妨害されている時も。
龍皇との戦闘中でさえそうだった。
——ギャァアオォォオオオオッッ!!——
金色の瞳は、一度も俺を逃していなかった。
殺意は俺だけに向いていたのだ。





