戦場へ!!
薄暗い視界の中、松明の光が浮かぶ。
風一つない土色の室内。
眼下にはベッドで安静を取る龍皇。
視線をあげると仲間達がいた。
「——戻って、きた」
最初に気づいたアビスが声をかけてくる。
彼女も過去では勇ましい武人だった。
記憶が残っているかは定かではないが。
隣には彼女を封印した勇者もいる。
何だかんだ因縁の者同士が揃っていた。
偶然というものは起こり得る。
召喚術師の職も関係しているだろうが。
ともかく、過去を知ればより心強い。
アビスを皮切りに、皆が俺達に気づく。
特にモンスター達の反応は強かった。
「お帰りなさいです! アリク様!」
「…………あれ、終わった?」
いつも通り人懐こいラナ。
潜行が終わったのに今気がついたリッカ。
相変わらず反応は個性豊かだ。
リッカには悪い事をしてしまった。
折角協力して貰ったのにほぼ無意識。
実際に能力を操作したのはリーヴァだ。
状況もあって止める事も出来なかったが。
質問されたらちゃんと説明してやろう。
………………さて。
ブライは討伐できるとわかった。
俺の置かれた状況も理解した。
その上で、自らのやるべき事も見つけた。
仲間達全員と1人ずつ視線を合わせる。
全ての瞳が、志に燃えていた。
「ボクは準備万端です」
「後方指示は私に任せなさい」
「あとは先輩次第だ!」
俺も記憶に潜る前に準備は整えた。
僅かに疲労もあるが、この程度は誤差だ。
無言で確かめ合いベッドから離れようとした時、不意に服の裾を何者かに掴まれた。
弱々しい挙動の割に、その力は強い。
「我を置いて行くか」
その正体は眠っているはずの龍皇だった。
このタイミングで目が覚めたらしい。
口調的には連れて行けという事か。
しかし、龍皇の頼みでもそれは無理だ。
傷は彼自身が思っている以上に深い。
戦えば傷口が広がる可能性もある。
回復力が低い暗黒龍、安静でいて欲しい。
それでも彼は服の裾を離さない。
何かアテがあるようだ。
「あの力を得たのだろう?」
「……まさか」
「我で試してみろ、小僧」
彼の言う力に、当然心当たりはある。
恐らく龍妃から与えられた能力だ。
だがあれは未だ危険が高過ぎる。
何せまだ使った事すら無いのだから。
ブライへの対抗策として得た"魔王の力"。
この力を俺が持っていると言うのが分かるなら、龍皇もその危険性は十分に理解しているはずだ。
「良い、まずは使え。そこから考えろ」
なのに彼はこう言って意見を曲げない。
相変わらず頑固な性格である。
彼の提案は魅力的で、確かに理もある。
龍皇の力というのは絶大だ。
けれども飲んでしまえば彼の命に関わる。
過去の龍皇を見たからこそ、彼にはこの世界に本当の平和が訪れるまで生きていて欲しい。
短くも長く感じる葛藤の時間。
それを龍皇は鼻で笑った。
そして、小さく彼は語った。
「妻と再会させてくれた礼だ」
「………………」
「それに、娘の夢を叶えてやらねばな」
俺は何も言い返せなかった。
記憶の潜行という無礼にもあたる行為。
てっきり龍皇は憤っていると思っていた。
そんな予想を覆していく。
何もかも吹っ切れたかのように。
愛妻家としての龍皇。親としての龍皇。
彼に頼まれてしまっては、俺も断れない。
彼の信頼を汚すわけにはいかない。
彼のおかげで、俺も踏ん切りがついた。
与えられた知識を用いて能力を発動する。
イメージは自らの内側への召喚。
肉体に彼を宿し、精神を一体化させる。
龍皇の胸に左手を、俺の胸に右手を置く。
そのまま情報を参考に召喚陣を展開。
青く光を放つ召喚陣が俺達に描かれる。
こんな召喚陣、見た事がない。
「何をするつもり?」
「新しい力を試す」
「随分と抵抗があるようだけれど」
「それでも、やるしかない」
シーシャが俺の行動を怪しんでいる。
この能力がいかに危険か見抜いたようだ。
だが俺達は止める気など当に無い。
危険性など承知の上だ。
召喚陣の展開は俺の見た能力と違う。
しかしそれ以外は概ね魔王の物と同じだ。
光の粒子に分解されていく魔王の肉体。
それが俺の体に全て流れ込んでいく。
息を吸い込み続けるような苦しさ。
体感すると、この能力の異様さがわかる。
瞬間、龍皇から一際強い光が放たれた。
「パパが消えちゃいました……?」
光が止んだ途端にラナは呟く。
契約状態ではあるが召喚していない龍皇。
彼の消失に俺の周囲がざわつく。
そんな中、マキナは本質に気づいていた。
「龍皇さんはいます……アリさんと融合して、彼の内部で生きています。」
……これが俺の与えられた力。
モンスターと融合し、力を引き継ぐ。
ブライが見せなかった魔王の能力。
恐らくブライはこの能力を得ていない。
俺ならばこの力を完全に操作できる。
龍妃はそう確信して俺にこの力をくれた。
龍皇は信頼して実験台を名乗り出た。
俺はまだ、解除の方法を知らない。
ならば龍皇の言う通り、能力を使用していく中で完全に操作できるようにしなければいけない。
付け焼き刃の突貫作業。
それでもきっと、その信用に答えよう。
「合体しちゃったのですか!?」
「そういう事になります」
「えーーーー!!!?!?」
「ラナさん、わかりますが落ち着いて」
ショックを受けるラナをマキナが抑える。
確かに彼女からすれば複雑な状況だ。
自らの使役者と父親が融合した。
しかも彼女は反抗期の真っ最中。
……俺も嫌われないだろうか、心配だ。
やがて融合の効果が肉体に現れる。
内から無限に湧き出る力。
胸を焦がすような闘気。
自分自身が暗黒龍になったような錯覚。
いや、これは錯覚ではない。俺の肉体には確かに暗黒龍の力が宿っているのだから。
『聞こえるか小僧』
「龍皇……か?」
『我以外の誰がいる。成功したようだな』
「何なんだ、この力!」
『我の力だ。存分に扱うが良い』
思考の内側から聞こえるような彼の声。
どうやら周囲には聞こえないらしい。
しかしながら皆は気にしていない。
そんな彼等に、俺は笑いかけた。
すると全員が強い笑みで返してくる。
——やれる。全員でなら負ける気がしない。
はっきりとした確信がそこにあった。
それは恐らくこの場の全員変わらない。
改めて俺達は要塞の出口へ向く。
覚悟も準備も、完了だ。
「命令よ、全員生きて帰りなさい!!」
リーヴァの号令と共に、俺達は飛び出した。





