最悪の未来を破壊せよ!
「うわぁっ!」
ラナの声が、光の柱の中で反響する。
俺とサレイは柱へ先に入っていた。
数秒遅れて彼女が飛び込んで来たのだ。
派手に尻餅をついたが、ラナに怪我は無い。
サレイとラナの無事は確認できた。
改めて、光の柱を観察してみる。
周囲は光に覆われている。
出入り口のようなものはなく、俺達は突っ込むようにしてこの内部へと入って来た。
触れられる壁は無いようだ。
そして内部には妙なものがあった。
「召喚陣か?」
「確かにその特徴はあるが……」
足元は外部と変わらぬ白亜の地面。
そこに描かれた巨大な魔法陣。
他に不審なものは見当たらない。
となると柱の正体は魔法陣で間違いない。
見た限り召喚陣と類似点はある。
だが、それは一部だけだ。
全体を見ると何の魔法陣かわからない。
「あの、気になる事があるのですけど」
おずおずと手を挙げてラナが呟く。
俺とサレイの思考は滞った状態だった。
何かに気付いたなら、好都合だ。
そのまま続けてラナは疑問を紡ぐ。
「これって召喚の機能はあるのですかね?」
「ブライに操られているモンスターはこの召喚陣を通して呼び出されたはずだ」
「なら何故ここにモンスターがいないのでしょう?」
確かに、考えていなかったが異常だ。
外部には大量のモンスターがいる。
なのにここには1体もいない。
召喚能力を持つ魔法陣があるのに。
これを踏まえて改めて観察する。
召喚陣としては機能できる作りだ。
しかし、余分なものが多い。
余剰部分で8割以上を占めている。
その8割を取り除けば、普通の召喚陣だ。
ならこの残った8割は一体。
召喚陣にモンスター避けの効果は無い。
勿論、こんな光の柱を作る効果も。
瞬間、一つの仮説が脳裏をよぎった。
「サレイ、お前普通の魔術知識は?」
「先輩よりは多分ある」
確かめるには魔術知識が必要だ。
良かった、俺達だけでここに来なくて。
ならば手っ取り早く始めてしまおう。
いつ何が起こるかわからない。
地面へしゃがみ、魔法陣に手をかざす。
その様子を浮かない顔で見るサレイ。
……説明無しでわからないか。
「魔法陣を解体する、手伝ってくれ」
「……そういう事か!」
サレイも気づいたようだ。
俺に続き彼も魔法陣へ手をつける。
魔法陣を分解し、性質を調べる。
それが俺達のやろうとしている事だ。
例えば召喚陣の場合、どの種族でどの程度の強さを誇る何のモンスターを召喚するか、となる。
ラナの場合は龍種で最強の暗黒龍。
ここへ名前も指定してラナを召喚する。
魔法陣を使う魔術は絶対にこれが入る。
もし召喚陣以外の部分にも魔術として機能する要素があるなら、しっかり組み上がるはずだ。
そして、どうやら正解らしい。
今まで大人しかった光の柱が反応する。
柱の内壁から現れるモンスター。
俺達排除するつもりらしい。
「ラナ!」
「はいっ!」
指示を言う前にラナは動いた。
性質がわかるまで足止を頼むしか無い。
彼女の為にも早く解体しなければ。
召喚術の解体は数秒で完了した。
後はサレイの受け持つ部分だけだ。
とは言っても、それは全体の8割以上。
俺も少ない知識を活かし彼を手伝う。
パズルを一度バラバラにし、それを再び部分ごとに組み上がていくような作業といえば分かりやすい。
やがて魔法陣の全体像が見えてきた。
……どうやら、正解のようだ。
見覚えのある魔法陣が複数浮かぶ。
『何かと思えば、制圧魔術とは物騒な……』
「知っているのか?」
その光景に龍皇は反応した。
俺もサレイもその言葉にピンと来ない。
しかし、名前からして危険そうだ。
それにあの龍皇が物騒と言っている。
彼曰く制圧魔術とは、8000年前に起こった戦争の初期に魔王が作成した複合魔術らしい。
効果は名前通り、敵の完全制圧だ。
拠点式の召喚陣でモンスターを召喚。
内部に異変が起これば自動排除。
敵を排除するにはもってこいの魔術だ。
しかし魔王はこれを早々に封印した。
『貴様も見ただろう? 制圧魔術で召喚された者は理性を失い凶暴化し、完全に使用者の傀儡となる』
「魔王が封印する理由もわかるな」
『……本来ならば、な』
彼はもう一つの危険を告げる。
足元の白化した地面だ。
予想通り、これは白濁の宝石だと言う。
元は魔術を維持する魔力供給の手段。
天然物より効果は薄いが。
しかし問題はそこでは無い。
周囲を宝石に変え、魔力を供給する。
自然だろうが街だろうが関係無く。
『つまり、街も自然も簡単に消し去れる』
「……まさか」
『しかもこれが世界全土を包めば——』
自然も文明も、彼の思うままに変えられる。
龍皇は息を飲むようにそう締めた。
地面を白濁の宝石に変えられるのだ。
他の地形に変化させるのも容易いだろう。
効果が広がるのには時間がかかる。
だが解除しない限り、永遠に広がる。
いずれは世界全土を覆い尽くす。
その果てに何があるか。
龍妃が残した未来予知の『最悪の結末』。
恐らく、それが訪れるのだろう。
『ラナに交代しろ』
龍皇が俺に提案してくる。
その意図は全くと言ってわからない。
わからないが、絶対に理由はあるはずだ。
未だ足止めの戦闘中を続けるラナに聞こえるよう、俺は大声で簡潔に説明した。
「で、でも私には魔術なんて!」
彼女は大いに戸惑った。
しかし、ラナの気持ちは良くわかる。
魔術の知識などほぼ無いのだから。
だが同時に龍皇の意図も読めた。
ラナの持つ異常に発達した勘。
それが母親譲りの才能だったならば。
その才能が、まだ開花前ならば。
「……わかりました!」
「足止めは俺がやる! ラナちゃんは先輩のところへ!」
「後は任せました!!」
……ありがとう、ラナ。
沈黙の後、ラナは杞憂を振り払った。





